第49話

 それでこの話は終わりかと、ザントは席を立ったが、想像以上に男達の話は尽きなかった。


「しかし、宮廷勤めになって大分経つが、ここの女達はレベルが高いよな」

「まぁ確かになぁ」

「ここは国中の憧れだ。おのずと淘汰されていくもんだ」


 おいおいとザントは思う。

 今は座学後の休憩中だ。一息つく雑談としては良いが、度が過ぎないように気をつけなければ。

 だが、ザントの思いは虚しく、話は転がるようにガサツな方へと進む。



「おれは給仕部のクララちゃんが好きだなぁ。あの色気。料理ができるとこもポイント高い」

「俺は秘書科のメガネの人だ」

「おま!ドMかよ」

「いやいや、ああ言うのを組み敷くのが男の性だろ」



 会話が飲み屋の個室のような事になっている。

 いよいよ止めるべきかとザントは一息ため息をついた後、口を開く。



「なんの話をしているのかな?」

「!!?」



 しかし、ザントを遮るように静かな声が周りにこだました。

 下品な話をしていた男達も突然の事態に顔を青くして口を閉ざし、ザントも「ああ」と声の主を予想し遠くを見た。



「フォルラン魔導師長」



 フォルラン魔導師長と呼ばれたこの人は、その名の通り宮廷魔導師の師長を担っている男だ。

 常に穏やかな表情を浮かべ、団員の父と言われるほど常に厚い、尊敬に値する男である。

 ただ、正義に対して真面目で、自分の信念から外れる事を許容できない頑固さも持っているのだ。

 つまり、人を貶めるような発言をしている状況においては極めて良くない。

 現に、フォルランは満面の笑みで冷風を伴っているのだから。



「さて諸君」

「は、はい!!」


 一言発するだけで背筋が伸びる。

 フォルランはスッと腕を窓の方へ向け指差した。



「どうやら君たちは座学だと物足りないようだ。丁度庭にジュウトがいる。鍛錬を受けて来なさい」

「ひっ....!!」

「「「は!!!」」」


 有無を言わせず団員を庭まで走らせるフォルランは笑顔で彼らを見送った。

 ちなみに「ジュウト」と言うのは、魔導師では珍しく武力に特化した魔導師である。

 身体の硬質化や跳躍力などを魔法で飛躍的に向上させ魔法ではなく腕っ節で相手を攻撃するタイプだ。通り名は、脳筋魔導師。彼の上腕二頭筋は魔導師一だろう。




「あー、すみません。フォルラン師長。止めようとしたんっすけど」

「まったく。あいつらにも困ったものだね」



 苦笑いを浮かべるフォルランはため息の後ザントに向き直った。

 おもむろに差し出したのは一枚の紙。



「これは?」

「先日の威嚇戦線が平和に終わった事への労い会を開くそうだよ。」


 フォルランの言葉にザントは眉を寄せる。



「それまためんどくさい事を」

「両国の会合で我が国がかなり有利に事が運べたようだ。国の平和と潤いに貢献した者たちへの配慮だろう」

「お偉いさん達のごますりっすねー」

「ザント」



 フォルランの叱咤に渋々に口を閉じる。

 これは自分の想像する以上の利益がこちらにあったようだ。

 キャパニア国側の威嚇および防衛部の統率力諸々は完璧だった。

 相手国ももちろんその情報を手にした他国もキャパニア強力な魔導師の在る国の存在に危機感を募らせたのだろう。

 そして我が国は平和主義であり先制的に攻撃はしないと口外している。

 侮れない脅威に対してある程度の融通と利益を与えて一定の距離を保つ事を優先したのだろう。

 それは、国にとって平和が続くと言う事で、喜ぶべき事だ。

 しかし、それは時として刃にもなる。

 お偉いさん方の考える事は時に斜め上を行き不幸を連れてくる。

 功績をもたらした者達を持ち上げてしかるべき時に使える様に手なづけておく事。そして守る事以外に使ってやろうと懐柔する者も、きっと少なからず出てくるだろう。



 ザントはガジガジと頭をかいた。

 その「ごますり」に狙われる人物を思い浮かべる。










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