第44話 世界は、今救われていて
「嘘だ、なんで、ごめん、レノ、レノ!」
「今、治癒魔法を!」
ゆっくりと、柱の影から出て行く。まだ誰も気がついていない。大丈夫なのかな?勇者と魔王もいるのに気がつかないなんて。
魔王たちは、絶好のチャンスなのに勇者たちへ攻撃しない。レノルアムが現れ、スヴァルトに刺されたことに驚き、魔王の指示を待っている所だ。
まあ、攻撃しても僕が止めてしまうから意味がないんだけど。無駄なことをしないでくれて嬉しいかな。
「レノぉ……!いやだ、俺……止められなくて、ごめん、レノ……どうしたら……!」
勇者は凄いことになってる。
魔王に殺されたならまだしも、自分で刺してしまったんだから当たり前か。最も信頼し、信用する相棒を自分の手で。
「ルーナ、フェルト、様……。私……。わたし……!」
シュティルはいい子だ。少しの時間を過ごしただけのレノルアムが死ぬのは、悲しいらしい。僕の左腕にしがみつき、顔を伏せている。でもまあわからないでもない。勇者のパートナーという立場でなければ、僕も彼のことは嫌わなかった。
仕方のないこと。彼は別に望んで勇者の相棒になったわけじゃない。スヴァルトと巡り会わなければなることは無かったわけだし。
「いいよ、たくさん泣きな。でも彼は泣かれるより笑顔の方がいいんじゃないかな」
話しながら、気配を完璧に消していた魔法を解く。
すぐに反応したのは魔王。座ったまま、顔を勢いよくこっちに向けてきた。
「……あなたが、仕組んだのか」
「そうとも言える」
歩きながら答える。シュティルの、僕の腕を掴む握力が強くなった。
「どういう、ことですの」
冷静だね。前からそうだったけど。でも、怒っている様子は隠しきれていない。
「世界を。救いたいんでしょ?」
レノルアムの近くまで来た。血溜まりの外。
「戦いは中止。世界は救われる。いいね?」
まだ息があるらしい。浅く荒い息遣いでとても苦しそうだけど、
「……こんな勇者と戦ったとしても、つまらないからな。お前らもコイツら……勇者とその仲間への攻撃は一旦中止だ」
「了解致しました」
魔王も部下に恵まれている。……1人異常なのがいるけれど。今彼女がここにいないことが驚きだ。
「ルナ、フェルト……これで、だいじょぶ、なのか……」
無理に話さないでもらいたい。
僕は完全に悪役だけど、好んで人殺しをしたいわけではないのだから。
「ああ。大丈夫だ。君は大丈夫そうにないけどね」
「そう……」
レノルアムの安心した表情が嫌だったのか、スヴァルトが僕を睨みつける。
「お前が……お前のせいで…………っ、ちが、う、俺の……」
「ると、ちが……う、から……」
こういうのは好きじゃない。
自分で決めたことなのに、可哀想だなんて思ってしまう自分が嫌だ。
「説明、してくださいまし」
そうだね。君たちは聞く権利があるか。
「彼──レノルアムをそこに転移させたのは僕だ。この広間で、ずっと機会をうかがっていた。彼には言ったけど。今の世界の現状は、代々の勇者とそのパートナーが引き起こしたこと。だから、勇者がパートナーを拒絶……そう、勇者が相棒を殺す必要があった。いらない、と。自分には必要ないと。そういうことだ」
勇者が相棒を殺すなど、間違っても絶対にないこと。何かあっても、パートナーだって勇者と並んで戦えるほどに強いんだから、治癒できてしまう。
だからレノルアムはあんな体になる必要があった。間違っても、治癒できないように。生き残ることがないように。
「そっ……か、そういう、ことだったんだ……」
レノルアムが納得したような声を出す。
「レノ、話さないでです。血が止まらなくて、どうすれば……。セラ、結界を……」
「ええ、わかってる。でもこんな……」
治癒魔法を使う者だからこそ、自分には治せないものがわかる。彼女たちはわかってしまったみたいだ。
そんな様子に我慢できなくなったのか、シュティルが僕の腕を離しレノルアムの横、血溜まりの中へと膝をついた。
「レノさん、私です。大丈夫です。石は余ってるんです。たくさん、作ってるんです。だから、大丈夫ですから」
囲まれるレノルアムは、青白い顔で、苦しそうだけどきちんと笑顔を浮かべている。
これで勇者のパートナーは死ぬ。勇者の手によって。
◼️◼️
ルーナフェルトが全て説明してくれた。
良かった、今の僕じゃ言葉を発するのは少し辛いから。
「レノ、ごめん、レノ……っ」
ルトは泣きそうな顔でずっと僕の名前を呼び、謝り続けながら傷口を塞ごうと魔法を使っている。
謝りたいのは僕なのに。
刺したのはルトだけど、僕が死ぬことは決まっていたんだから。
足を引っ張ってごめん。そんな顔をさせてごめん。でもこれは、シュティルが伝えてくれる。だから、今は。
「ルト……いい、から。君の、せいじゃない……ん、だから。わらっ……て……」
泣くより、笑っていてほしい。悲しい顔なんてしないでほしい。死ぬ前にみんなそんな顔されたら、とても悲しいから。
「うん、うん……っ!笑う、笑うから……やだよ、ごめん、絶対に、死なないで……っ」
「ふふ……それ、難し……い」
目の前が霞んできた。嫌だな、これじゃあみんなが見えない。
「しゅて……?」
ああ、言葉もきちんと発せなくなってきた。わかってくれるかな。
「はい、ここです。います。ちゃんと、います」
「あれ……おねが……」
「わかっ……嫌、嫌です。私、嫌です!レノさんが……レノさんがいなくなるのは!いやっ!」
泣いているの?声が、震えてる。
「レノ……っ」
ああ、ルトはもう泣いているな。すぐ泣くんだから。僕が居ないでやっていけるんだろうか。
手を伸ばす。力が入らなくてゆっくりとしか動いてくれない。
「ル、ト……?」
「ああ、いる。いるよ。いるから、ごめん、死なないで……!」
伸ばした手がルトの両手に包まれる。温度はもうよくわからない。ただ、触れている、ということだけがわかる。
魔法は途切れない。傷口は塞がらない。ルトもわかっているはずだ。
僕は助からない。
フィアとセラだって、もう魔法を使っていない。
「ルト、お願い、笑って」
なぜだかはっきりと言えた。手を掴むルトだけがしっかりと見える。
やっぱり泣いてた。
「……うん」
ああ、そんな悲しそうな笑顔、笑ってるなんて言えないよ。
ごめんね、僕のせいでルトはこれから罪悪感を背負いながら生きて行くんだろう。僕だったら耐えきれない。……でもルトには乗り越え、笑って生きて欲しい。これは、ルーナフェルトがどうにかしてくれればいいけどな。
「僕の分まで、笑って生きて」
◼️◼️
握る手から力が抜ける。
待ってくれ、嫌だ、こんな終わりなんて信じられない。なんで、なんで俺はあそこで止まれなかった?
すぐにレノだとわかった。頑張れば、軌道を逸らすくらい出来たんじゃないか?
「やだ、やだ!無理に決まってる!レノを自分で殺して笑って生きるなんて、できるわけないだろ!?」
レノの体に縋るが、反応は無い。これからずっと、レノから何か返ってくることは無いんだ。
「ああぁぁぁぁぁあああああっ!!」
これから、どう生きればいい?レノを殺して、こんな世界で。俺は勇者じゃなかったのか?
勇者なのに、仲間を殺してどうする?
『僕の分まで、笑って生きて』
無理だ。笑えるわけない。どうやって笑えばいい?生きるなんて以ての外。無理に決まってる。
「勇者のパートナーは死んだ。おかげで世界を覆っていた魔力は全てここに。元の魔力に戻る。これで世界は救われる。彼の────」
ルーナフェルトの淡々とした声が聞こえる。意味は頭に入って来ない。
「嘘……」
「こんな、ことで……?」
「……でもこの犠牲は大きいですよ」
「レノさんが変えた世界、です……か。勇者さん。見てください。レノさん言ってました。笑って、と」
レノ、という言葉に意識が向く。笑って?無理に決まってるだろ。考えればわかること。俺はレノを殺したんだ。この手で。
その言葉に怒りを感じて顔をあげた。
世界の魔力が変化する。元の、綺麗な魔力に戻る。色褪せていた世界が、鮮やかになる。
「……え?」
今まで世界を覆っていた魔力は全て、何かに吸い込まれるようにここへ、正確にはレノの元へと集まっていた。
「勇者の力を他者が使うことで、魔力に不純物が混じるんだ。その不純物が混じった魔力が世界に溜まることで、荒廃した世界を引き起こした。勇者が相棒を拒絶したことで、勇者とその
◼️◼️
“相棒”は、死んだ。勇者の“相棒”はもういない。
ここまでとても長い時間がかかった。
最初は、ただ自分にかけられた呪いを解きたいだけだった。世界なんて、どうでもよかった。
今だって、どうでもいい。自分の目的を達成する過程で、世界を救えたというだけ。救わなかったら自分がどうなってたかわからないし。
僕は死ねない。
高い所から身を投げても、猛毒を取り込んでも、大怪我をしても。奇跡的に助かった。
胴体が切り離されたこともあった。とても苦しかったけど、死ななかった。
致命傷はなぜか受けなかった。心臓を貫く前に剣は弾かれ、頭を撃ち抜く前に魔法は霧散する。
呪いが解けたかどうかは、死なない限りわからない。でも、大丈夫なはずだ。
「全て復興してから、また再戦すればいい。勇者と魔王で。今戦うより、することがあるだろうからね」
勇者はそれどころじゃないだろう。魔王は早く国を持ち直したいだろうし。
「できれば、そうしていただきたいですわ。わたくしたちが今戦うなど、できそうにありませんもの」
珍しい、泣いてるなんて。リルアは泣かないと思っていたのにな。
「……ああ。本当に元に戻ったなら、先にすべきことがある。今勇者と戦っても無意味だ」
「うん、なら頑張って。僕に手伝えることがあればするよ。じゃあ行こうか。……そうだ、彼は預かるよ」
レノルアムは預からないと。今まで世界を終わらせていた魔力が全てレノルアムに集まっているんだから、下手なことをしたらどうなるか僕にもわからない。
転移の魔法を使う。
勇者たちと、シュティルだけを連れて魔王城下町の外へ出る。
何もない大地だったはずのそこは、緑の芝生が地面を覆う綺麗な場所になっていた。元々こうだったんだろう。
「レノ……?レノは……」
レノルアムは僕が抱えている。それに気がつかず、スヴァルトは自分の周りを探していた。
「ここだよ。レノルアムは預かる。魔力を溜め込んでいるんだ。何があるかわからない」
「なんでそんなこと……死んでまでレノはお前に苦しめられなきゃいけないのか!」
「そうじゃないって。シュティル、君は残って。しばらくさよならだ。僕なんかの顔、見たくないだろ」
何か返事を聞く前に、僕はまた転移した。
レノルアムの遺体を預かるって言ってるわけじゃないんだけどな。
◼️◼️
世界は救われ、元に戻った。
勇者はたった1つの光を無くし、ただただ日々を生きている。
喪った光は大きく、代わりになるものは何も無い。
「…………笑って、なんて。酷いこと言うよな。生きることだって、したくない。レノのいない世界なんて……。でも、これが償いだから。レノに言われたことだから」
世界はキラキラと輝いて────────。
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