第52話


 数分経つと、2人分の飲み物と料理が運ばれてきた。

 どれも作りたてのようで湯気が立っていている。それにとてもいい匂いだ。



「この店は伯爵家系の一族が運営している店でね、割と融通が利く店なんだ。比較的治安もいいし材料にもこだわってて美味しい。ここの個室は身分証の提示が求められて安全だ」

「そうなの....?」

「でも、僕も一応責任者の肩書きを賜っているので、これを使わせて」



 そう言うとキエルは懐から何かを取り出しそれを起動させる。

 サラディアナはキエルの指先に視線を落とし目を見開いた。

 そこには、小さな球体の置物だった。アメジスト色の粒子がゆっくりと自由自在に動いていて神秘的だ。まるで漆黒の夜の中に星屑を散りばめたようでとても美しい。

 そして、この綺麗な置物の魔法具をサラディアナは知っていた。



「探知阻害具....」

「正解。さすが宮廷魔導具技師だね」

「これ!あなたどこで!!」


 探知阻害具はその名のとおり、探知される事を防ぐ魔導具だ。

 悪意を持って聞き耳を立てている人間には勿論、無意識な相手にも阻害が適応される。例えば今のこの状況をであれば、こちらの声を無音にしたり、別のことを話しているように聴かせたり、相手の記憶に残させない様にするなどあらゆる機能がある。


 勿論この世は知られたくない会話で溢れている。

 そのため、軽度の探知阻害具は一般人でも手に入れる事はできるし安易に使用できる物もある。

 しかし、このキエルが持っているこの阻害具はかなり貴重なものだ。

 繊細な外見もさる事ながらこの小さな置物にあらゆる魔法をが付与されている。阻害力で言えばほぼ100%の力が発揮できるだろう。

 サラディアナが一生掛けて払えない金額が必要な上、正規のルートで申請して厳正な審査を行って手に入る高等魔導具だ。




「一定の階級を賜った人間に支給されるんだ。ほら、機密情報も多く取り扱うからね」

「.....」


 キエルのアッサリとした言い分にサラディアナはクラリと眩暈を起こしかけた。

 こんな貴重な魔導具を彼が持っている。

 その真実に、彼に対する信用度が見て取れた。


「まあそういう訳で、公私にわたって探知阻害具の義務付けられているから、煩わしいかもしれないけれど頼むよ」

「.....わかったわ。」



 サラディアナが頷くとキエルは目を細め躊躇することなくサラディアナの髪を撫でた。

 その仕草にサラディアナは眉をしかめる。



「どうしたの?」

「.....嬉しくて」



 三年前のあの日失われたこの温もりに、もう一度触れることが出来た。

 気を抜くと涙が出そうなくらい嬉しい。




「はは。乾杯しようかディア」



 サラディアナの気持ちを知ってか敢えて触れないのは定かではないが、キエルはサラディアナにアルコールを手渡した。

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