第40話 戦までの、カウントダウン

すべきことはわかった。


僕が、重要なことも。


ルーナフェルトに嫌われる理由も。


ルトには悪いと思う。約束は守れない。


でも、ルーナフェルトが全て上手くやってくれるだろう。


もう一度だけ、ルトに会いたい。抱きしめて欲しい。大丈夫だ、って。


それは、許されることなのかな……。









◼️◼️









「今、何て」


「預けに来た」


「なぜ、ここに」


「ちゃんと理由はあるよ?大丈夫、悪いことにはならないから」


と、目の前のこの人は笑う。


俺はいつも通り、玉座の間にて配下の者からの報告を受けていた。


そこへ突然転移で現れたのは、2人の男と1人の少女。少女以外は知っている。


あの人と、レノルアム・プラータ。レノルアムは少女に抱えられ、ようやく立っている状態。少女は見たことがないが、あの髪と瞳はおそらくグラナティスの者。


あの人は言った。このレノルアムを俺に預けると。おかしいだろう。連れて行ったと思えば突然来て、また戻す。


何がしたい。


「わかったわかった。怖い顔しないの。美形なんだから笑ってないと損だよ?で、はい。魔王へ告ぐ。勇者は再戦の準備を整えている。至急、勇者への対策を。まあ戦いの準備した方がいいよって言いたかっただけ。勇者は相棒を魔王に取られたと思ってるはず。勢いはすごいよ?たぶん。あの子の気持ちはそれだけ大きい。で、それまでコレを預かってて欲しいわけ。放置でいいから。すぐ勇者くるはずだし」


「…………は?」


再戦?


勇者が?


何故?今?


この終わった世界で争う理由は?


「あなたが、仕組んだのか」


「そうとも言えるー。うん。皆さんお聴きください。世界を救うには、魔王を倒すしかありません!……なーんてことを言っただけ。まあ間違いではないから」


俺に死ねと。この人は言っているのだろうか。


「あーあーあー!違う違う!睨まないでって!厳密に言うと、もう一度戦いの場が必要なだけであって、魔王が倒される必要は全くない」


戦いの場……?


それで、世界は救われる?


「詳しく、説明を。でなければその頼みは聞けない」


「あんまりちゃんと言えない。それにこれは頼みじゃなくて、命令。反論する者は皆殺し!みたいな?そこまではしないけどさ。出来るけど。あの子のとこにも行きたいから、コレには別のとこに居てもらわないと困るわけ。コレが、世界を変える鍵。勇者と、コレが必要なの。悪いようにはしない。ね?」


ね、と言われても。


ここでこの人の頼みを受ければ、配下の者たちはどう思う?ここまで俺は力で治めてきた。魔王として、魔族の、王として。力だけで抑え、従わせてきた。王としての役割など、俺は教えてもらっていないし、その時どういう風にするのが最適解なのかもわからない。


暴君になっていたつもりはない。


だが、もちろんそれが気にくわない者もいる。自分たちの思い通りにしたい者が。そいつらを全て消していてはキリがない。


俺が圧倒的な力を持っていたからこそ、従ってきた者もいる。その力への信憑性が少しでも揺らげば、統治は確実なものではなくなる。


この人の実力がわかるのか、この人が現れてから他の者たちは何も言わない。


「……こちらにも、こちらの事情がある。あなたからのこととは言え、タダで聞くわけにはいかない」


「ああ、そうか……そうだな。捕虜でいいんじゃないの?勇者の仲間なわけだし。なんかよくわからないけど。政治関係?みたいな?あー駄目だな、浮かれすぎてて全部適当になる。んー。じゃあ、お金。お金でいい?いくら?結構出せるよ?……ってこんな世界でお金はいらない?」


受けて当然、といった雰囲気で話を進める。


この人なら他の場所に隠す程度造作もないだろう。それなのになぜ、魔王城なのか。


「グラース。この人と話してくる。この場は頼んだ」


「はっ。了解致しました」


ここでは終わらせることができない。下手なことを言えばこれからの統治に支障が出る。


「部屋を変える。後ろの2人も、付いてきてくれ」


3人に声をかけ、広い玉座の間を出る。レノルアムは歩くのも辛そうだったが、着いてこれるのだろうか。


「はいはい。魔王様も大変だ」









◼️◼️









魔王様を私が実際に見るのは初めてだ。


聞いていた通り、綺麗な人だった。そして、とても強い。近くにいるだけでひれ伏したくなるような、“王”として従うべきと体の底から感じる人。


レノさんを支えているからひれ伏すなんてできないし、したらルーナフェルト様に何か言われそうだからしない。緊張することはない、って言ってたし。それより私には兄さんと姉さんがいるかもってことの方が緊張することだった。


姉さんは居なかった。兄さんがいた。魔王様の1番近くに。私の方を見て、少しだけ驚いたように目を大きくして。


兄さんは知らなかったのかな。私がルーナフェルト様と一緒にいることを。そうだとすると、家には一度も帰っていないということ?


ルーナフェルト様はいつもよりずっと楽しそうで、嬉しそうで、よく喋った。自分でも言ってたけど、浮かれてるらしい。



場所を移動するって言われた。


あの雰囲気の中でレノさん支えてずっと立ってるのはちょっとキツかったから、私はありがたいけどレノさんは辛そう。ルーナフェルト様は何も言わずにそのまま、魔王様に着いて行ってしまう。


「行けますか。体重もっとかけて大丈夫ですからね」


「ごめんね、ありがとう」


レノさん、前よりは歩けるようになってる。勇者と、仲間たちと一緒にいるんだからもっとちゃんと治療も受けてるだろうし、たくさん栄養のあるものを食べて……食べ…………お腹空いてきたな。何か食べさせてくれるかな。


どうにか広間を出て、あの雰囲気から脱出。でもレノさん限界かな。ちょっと息が荒い。


レノさんを支えてゆっくり歩いてたから、魔王様とルーナフェルト様に置いていかれたみたい。どこにも見えない。そんなに離れてなかったと思うんだけどな。たぶん近くの部屋に入ったんだ。


「レノさんレノさん。少しここで待っててください。近くの部屋見てきます。すぐに戻りますから、地面で悪いんですけどここで休んでてください」


「うん、わかった」


さて。広間のあった方は無し。どこまで見ても壁しかなくて、扉が見えないから。だから反対側。


小走りに移動して、1番近くの部屋のノブを回す。開かない。また移動してその隣。開かない。その次は離れた場所。そこまでは行ってないと思うな。来た方とは反対側だったらしい。


レノさんのとこに戻ろうとした時、レノさんの、「ひっ……!」という悲鳴に近い声が聞こえた。


「レノさん?」


そちらに顔を向ければ、暗く長い赤髪の女がレノさんに手を伸ばしている。


レノさんの顔は恐怖に引きつっていて、少しでもその手から離れようと体を動かしてるけど、後ろは壁。


あの赤髪には見覚えがある。


でもレノさんがあんな顔をする相手。


「……私の。傑作……。こんな所に……」


「レノさんから離れてください。アセヒ姉さん?」


すぐに駆け寄り、伸ばした手を掴む。リルア姉さんだって言っていた。レノさんの体に魔紋を刻んだのはアセヒ姉さんだと。レノさんが怖がるのは当然のこと。


私は、ほとんどアセヒ姉さんとは話してこなかった。アセヒ姉さんが無口で、あまり部屋から出てこなかったっていうのもあるけれど。


魔王様に仕えるようになってからは家に帰ってこなかったから。


「…………退いて。それは、私の。私の……作品。大事な、大事な、お人形さん……」


私に目を合わせようともしない。レノさんだけを見ている。その様子が何か狂気じみたものを感じて、怖い。


「退きません。なんでですかね。レノさんをモノって言う人多いですよね。2人だけですけど。レノさんはレノさんです。人形なんかじゃ────」


けど私の言葉は途中で遮られた。アセヒ姉さんに突き飛ばされたらしい。そうと認識できたのは、反対の壁に体が激突して息が詰まる傷みに顔を顰めてからだった。


「ひっ……やだ、寄るな……っ!」


レノさんの声が聞こえる。あんな声出すんだ、レノさん。


体に力が入らない。目の前が霞む。レノさんの、震えた声がぼんやりと頭に入ってくる。


どうしよう、このままじゃルーナフェルト様に笑われるどころじゃなくなる。アセヒ姉さんが何をしたいのかわからないけど、レノさんにとっていいことではなさそう。そうなると何がしたいのかわからないルーナフェルト様の行動にも支障が出てくる。


「……レノ、さん……」


駄目、このままじゃ意識が保てない。レノさんが大変。ルーナフェルト様。ルーナフェルト様……!


「シュティルー?話は……っておい、お前っ!」


幻聴か、本物か。わからないまま私の意識は落ちた。







◼️◼️









押し切られてしまった。レノルアムを預かると。勇者への切り札として。


そういう理由なら一応皆は納得するだろう。


「じゃ、そういうことで。シュティル呼ばなきゃね。置いてきちゃった」


部屋の扉を開け、少女の名を呼ぶ。


「シュティルー?話は……っておい、お前っ!」


外を見るなり、怒声を上げ飛び出して行く。


何があったのかわからないまま、俺も外に出る。


「退けっ!これはもうお前の人形ではない!失せろ!」


「あら……。これは、私の。私の……物。渡さない……渡せない」


アセヒだ。珍しく工房から出てきていたらしい。床にレノルアムが座り込み、硬直している。顔が恐怖に彩られていることから、大体の状況はわかった。


「アセヒ!レノルアムはもう諦めろ」


「嫌……嫌、です。私の作品は、私の物……ですから」


いつもならすぐに聞くアセヒが、言うことを聞かない。それほどレノルアムに執心しているということか。


「お前の物なんかじゃない。僕のだ。これにちょっかいを出すなよ。指一本触れてみろ。後悔することになるぞ」


低く、恐ろしい声。俺でさえ怖いと思うほどの。あの人との力の差がわかるのか、アセヒは苦い顔をすると何も言わずに去って行った。


「……盲点だ。あそこまで執着しているとは」


アセヒが去って行った方を見つめ、ぼそりとそんなことを言った後あの人は、近くに倒れていた少女へと近寄る。


「シュティル。シュティル?大丈夫?」


さっきの怒鳴り声とは全く違う、優しげな声。


俺の幼い頃に聞いていたのと同じような。


「……ん…………ルナ、フェルト、さ、ま……?」


「そうだよ。ちゃんと着いてこないからこんなことになるんだ。ぶつけただけ?」


「はい……」


少女は倒れた体を起こそうとし、失敗して不思議そうに自分の体を見ていた。


レノルアムの方へと視線を移せば、手足を投げ出し放心している。少女はあの人が見ている。そう考えると俺はレノルアムへと近寄った。


「おい。アセヒは行った。近くにはいないぞ」


「…………そ、う」


声をかければ、俺へと顔を向ける。青い瞳と、視線が合わさる。


無機的で、冷たく、夜空のような。俺は前から、こいつの瞳があまり好きではなかった。人間らしさのない冷たさだと思えば、突然人間味のある暖かさを持つ。どちらが本当なのか、わからない。


本当を隠しているように、力も隠しているように感じて。こいつの打ち出す魔法が、勇者を超え、俺を貫くのではないかと。


だがもうその可能性は消え去った。レノルアムから力は全く感じない。


「しばらくここへ居てもらう。勇者への切り札だ。お前を盾にすれば何でも聞くだろうな。あの勇者は」


戦った時程度しか見ていないが、2人の息はぴったりで、お互いをとても信用しているのがわかる動きだった。


「……そうしてでも、会えれば……」


ボソボソとした声。よく聴こえない。


「言いたいことがあるならはっきり言え」


「無いよ。僕は、もう言われた通りに動くだけ」


何かを決意した表情で、俺を見てくる。


「誰の?あの人の、か?」


「癪だけど。全てを知って、それは嫌なんて言えなくなったから。僕のするべきことは、ただ、あいつの言う通りに動くだけ。そうすれば失敗はない。それがいつなのかはわからないけど……近いうちに、僕は……」


何なんだ。レノルアムは、何をする?あの人は、何がしたい?


世界を変えると言っていたが、どのように変えるかは聞いていない。あの人はレノルアムを使って何をするんだ?


「癪かあ。まあそうだよね。うん、じゃあ頼んだよ、それ。あれは近づけないようにしてね?何するかわからないから。ああそうだ。シュティルに居てもらおう。それがいい。いいよね?」


聞いていたらしい。少女もすでに回復していて、立ち上がっている。


「私も、ですか?レノさんに?姉さん避けですね。わかりました。美味しいご飯を食べさせてもらえるならなんでもします」


やはり少女はグラナティスの者だった。グラースが下に3人妹がいる、と言っていたから1番下の妹なのだろう。


「……1人増えたとこで、か。グラースの妹だしな。わかった。食事は用意させておく」


「ん、ありがとう。僕はこれで。勇者との戦いはちゃんと見届けるから。じゃあね」


それだけ言うと、その場から消えてしまった。……魔王城の中は、一部の場所を除いて転移などできないようになっているのにも関わらず。


よくよく考えれば、あの人の名前さえ知らない。聞いたこともない。


本当に、わからないことだらけだ。

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