第26話


 ティトの説明では、威嚇戦線において武力は殆ど用いられない。

 しかし、その戦いの中で相手の裏切りがあり武力行使を目論まれるとも言えない。

 さらにその戦い中他国が攻め込んでくる可能性もあるのだ。

 そうゆう脅威に対応するための人員と武力を持ってその場に留まるのだと。

 だからいまティト達騎士団は睡眠時間を削ってでも戦準備に追われている。



「まぁ、なんにしても戦争は戦争だ。多くの可能性を考慮しても多すぎる事はない」

「わーカッコいい。惚れる」

「はは。惚れろ惚れろ」



 カラカラと笑うティトは、もう覚悟を決めているのだろう。

 サラディアナはその強さに心から尊敬した。そして、キエルも。

 この三年間で、一体何度戦場へ向かったのだろうか。

 何度そこで魔法を使い、人と刃を交えてきたのだろうか。

 怪我はしなかっただろうか。

 考えれば考えるほどとりとめなく心が揺さぶりを起こす。



 そんなサラディアナに、ティトが声をかけた。


「そういえば新人ちゃん、あのセドリック・ドラフウッドの弟子なんだって?」

「弟子じゃありません」


 間髪入れずの否定である。

 声を少し低くしたサラディアナにティトはカラカラと笑った。



「悪い悪い。どうやらこの戦にドラフウッド殿が参戦するらしいぞ」

「え!?」


 突然の話にサラディアナは目を丸くする。

 そんな話一言も聞いていない。



「"技師の鴉"さんの魔力は世界屈指という噂よねぇ」

「確かに。世界屈指は最大の威嚇になるわね。」


 軽食と紅茶を携えて戻ってきたクララが話に加勢し、ニコルが応えた。

 しかしサラディアナは未だにあの男が世界屈指という事が信じられないのだ。



「技師の鴉の由来って知ってる?」

「....黒い外套をいつも被っているからでは?」



「それもあるんだけど」とニコルが笑う。

 クララの軽食に手をつけ始めたティトは美味しそうにそれを咀嚼していた。



「あの人相当凄い魔力を持っていてね。その魔力を最大に発揮するときに、長い黒髪やいつも着けている外套が激しく揺れて、しまいに魔力によって目が赤くなるらしいの。その姿がまるで大きな鴉みたいで、そう呼ばれてるって聞いたわ」

「....わぁ」

「この城で働き始める前、山1つを抉り取っのよねぇ」

「.....それは嘘ですよね?」

「キャパニア国最南端にある"セドの谷"がそれだ。今は騎士団の訓練地になってて一般人な立ち入り禁止だかな」

「....」



 三人の言葉に開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。

 セドの谷はこの国きっての深さを誇る谷だ。

 それが元々山だと言うのだから驚いても無理はないだろう。


「あいつ、右手に腕輪をしてないか?」

「そういえば...」



 ティトの言葉にサラディアナは逡巡する。

 いつも全てを外套で覆っているセドリックだが、時折その繊細に動く腕からキラリと腕輪が光るのだ。

 銀枠で精巧な模様で覆われたその腕輪には、何種類もの魔法石が埋め込まれている。

 そして一番目を引くのは黒い純黒石と思われる魔法石なのだが。



「あの腕輪は、彼の魔力を封じ込めていると言われているわ」

「確かアシルバード殿下がドラフウッド殿に送ったのよねぇ」



 知らない話ばかりである。



「皆さん、よくそんな事知ってますね」




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