第39話 救済を、得るための

蜘蛛の魔物の肉は美味しかった。


僕があの魔物を実際に見たのはちょっと前だから肉と結びつかなかった、というのもある。ルトとフィアは渋い顔をして食べていた。


リルアは途中でやってきて、肉を食べるなり笑顔で「また狩ってきますわ。群生地を見つけましたの」と言ってルトとフィアの顔を引きつらせていた。


夜も蜘蛛肉で、2人は死んだ顔だった。


昼は野菜と一緒に炒めてたけど、夜は煮込み料理。僕は煮込んだ方が好きかな。明日はステーキにする、とか言っていたから当分は蜘蛛肉の日が続きそうだ。




風が吹いているらしい。


窓は閉めたはず。ルトが寝る前に確かめに来ていたから。


目を開ける。


開いた窓の方に影がある。月の光を背に受けていて顔は見えない。体格からして男。


「……誰?」


その人物はゆっくりと僕へと近づいてきた。


何も言わないということは、ルト達ではない。セラの結界を超えて中に入れるほどの仲間は他にいない。だからこの人物は敵以外の何者でもない。


上半身を起こしベッドの上を移動する。何が目的なのかわからないけれど、近づかれていいことはないはず。捕まるか、最悪殺される。ここで僕が殺されれば魔王との再戦も後になってしまうかもしれない。


「無駄だって、わかってるよね?」


声に振り向けば、すぐ目の前に手が伸びて来ていて。驚き、慌てて後ろに動けばベッドの上から落ちてしまった。


「いっ……っ!」


衝撃に息が詰まる。


「ああもう。いきなり動くから」


なんで、コイツが、ここに。


床に倒れた体をどうにか起こす。相手はベッドを回り、僕の落ちた方へとすでに来ていた。


「ルーナフェルトっ……!」


「久しぶり。……いやそんなに経ってないか。せいぜい2週間か3週間くらいかな。どうだっていいんだけどさ。また会う、って言ったでしょ。魔王との再戦、決めたみたいだし、今ちょうどよくここに魔王の配下の1人が来ててさ。連れてくのにはもってこいなわけ」


腕を掴まれ、立たされる。


瞬間、景色が変わった。部屋の中ではなく、灰色の大地が広がる場所。すぐ横に一台の車がある。遠く離れた所に、街が見えた。


ルーナフェルトが車の後ろのドアを開け、僕を押し込む。そのあとで自分は前の運転席へと乗り込んだ。


「ルーナフェルト様……?どこか行ってたんですか…………んむ……レノさん?」


助手席からの声。シュティルだ。ドアの開け閉めの音で起きたらしく、目をこすっている。


エンジンのかかる音がして、車が動き出した。


「なんでいきなり……」


「僕もね、僕自身の目的がある。そのためには、この世界を救わなくてはならない。はっきり言って、こんな世界どうでもいいってくらい長い間生きてきたわけだけど、だからこそ世界を救う。その鍵になってもらう」


真っ正面を向き、いつも僕に向けているのとは違う真剣な声音で、ルーナフェルトは言った。


「鍵って、何の鍵……?レノさん、何にもできないですよ……」


「全てを。全部を終わらせる。遠い昔から続くこれに、終止符を打つ」


シュティルが僕の名を呼んでも咎めない。


いつもと違うその行動が何か怖い。


「悪いけど君には────」








◼️◼️









勇者は何故勇者なのか?


────勇気ある者。


勇気があれば勇者なら、誰だって勇者になることができる。


この世界の勇者は、『イル・レーナ』という一族からしか生まれない。


魔王が存在し、ある程度の力を得ると必ずその一族から勇者が生まれる。魔王が人族に害を出していなくても、必ず。


魔物は魔王が発生させるもの。こんな考えがあるのは人族の中でのみ。魔物は魔力が生み出す。


だから人族は、常に魔族から害を受けていると思っている。魔族は、魔王は倒すべきものと。勇者が生まれるのは当然のこと、と。


そんな間違いが生まれた理由は、魔王が信用する配下の者達に力を分け与えているからだろう。魔王が力を与えることで、その者達は実力以上の力を発揮できるようになる。



光と闇。


勇者と魔王。


全く相容れない存在でありながら、今目指すものは同じ。



世界を────────────救う。







光は確かに暖かさを与えるものなのか?


闇は確かに温度を奪うものなのか?




「なんだっていい!どうだっていい!俺が望んだことじゃない!運命!?使命!?知らねぇよ!俺はただ────」







◼️◼️










ゴッ、ガンッ!


建物全体が揺れるような、大きな音。


「ああもうっ!何回目!?直す側にもなってほしいわ!」


「朝から合計26回目の破壊行動なのです。ですね?……わからなくもないなのですけど」


上を見ながらセラとフィアの2人は、また大きなため息を吐く。


「犯人連れてきましたわ。しばらく動けないようにしましょうか」


「離せっ!リルアっ!」


「ここを壊してもどうにもならないことはわかっているのでしょう?虚しくなるだけですわ」


セラとフィアのいた部屋にリルアがスヴァルトを連れ、やってきた。スヴァルトはリルアに腕を掴まれ、苦い顔をしている。


「……っ、わかってる、よ。わかったから!離せって!」


「いーえ。離しませんわ。そう言うの、何回目だと思ってますの?言うたびにまた同じことをして。それより先にすべきことがあるでしょう!いい加減になさい!」


レノが居ないことに気がついたのは、もちろんスヴァルトだった。朝起きて、1番にレノの部屋へ行く。レノに何もないことを確かめてから、自分のことをする。


朝、いつもと同じようにレノの部屋へ行った。そこでスヴァルトが見たのは、空っぽのベッドと、大きく開いた窓。


そこからは酷かった。


全ての部屋を周り、皆を起こし、外を探し。どこにもいないとわかった後、セラが思い出したように呟く。


『昨日、買い物に行った時に魔王の配下……名前は、忘れたけど。見かけたの……もしかして』


魔王の元にレノが戻ってしまった。


怒りをぶつけるように壁に拳をぶつけ、壊すという行為を続け怒られ。セラ達もスヴァルトの気持ちが分からなくないため、あまり強く咎めることもできず。26回という破壊行為を許してしまっていた。


「ん〜。でもやっぱりわからないですよねぇ、向こうの行動の意味が」


リルアとスヴァルトの後ろからクラムが入ってきた。


「わかりきっているではありませんの。連れて行けばヴァルは焦るでしょう。今のように。向こうも気がついているのではないんですの?再戦の日は近い、と」


「そうですかねぇ?セラの結界を抜け、誰にも気がつかれることなくレノだけを連れ去る。そんなことができるのならヴァルを殺った方が早くないですか?戦力にならないレノをわざわざ連れ去る意味は?そう、なぜ連れ去る必要があった?まあ、連れ去るってことは殺すつもりはないのかもしれませんが。でも、その場で殺してしまえばいいのに」


これは、ずっと皆が疑問に思っていたことだった。


連れ去る意味。なぜ、レノなのか。


「どうだっていい!レノは今、居ないんだから!どんなに酷いことをされているのかわからない!あの体で、動けないのに!早く、早く助けないと……っ!」


「落ち着いて、ヴァル。早くしたいと思っているのはみんな同じよ。でも、魔王城に行くということは、また戦うということでしょう。そのために準備してきたんだから。後もう少しなの。みんな、後少しで終わるの。あなたもそうでしょう?今度は失敗できない。だから、万全の体制で行かないと。中途半端で行って、もっと大変なことになったらどうするの?」


「…………っ、わかっ、てる。……明日だ。明日、魔王城に行く。みんなが無理なら1人で行く。だから、それまでに準備を終わらせろ。俺は、あの剣一本で行く。手は空かないからそれで充分だ」


リルアの手を跳ね除け、スヴァルトはそこから去って行ってしまった。


「……まあ。終わらせるしかないですわね。わたくしはもう大丈夫ですわ。皆さんは?」


「後少し、なのです。セラもなのです。ですね?」


「ええ、今日中には終わらせられるわ。クラムは?」


「私はあまり準備などないようなものですから。……そうだ、後でセラに話があります」


各々、準備はほとんど終わっているようだった。


ならば残るは本番。


魔王との再戦。



世界を救うためのそれが、全てを変え、終わらせるそれまでの時間が近づいていた。


果たして実際に世界を救うことができるのか、これを知るのは彼のみ。

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