第38話


 セドリックとザントが話をしているのと同時刻、サラディアナは近くの森でしゃがみこんでいた。

 勿論ここは戦場だ。

 1人になるような危険な事はできないし、セドリックや戦争経験のある先輩達にも注意を受けている。

 そのため、人の声や気配が感じられる距離────しかし物陰に隠れる場所に来ていた。

 もちろん、考える事はキエルの事だ。






「逃げてしまった逃げてしまった逃げてしまった逃げてしまった......」



 頭を抱えてブツブツと唱えてしまうのは仕方がないだろう。

 いくら頭が真っ白になったからと言っても、あれはあまりにも失礼で最低な態度を自分は取ってしまったのだから。



「だって仕方ないじゃない。まさかあの距離でキエルがいるなんて思わないもの。」




 誰に弁解するでもないのに言い訳のような言葉が口から出る。

 そうして、今までバタバタと仕事をしていた間忘れられていたキエルの言葉を思い出してしまった。

────何故こんな場所に来た────

 彼は、サラディアナに向かって確かにそう言ったのだ。




「....会いたく無さそうだったわ」



 三年も離れていた。

 その間、サラディアナはキエルに凄く凄く会いたかった。

 会いたくて会いたくて、でも会えなくて。

 自分で色々考えて、せめて彼の力になれるようにと宮廷魔導具技師を目指して三年。

 やっと会えたのに。

 こんな仕打ちとは散々だ。

 サラディアナは肩を落とし膝に顔を埋める。



「ディア」

「.....っ!?」



 ザリッという砂を踏む音とともに後方から声がかかった。

 振り返らずとも理解する。

 自分を、"ディア(愛しい人)"と呼ぶのはこの世でただ1人しかいないのだから。



「来ないで!」



 後方で気配が近づくのがわかった。

 サラディアナは慌てて声を荒らげる。

 ピタリと止まった気配にまた胸が締め付けられた。

(どうかこのまま、みんなの場所へ戻って)

 しかし、そんなサラディアナの想いは届かず一歩、また一歩と近づいてくるのがわかった。



「....なぜ?」

 キエルが優しい声で問う。

 朝に放たれた拒絶の言葉とは違う。小さい頃からサラディアナを甘やかす時に聴く優しい声だ。

 サラディアナはこの声に弱いのだ。



「....どうしていいかわからないわ」

「....そうか」



 キエルがサラディアナの隣に腰を下ろす。

 そのまま、ふわりと肩を引き寄せた。

 懐かしいキエルの体温を感じてサラディアナは胸の詰まる思いがする。



「ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「だって、会いたく無かったと言ったわ」



 少しだけ拗ねたように口を尖らせてサラディアナがつぶやく。

 キエルはふふっと小さく笑ったあと「ごめんごめん」と笑う。




「会いたかったよサラディアナ。大きくなったね」

「それはとても子ども扱いだわ」



 ポンポンと頭を叩くように撫でられた感触が懐かしくて嬉しくて、ついに涙が頬を伝ったのだった。

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