第48話
「今年の新人に、可愛い子入ったって騒ついたの覚えてる?」
「随分唐突な話題転換だな」
ふはっ。とザントが吹き出す。
春は別れと出会いの季節だ。
今年も新顔が増えたことを思い出す。
そしてその度に、女も男も色めき立つのは世の常だ。
「確か衛生科の子だよな?」
特にこの長身の男が騒いでたのを思い出す。この男は少しばかり矜持が高い。
魔導師としての物をそうだが、どうやら貴族でも有数の領土持ちの倅という話だ。
「そーそー!でも早速キエルに声かけて振られたらしいぜ」
「.....」
「さらにここに来て告白率が跳ね上がっているらしい」
「あー.....それは」
次々と上がる声。
その内容にザントは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
噂に上がった見たことない顔の魔導師(べっぴんさん)に手を合わせる。
「まだ入団して一ヶ月かそこらだろ?最近の若いのはすげぇ行動力だな」
「あの威嚇戦線見て気持ちが止まらなくなったっていう噂だ。」
「あー.....」
男の推測にザントはなるほどと項垂れる。
たしかにあれは凄い威嚇に違いなかった。
開始の合図とともに放たれた詠唱の無い魔法は一気に雷雲と変わり空を包んだ。
雷龍の怒号とともに稲妻を呼び、その一連の動きと魔力の羅列に一寸の隙も歪みも無い。
唸る風と雷の中を、あの美しい顔立ちの男がマントを翻し佇んでいる姿は絵画のようにも見えたのだ。
隣にいた外套男に恐怖を煽られたならばその隣は神々しく見えたに違いない。
男の自分でも、あの繊細で威力のある魔法を近くで見せられて、魔導師として武者震いが止まらなかった。
あれから数週間経った今でも魔導師の間で話が出る。「あれには敵わない」と。
そして、それをみたり、噂を聞いた人間が、どういう目でキエルを見るのかといえば想像に難くない。
だがザントは知っている。
あの魔法の裏にあった、キエルとセドリックの会話を。
キエルが見ていたのは相手国ではなく、1人の赤銀色の乙女だ。
「まぁ、キエルも公私混合する性格でもねぇし、仕事仲間としてどうにか穏便に過ごしてくれるといいなぁ」
どの口が言うのか。
ザントは心の中で自分に突っ込みを入れながら当たり障りなく答えた。
「あーあ、またキエルに持っていかれたよ」
「バカ言え。そもそもお前その女とどうにかなる予定だったのかよ」
冗談半分本気半分の声色で男が言う。
それを様子を伺いながら笑って受け流すのがザントだ。
キエルは悪くない。妬まれる理由にはならないのだが、そうでないとやっていけないという男側の気持ちもわかる。
そうやって誰かのせいにして、自分を守るのは人間自体の弱さだ。
その弱さを敵対視にしなければ、例え本気が混じるものでもそれはただの冗談で済む。
キエルはそのかわし方への蘇生術が上手い。
それでもこうやって不満が出るのをちょっとばかし和らげるのがザントの役目だった。
「大丈夫だよ。この世の半分は女だ。しかも王宮勤めの七割は女だぞ。」
「....そうだよな!」
ザントの慰めに、ホッとしたような表情を浮かべる。
どうやらこの男の自尊心を保つことが出来たようだ。
単純だがそれでいい。
ザントはそっと息を吐いた。
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