第42話



 その後、キエルとセドリックは威嚇戦線のため前線へと向かっていった。

 サラディアナはセドリックの言った通り後方へ下がる。

 比較的落ち着いた環境下で、サラディアナは後方支援者として物資の確認や食事の用意など前線の活躍を支えるために仕事に奔走したのだ。



 どどーん!!

「....ッ!!」



 突然響いた大きな音にサラディアナは体を強張らせる。

 あの音をもう何度も聞いている。

 時折起こる地響きや何か生き物の咆哮、人々の叫び声は威嚇前線開始と同時に起こる魔法攻撃に関連したものだ。

 頭では理解しているが日常的に聞かない音が耳に届くたび全身に広がる衝撃は未だに慣れない。

 これが、キエルやセドリック達が起こしている魔法かもと思えば尚更だ。





 キエルとセドリックは強い。

 歴史的に見ても類を見ない程の魔力の持ち主だと、宮廷で働き始めてから何度も聞いた言葉だ。

 この2人がいれば威嚇前線で負ける事はないと誰もが口にする。それでも────




「『絶対』なんてこの世には無いのよ」



 赤銀色の髪をぐしゃりと掴みながら、サラディアナは誰にも聞こえない声量で呟いた。


 ずっと一緒に居られると思っていたキエルは、ある時に村から出て行った。

 優しく出迎えてくれると思っていたのに掛けられた言葉は拒絶だった。

 自分が信じて疑わない未来なんてほとんどが理想であることをサラディアナは知っていた。


 だかこの音を聞いても安心はできない。

 "敵からの攻撃かもしれない"、"怪我を負っているかもしれない"そんな想いが拭えない。そう思ってしまうのだ。

 だが、それと同時に自分にはいま何もできないと痛感する。




 これでは、力を持たない三年前の自分と変わらない。

 そんな気がしてならないのだ。

 魔導具技師になっても自分はキエルの力になれないのだろうか。

 それが歯がゆくて仕方がない。



「気になるかい?」

「!!」



 思考の底に揺蕩っていたサラディアナは笑い声と共にかけられた声によって引き戻された。

 びっくりした表情で声の方へ振り返ると、そこにはアシシがクスクスと笑いながらこちらを見ていた。



「アシシ!?」

「やぁサラ息災かい?」



 空色の髪を風になびかせるアシシに、サラディアナは呆気にとられて口をあけた。



「息災って....あなた、魔導師達はみんな前線にいるわよ?」

「ははは!王様出勤ってやつだね!」

「まぁ!」



 カラカラと戦さ場に似合わない笑顔を浮かべるアシシに、サラディアナは今度こそ呆れた表情を向けた。

 サラディアナの表情を見てまたクスクスと笑うと両手を顔の横へ上げで弁解の言葉を紡ぐ。



「俺はいまちょっと違う仕事を任されていてね。いま到着したばかりなんだ。まぁ、そろそろまた宮廷へ戻らないとなのだけど」

「そんなに忙しいの?」



 アシシの返答に反省の色を見せる。

 自分は魔導師の仕事についてほとんど知らない。

 今回威嚇戦線に参戦したのも精鋭のみだと聞いている。

 アシシが別の任務を遂行していても不思議ではないのだ。

 また短絡的な事を考えていたことに気づきサラディアナは肩を落とした。

 アシシは目線を足元に下げ見えなくなったサラディアナの顔が見えるように流れ落ちた髪を髪にかける。



「そんなに落ち込まないでサラ。威嚇戦線にいる魔導師が居たら普通はそう思うよ。俺が異質なだけだ」

「あなたは何者なの?魔導師の間者班?」

「間者か!それもいいね」



 調子の良い笑顔を絶やさないアシシはそのまま再び音の響く前線へと視線を向けた。

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