第37話 信頼と、重さ

次から次へと溢れて止まらない。


もう何もかもよくなったり、いきなり涙が出てきたり。自分が自分でわからない。気持ちが、抑えられない。幼い子供のように、自制が効かない。


怖い。


保っていたものが一度崩れると、もう止められない。


「大丈夫か?ゆっくりでいいから落ち着いて」


横に座るルトに体を預け、接する所から伝わる熱に安心感が生まれる。ルトは僕の体に手を回し、抱くようにしている。


人の温もりは不思議だ。さっきまでの不安が、ゆっくりと溶け出していく。


涙は止まらない。


仲間の、大切な友人達の言葉にとても救われた。嬉しさと、自分でもよくわからない気持ちが混ざってごちゃごちゃしている。


こんな体になってしまった時から、ずっと心の奥にあった不安。それが否定された。


セラが持って来てくれた温かい飲み物を一口飲む。体の奥からじんわりと温まってくる。きっとセラのことだから、いつものように薬草と魔法を使ったんだろう。高ぶった感情が徐々に落ち着いてきた。


「はあ。驚いたわ、あんな風に泣き出すなんて。ヴァルならまだわかるけど、レノが、なんて思いもしなかったもの」


「俺ならわかるってどういうことだよ」


「そういうとこなのです」


僕が自分で言うのもおかしいことだけれど、僕は図太いと言われることが多く、自分でも中々図太い性格だと実感している。


こんな風にぼろぼろ泣くことなんて無いし、ぐじぐじ悩むこともほとんどない。


自分でも驚いている。


「ごめ、ん……なんだか、安心して……泣けて……」


「心配だったんだよな?ごめん、ごめんな。レノ。大丈夫。俺はレノの味方だから。側にいるから」


何度言われても、薄っぺらさは感じない。ルトならその通りにする。逆の立場でも、僕はルトのためならなんだってする。








◼️◼️









「もうそろそろかなぁ」


「何がですか。何か催してきましたか?ここらへん遮るものなさそうなので魔法で処理してください。大っきいものはできたらやめてほしいです」


「……ほんと図太くなったよねシュティル……」


「失礼な。私は繊細で壊れやすいんです。なので人の悪口なんて言えません」


「悪口っていうかさ……まあいいや、シュティル、本当に覚悟はいいね?これから止まることはできないよ」


「はい。何があっても。まあ文句は言いますが。私はルーナフェルト様をおちょくるのを辞めません」


「はぁ…………」







◼️◼️








「くっ…………無理……か……。ありえない……魔王様の頼みとはいえ……最高傑作になったのに……手放すのではなかった……」


薄暗い工房で、1人の女が本ほどの大きさの、紫に光る魔法陣に手を置きながら独り言を呟いていた。


その闇に紛れ込む、暗い赤髪。魔法陣に照らされる顔は青白い。それは、光が紫だからだけではなさそうだ。青みの強い紫の瞳を、濃い隈が縁取っていた。


女は椅子に座り、大きな机でその作業をしている。机の上は本と紙、ペンやインク壺、何に使うのかわからない物体などが乱雑に置かれ、光りを発する魔法陣の周囲だけが少し片付けられていた。


「もどかしい……掴めない幕が……遮って。あの男……何者?私の……最高の人形を…………っ!よくも……」


しばらく魔法陣を弄りながらブツブツと何か言っていたが、コンコン、という工房の扉を叩く音でそれは止まる。


「……いいか?」


「もちろんです」


聞こえた声に、女はすぐさま反応した。


入ってきたのは、魔王ディアリ。


扉を閉め、女の近くまで歩み寄ると、魔法陣へと目を向けた。


「これは……?遠隔の……」


「人形遠隔操作の、陣です。この前の……男に渡した、人形の。……使えませんが。魔王様……あの男。何なのですか……?」


先ほどまで何かブツブツ言っていたとは思えない明るい口調、表情でディアリへと話している。


「彼は、俺に全てを教えてくれた人だ。俺よりも長くを生き、多くを知り、とても……強い」


「魔王様より。……強い、者が。魔王様より……?その者……は、裏切りの……」


女は、ディアリの自分より強い、という言葉が不満なようだった。


「いや。あの方は、いいようにしてくれている。前魔王の友人、と言えば信じてもらえるか?魔族に害を与えることはないだろう。……いや、そうだと信じたい」


「そう、ですか」


否定されないこともまた不満だったのか女は、ディアリから絶対に離さなかった目を逸らし、魔法陣へと顔を向けた。


淡く魔法陣が光っている。


「今日は。何のご用件……で?」


「ああ。城門の魔紋を刻んだ石版が、魔力に侵されて崩れてきている。俺が直してもよかったが、お前は自分の作品に勝手に手を加えられるのを嫌うだろう。だからそれを伝えに。……それと、もし、その遠隔操作のものでアイツらの居場所がわかれば教えてくれ。魔紋を刻んだんだから、たっぷり魔力は染み付いているだろう?」


ディアリからの言葉で女の不満は消えたようだった。微かに口元に笑みを浮かべ、ディアリへと向き直る。


「わざわざ……魔王様が。ええ、わかりました……すぐに、直します。けど……後のは、少し。大変……。こちらから、何もできないように……上書きされて……いて」


「そうか。無理に、とは言わない。できることをすればいい。では、頼んだぞ」


女の返事を待つことなく、ディアリはその工房か去っていった。それでも女は不満を出すでもなく、嬉しそうな表情でディアリが出ていった扉をしばらく見つめていた。


「うふふ、魔王様が……わざわざ。ふふ……私に、頼み事。うふふふふ……あぁ…………幸せだわ……」


頰を赤らめ、笑う様子は恋する乙女。


「そう。魔王様の思うままに……魔王様のため……ええ、ええ、頑張らなくては」








◼️◼️









「アセヒ様。ここのあたりと、こちらの方です。古い石だったので、土台からいってしまって」


魔王城、城門。城の周りを大きく囲う、黒い門。遠目から見れば、装飾が美しくも恐ろしい門だが、近くで見ればわかる。細かい魔紋を刻んだ石版が埋め込まれていることが。


「そう。ありがとう……持ち場に戻って」


石は、この世界を覆う魔力の影響を受けづらく、劣化しにくい。このことから、世界が終わった後、家などの建物は石で造られることが多くなった。


ただ、影響を受けづらいというだけであって全く受けない、というわけではない。


魔王城などは古くから石造りで、何千年前と同じ石が使われている箇所もある。


今回崩れたのはそういった箇所のようだった。


アセヒ、と呼ばれた女は、割れかけた石版を外し、土台の石を魔法で補強し、石版を新しいものに替えはじめた。


「……護りは、常に新しく……機能は、どれだけあってもいい……」


新しい石版は、古いものよりもっと細かく魔紋が刻まれていることがわかる。


時間をかけ城門の広範囲全てに取り付け終わると、最後に替えた石版に触れ、魔力を流し込む。


薄青の光が、刻まれた魔紋に沿って広がっていく。光は数分で城門全ての魔紋を覆った。


「完璧……。強固に。堅固に。……これで、大丈夫」


石版から手を離しても、薄青の光は消えなかった。それを確かめるとアセヒは、自分の工房の中へと戻っていった。

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