第29話


 この日、ドラフウッドの部屋ではセドリックとサラディアナの攻防戦が繰り広げられていた。



「いや!いやいやいや!!無理!!無理ですって!!」

「無理じゃない。決定事項。ほらいくぞ」

「せめて前日とかに言っておいてくださいよ!」




 わらわらと準備をするサラディアナ。

 その姿をカラカラと笑いながらセドリックがみていた。

 二人のいでたちはいつもと異なっている。

 普段は宮廷で支給される白衣に似た技師の作業服だ。実のところその作業服の下は奇抜なものではなければ自由である。

 むしろセドリックに関しては常に黒の外套を身につけているためその白衣すら着ていない。

 しかし今は2人とも全身紺色の服、臙脂えんび色のマントを身につけている。

 あらゆる部分に装飾が施さられた随分煌びやかな物で、正式な場で使用される礼服のそれだ。



「前日に言って何になるんだ」

「心の準備ですよ。戦地ですよ!?もしかしたら死んじゃうかもしれないじゃないですか」



 サラディアナはぎゅっと髪を1つにまとめる。

 赤銀色の髪がするりと靡いた。

 朝いつもどおりにセドリックの部屋に出勤したら礼服一式を渡されてセドリックにこう言われたのだ。

「明日からの威嚇戦線にお前も連れて行くから準備しろ。正午にはここを発つ」

 その言葉に開いた口が塞がらなくなったサラディアナだ。

 あの女子会の後セドリックに威嚇戦線の事を尋ねたら、やはりセドリックも魔導師として参戦すると話していた。

 もともと魔導具技師も戦争の際は同行する。

 それは魔導師達の道具の整備や他の日用品が壊れた時に治す手が必要だからだ。

 ここでセドリックの出番である。

 セドリックがいれば、魔導師兼魔導具技師として頭数に入れられる。一石二鳥の男。

 その男の同行にサラディアナが指名されたのだ。




「戦地ってお前。威嚇如きで何があるって言うんだ」


 呆れた声を出しながらセドリックがようやく重い腰を上げた。

 おもむろに近くにあったいつもの黒い外套を頭から覆うように羽織る。



「....マントの上から外套ですか?」

「うるさい。これが俺のアイデンティティだ」



 睨みを利かせるセドリック。

 どう考えても悪目立ちだ。

 はぁとため息をついた後サラディアナはよしっと顔を引き締めた。

 最初は驚いたが、この戦いで騎士団や魔導具技師の役に立つ何かができるかもしれない。

 そう思うと少しだけ嬉しく思った。



「やってやりますよ。腕の見せ所です」

「....そうか」

「わっ!」


 気合いをいれたサラディアナの頭をガシガシと撫でるセドリック。

 せっかく一纏めにした髪がグチャグチャだ。



「安心しろサラ」


 セドリックは腕を一振りして今まだ宙に浮いていた魔法石達を消す。

 空間魔法で異空間に飛ばしたようだ。

 相変わらずこの男の魔法は綺麗だとサラディアナは思う。

 ふと、目があった瞬間口角を上げてセドリックがにやりと笑う。




「俺がそばにいるんだ。どんな敵にもお前には指一本触れさせんよ」



 自信満々の発言にサラディアナは思わず目を瞬かせた。

 しかし不思議だ、その言葉を聞いて先ほどまであった緊張がするりと溶けた。

 やはり"大丈夫"と思っていても不安だったようだ。


 サラディアナは満面の笑みを浮かべで胸元で両手で大きくバッテンを作った。



「あ。戦地ではあまり近くにいないでください」



 自分は他の魔導具技師達と一緒にいるつもりだ。

 悪目立ちするこの男の近くにいたら目立ってしまう。

 目立ってキエルに見つかりでもしたら最悪だ。ごめんこうむりたい。



「....ふざけんな」



 ドスの効いた声が室内に響いた。

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