第34話


 それからサラディアナの戸惑いを他所に時間はどんどん進み、気づけば夜になっていた。

 既存の転移地区から宮廷魔導師達による転移魔法を経て、戦線地区近くへ移動する。

 移動先は森の中だった。

 明日は日の出とともにそこから少し歩いて今回相手国の交戦現場に向かうのだそうだ。

 今は夕飯時、騎士や魔導師達は料理人達を中心にワイワイと夕飯の準備をしている。

 そして、サラディアナも魔導具技師とともに食事を行う。



「これで全部ですかね?」

「そうだな。今回は魔法石の消費は少なく済んだ」

「転移ってなかなか大変なんですね」



 サラディアナはふうっと息をいた後、軍事班魔導具技師の先輩に声をかけた。

 転移魔法による移動は思いの外大変なのだそうだ。

 物が稀に壊れるのだ。


 人的危険性は少なく改良されているが、物への対処が追いついていないらしい。

 転移前に空間魔法である程度の荷物は空間収納を行なっているが、大きさや私物によってはそれが出来ないものもある。

 そのため、点検に寄って見つけた転移によって壊れた物は少ないながらにいくつかあった。

 それを直すのが魔導具技師の仕事だ。

 サラディアナは転移後の時間、点検活動に追われていた。


「しかし、サラディアナ。君は手際がいいな。」

「ありがとうございます」



 食後の紅茶を口に含んだサラディアナに宮廷魔導具技師の先輩が関心したように呟いた。

 サラディアナは笑顔で応える。

 自分の技術が宮廷で通用すると実感するたびに自信につながる。

 そんなサラディアナににやりと先輩とが歯を見せ顔をこちらに傾ける。



「どうだサラディアナ。軍事班に来ないか?」

「え。」

「君のその技術ならすぐにでも班長クラスだ。待遇も良くなる。どうだジェルマ師長には俺から伝えておく。」



 グイグイと勧誘してくる先輩にサラディアナはたじろぐ。

 まだ文化班に配属されて日も浅い。

 希望だった軍事班だが、ようやく慣れてきたと言える今の状況に班移動はしたくは無い。

 さらに言うなら今は軍事班には行きたくは無いのだ。

 キエルにあれだけ拒まれた今は。



「おいおいその辺にしとけ」

「わっ!!」


 突然グイッと肩を後ろに引かれる。

 腕を回された首が痛い。

 しかし、動けば動くほどその腕の力は強くなる。

 サラディアナは首を絞める男は勿論わかっている。



「ちょっとセドリック!!苦し....!!」

「こいつは俺のだ」

「ぐえ!!」


 女にあるまじき声を出してしまった。

 その声に満足したのかクツクツと笑うセドリックをサラディアナは睨みつけた。



「そ、そうか。それなら仕方ないな。じゃあ俺はこれで」

「ちょっ、先輩!」



 夕飯もそこそこに、温くなった紅茶を一気に胃に流し込んだ先輩魔導具技師はそそくさと逃げるように去っていく。

 セドリックに会った瞬間青白い顔をしていたのが気になる。

 サラディアナははぁっとわざと聞こえるようなため息をついて羽交い締めにされた腕から逃げるように這い出た。



「....あなたいい加減にしてください」

「蛙がいたな」

「蛙はいません」



 サラディアナの小言を軽く流しながらセドリックはすっと隣に腰を下ろした。

 片手には支給班が用意してくれた食事のプレート。

 どうやらこれから夕飯のようだ。

 ずれた外套を直して顔をすっぽりと覆うとセドリックは葉野菜にフォークをぶっ刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る