第30話


 宮廷内の騎士団施設は団員達が慌ただしく動き回っていた。

 戦争に参加する騎士団や魔導師達はみな礼服に袖を通し厳しい顔つきだ。

 "威嚇戦線"と言われる戦い方ではあるが戦争である事には変わりなく、その人数も魔導師10名、騎士団50名、医療従事者10名、その他10名と中規模だが優秀な人財が招集されている。

 あらゆる教育をされてきた人間にとっては気を引き締める場面に違いない。






「キエル、ザント。準備はできたか?」

「はい。全て終わりました」

「こちらもです」



 宮廷魔導師副師長であるキエル・ハワードと魔導師ザントは師長の声掛けに頷いた。

 今回の威嚇戦線への道順は宮廷魔導師が執り行う。

 キャパニア国の魔法発展はめまぐるしい。

 現王であるキャパニア王が魔法を重要視していることから長い年月をかけたことで王国に引けを取らない力を持っている。

 その1つが交通の整備だ。

 ある程度大きな集落の要所要所で、転移地を設置した。

 それにより人や物の移動が大幅に発展した。

 さらに軍事用転移地を細かく設置する事で有事の際に素早く対処できるようになった。

 今回の移動はその転移地を使う。

 軍事用転移地を開き、戦線地帯に一番近い村まで転移する。

 その後、すでに戦線地帯へ向かっている前衛部隊によって安全を確認され開かれた場所へ全部隊を転移させる手筈になっていた。

 これにより時間も団員の体力も、荷物の持ち運びも最小限に抑える。



「戦線地帯に向かった前衛部隊も、転移地点を掌握したと連絡が来ております」

「うん。それでは騎士団達の準備が整ったら移動しよう」



 魔導師の人数に比べて騎士団員は多い。

 そのため少しばかり準備がもたつくのは致し方ない。



「そういえばお前。また今年も故郷に帰らなかったんだって?」

「え?」


 唐突な質問にキエルは目を瞬かせた。

 魔導師長が私情の話をしてくるのは珍しい。

 そのためか、腕組みをした師長はいつもより苦虫を噛み潰したよう顔をしてこちらを見ていた。



「そういえばお前長期休みいつも宮廷内にいるな」

「お前の村の近くの転移地点から向かえばそう遠くはないのだろう?」

「....まぁそうですね」


 キエルの生まれた村は国の外れだ。

 馬車を使えば1週間以上はかかる道のりでも転移地点を使えば半日〜1日でたどり着けるだろう。

 しかしキエルは王都へ来て3年。一度も故郷へ帰って居ない。

 金色の瞳が僅かに揺れるのを師長は見逃さない。



「行きたくない理由でもあるのか?」

「....そうですね」



 キエルは徐に天を仰いだ。

 空は雲ひとつない青い空間が広がっている。

 ざわざわとした木の擦れる音、人の声、全てがキエルを包み込んだ。



「会いたくない人がいるんです」

「会いたくない?」



 他人を好き嫌いで判断しないキエルがそんなことを言うのは珍しい。

 師長とザントは目を見開いてお互い顔を見合わせた。

 "会いたくない"と言う割には懐かしむような表情でマイナスな印象は全く受けない。

 しかし当のキエルは「はい」と微笑むだけでそれ以上口を開かない。

 この男は容姿や性格から人を寄せ付ける。

 だがそれにもかかわらず誰に対しても一線を引くのだ。

 それが彼なりの処世術なのだろうが、そんなキエルを見ていると師長は少し悲しくなるのだ。




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