第37話


 キエルとセドリック。

 この2人の関係はなんとも微妙な関係性を有している。

 世界屈指の魔力を持つ2人。

 太陽と月と称されるように対照的な性格と容姿の2人。

 別段仲が悪いということもなく何かあれば会話をするが、逆にいえば何もなければ話をしない、そんな関係だ。

 今回の威嚇戦線においてもこの2人の存在は重要視されている。

 だからこそ関係が"歪む"事は避けるべき問題だとザントは思っていた。



「・・・・・・・」

「・・・・・・・」



 2人の間に微妙な空気が流れる。

 その様子を酒を煽りながら伺うザント。

 ああもう、空気を読めずに夕食を口にしている新人君が憎たらしい。



「先に戻ります」

「え!?」


 先に離脱の声をあげたのはキエルだった。

 つまりは、セドリックの問いかけを無かった事にして聞き入れないという意思表示。

 ザントはギョッとしてキエルを見たが、いつも通りの笑顔を貼り付けていた。



「飯は?」

「あとで食べます」



 その場に座る3人に軽く一礼をして、キエルは踵を返した。

 その様子を3人はただ見届けた。

「なぁ」

 最初に声を発したのは、セドリックだ。

 先ほどと違わぬ抑揚で今度はザントに目を向けた。




「ハワード殿はサラの幼馴染なのか」

「あ、ああ。そう聞いてるな」


 ザントの答えにセドリックは「ふうん」と相槌を打った。

 深々と被った外套でその表情を垣間見る事は出来ない。

 そのまま途中だった食事を再開させたセドリックを見て、ザントも口を動かした。



「で、お前ほんとにサラちゃんの恋人なのか?」

「なわけないだろ」



 ふはっと笑うセドリック。

 なんだ、ただの杞憂か。だがそれをキエルがいる時に行って欲しかった。

 そっと息を吐くザント。

 視野の片隅でセドリックの口角がおもむろに上がった。



「今後そうなる予定ではある」

「はーーーーー!!???」



 思わず叫び声をあげたザントはセドリックに「うるさい」と睨まれた。

 いやいやいや前言撤回だ。

 キエルがいなくなった後でよかった!!



「男らしいですねドラフウッドさん」

「余計なこと言うんじゃねぇぞテト」



 ヒューと口笛を吹いた新人魔導師にザントは叱咤の声をかける。

 そしてセドリックの方へ顔を向けると真剣な表情に変わった。


「おれが言う立場じゃねぇーけどなぁ。本気なら尚更なるべく騒ぎ立てず、慎重に動けよ。特にサラディアナちゃんは"技師の鴉セドリック・ドラフウッドの弟子"って事で注目されてる。それだけじゃなく"魔導師きっての優良物件キエル・ハワードの幼馴染"でもある。それだけでも話のネタだ。さらにその上お前が好意をもってるとか、キエルと仲が悪いなんて噂が立ったら有らぬ疑いをかけられて傷つくのはいつも女側だぞ」

「.....」



 無言で酒を煽るセドリックにザントははぁっとため息をついた。

 こいつ本当にわかっているのだろうか。

 もしこの事が露見したならば、真実がどうであれ【優秀な人材2人セドリックとキエルに奪い合われる美少女サラディアナの図】だ。

 その後の結末は、ゴシップ関係に疎いザントでも手に取るようにわかる。

 とんだ三角関係の中に入り込んでしまった。


 ザントが再び大きなため息をついた時、ふとテトが「あれ?」と声をあげた。



「そういえばキエルさんどこいったんですかね」

「あ!?だから部屋に戻るって....」



 胡乱げな瞳のままザントは働かない頭で記憶を掘りおこす。

 爽やかな笑顔を貼り付け「部屋に戻る」と言い残し踵を返したキエル。

 颯爽と歩く彼はやはり男が見ても目を奪われてしまう。

 周りの視線を無視してキエルは、部屋と反対方向サラディアナが走り去った方向へ向かって歩いて行ったのだ。




「あいつ、やりやがったな」


 ボソリと呟いたセドリックの低い声に、ザントは再びはぁと溜息をつくのだった。




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