救われた世界

第45話 火種は、未だ残っていて

穏やかな潮風が気持ちよく吹く、海沿いの街。賑やかな声が響き、子供の笑い声がよく聞こえる。


世界が元に戻って半年。


人々の生活は、前のものに戻ってきていた。





「今日は、魔王に会ってきたよ。久しぶり〜、って言ったらさ、おととい来たばかりだろうって疲れた感じで言われて。なんかもうシュティルといい魔王といい、僕に対する態度がだんだん軽くなってくるんだよねぇ。おかしくない?」


海が見える、明るい部屋の中で金髪の青年が話していた。青年の言葉に答える声はない。


「魔王城の修理、だいぶ手伝ってあげたのにさ。広間なんてほとんど僕だよ?柱と、床。石もってきて一から作り直しなんて面倒だから魔法でやったんだけどね?あの石魔法通りにくいから直し難くてさあ。それだけで1日使ったんだよなあ。久しぶりに魔力が半分も減ったけど、中々いい仕事したと思うんだ。すっかり元どおりにしたし、……まあ少し遊んだんだけどね。床をツルツルにして、割れた石使って滑らせて遊んでたんだ。いつの間にか城にいた魔族の人たちが集まってきて、最後はみんなでやってたよ。結構楽しかったかも。魔王には怒られちゃったけどさ。『玉座の間をなんだと思っているんだ!』だって」


青年は話し続ける。


部屋にはベッドが1つと、大きな机と青年が座る椅子が置いてある。机の上には、魔法が込められた色とりどりの石、何か書きかけの紙が何枚かとペンがあった。


紙には、途切れ途切れの文章や単語、魔紋、呪文が不規則に書かれている。


(回路が修復する原理は予想できるし、わかっていたことだ。じゃなきゃやってない / だけどなぜこんなに時間が / 使われた魔力は?あの不純物の魔力なら / 不純物の悪い魔力=混成魔力とする。逆は純正魔力だな。我ながら下手すぎる呼び名だ / 魔紋が邪魔してるのか?あの女は誤算だった)


「シュティルはだいぶ落ち着いたみたいなんだ。流石グラナティスの出、って感じ。あそこなんか落ち着いてるし、切り替え早くて不思議な感じの人たち多いから。いやはや、将来が不安だよ。色んな意味でね。兄姉と似たようなのになるんだろうなぁ。それより今一番心配なのは勇者たちだね。遠くから見たんだけどさ、結界術師の彼女の塔を森に移してそこで暮らしてるみたいなんだ。でもまだ引きずってるっぽくて。長いこと一緒に過ごして来た分、それだけ別れは辛いよね。僕はもうなんとも言えないなぁ。慣れたから。でも最初の頃を考えると彼らの気持ちはわからないでもないんだ。勇者なんて可哀想だよね。自分で殺っちゃったんだから」


いくら話しても言葉に返ってくる言葉は無く、けれど青年はそれを気にした様子はない。


(花の呪いが / 縛ることで逆に守って / アパル……違うな / いっそ飛び込むか?)


一通り話したのか、言葉は止む。


青年は窓から見える海をしばらく眺めた後、机の上に散らばったものを見てため息を吐き、立ち上がると部屋から出て行った。



(ただ、生きていることは確かなんだ)









◼️◼️









ワタシのお人形は壊れたらしい。死んだと。


いいえ、それはワタシからワタシの作品を取り上げる言い訳でしかない。


感じるもの。届かなくても、届けようとする魔力の流れを。


まだある。機能は停止しているけど、まだ。



今ならやりやすいんじゃないかしら?


だって、機能は止まっているんだもの。


抵抗もされないわ。丁度いい。


あの方の側を離れることになるけれど……結果的にあの方のためになればいいもの。



さあさあ、取り戻しましょう。ワタシと私の作品傑作を。







◼️◼️







いくら後悔しても、無くなったものが戻ってくることは絶対にない。


どれだけ悲しんで泣いたとしても、無くしたものが戻ってくることだってない。


時間が経てば薄れると、そう言われたがそれは、自分がしたことに対する責任を捨てるのと同じことだと思う。


忘れたくない。


この気持ちは辛いものではあるけれど、忘れるべきものではない。


『僕の分まで、笑って生きて』


だから、忘れない。


背負って生きていく。


いつか、笑えるようになるまで。






いいや。


いつかなど一生訪れることはない。


人より丈夫なこの身は、一般的な人族の一生よりだいぶ長い時を過ごす。普通に生きるのなら、次の勇者が現れることでようやく終えることができる。


その長い時を、この罪悪感を抱え生きていくなど、自分にできるとは思えない。


『もういいだろ。わかりきっていることじゃないか。いい子ぶるのはやめようぜ。よく言うだろ?過去を嘆いても仕方がないってさ。やっちまったことなんだし仕方ねーよ』


「レノの思いを無視したくない」


『なら笑おうか。笑って生きて、だろ。悲しんでなんて言われてねーしな』


ああその通りだ。



笑って!







◼️◼️








「驚いた。聞いて。あのね、勇者が消えたんだ。どこに行ったんだろ。もう少し気にかけるべきだったなぁ。失敗した」


また別の日。


海沿いの街の同じ部屋で、金髪の青年はこの前と同じように話していた。


「まあさ、責任感強いし、性質的には闇が強めだから仕方のないことだったのかも。……僕の責任だよねこれ。ちゃんと伝えるべきだった。僕でも悪いことをしたっていう気持ちはあるんだよ?ああでも、嘘だって顔するだろうね。だとしてもこれは本当だ。僕ならどうにかできた。今のことを伝えることだって、するべきだったかもしれない。でも、今この状況を教えて下手に期待させて、出来ませんでした、ってなったら余計に辛いと思っちゃって。あー、駄目だなぁ」


今日も、青年の言葉に返すものはない。青年も返事を求めているわけでは無さそうだった。


「やっぱりさ、失敗でもなんでもやってみなきゃ駄目だよね。ただ、ね。失敗すると僕までやばそうなんだよね。ヘマはしないけどさ、跳ね返ってきたものに対処してる間に、ここがバレてあの女が来そうで。あの女、絶対普通の魔族じゃない。何か別のものが混ざってるか、入り込んでるか。執着がやばい。下手すると取り込まれそう。僕でも、ね。さて」


青年は立ち上がり、部屋のベッドへと近づく。


ベッドにはすでに先客がいた。


横たわるのは、長い銀髪の青年。青白い顔で、息はとても浅い。眠っているのか目を閉じているため、近くで良く見なければ生きているとはわからない。


眠る青年に、金髪の青年は触れる。


「言っておくべきだったのかもね。それとなく言ってるつもりでいたんだけど。名指しはしてないでしょ?でもわかるのは自分だけ、だよね。馬鹿だなぁ、僕も」


話しながら青年は、眠る青年の銀の髪をゆっくりと梳く。窓からの光を受け、キラキラと輝く髪はとても美しかった。


「……責任、か。預かったんだ。やるしかない。僕のせいでこうなったんだから」


魔力が金髪の青年へと集まっていく。


「首と胴体が離れた者を治したことだってあるんだ。生きた者を僕が治せないはずがない」


強く、決意した瞳で青年は呟いた。


右手で眠る青年へ触れ、左手は自分の心臓の位置できゅ、と握られている。


陽の光とは違う光が、2人の青年を照らしていた。

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