第36話 相棒に、思うこと

「……事実、だろう?何もできない。何も与えられない。動けない。魔法も使えない。手伝ってもらわなきゃ、ベッドから離れられない。邪魔、だろう?」


掴むレノの体は、わずかに強張っていた。


驚いて顔を見れば、レノの俯いた目と見上げた俺の目が合う。


「…………レノ。怒っていい?」


「なぜ?いいんだよ、僕のことは気にしなくて。……いや、捨てられるのは怖いけれど、迷惑はかけたくないからね」


レノのことを邪魔だなんて思ったことは一度でもない。なんでそんな考えが出てくるんだ。


あーもー怒った。俺は怒った。


「怒った!なんだよ、1番に応援するとか言ったくせに!レノは、何があっても諦めないと思ってた!俺の気持ちだってわかってるって!なのになんだよ!何もできないから邪魔!?俺言ったよな、レノのためならなんでもするって!俺が仕方なくレノの所にいるとでも思ってんのか?迷惑はかけたくない?その言葉自体が迷惑だから!そんな変な思考、どっかやっちまえよクソ!」


「……クソ…………。僕は、ク────」


「めんどくせぇぇえええ!!んなわけないだろ!俺クソの世話の仕方なんてわかんないんですけど!?」


強く、レノの体を掴みながら声を荒げる。少しでも俺の気持ちが伝わればいいと思いながら。


邪魔だなんて思うわけない。


レノは、いつでも俺の光で。道しるべで。目指すべきもの。消えない光、折れない目印。レノがいるから進むべき道もわかるし、決められる。いつでも正しい道を示してくれる、地図のようなもの。


大切な存在。長いこと一緒にいて、俺のことをわかってくれて、俺もレノのことをわかると思ってる。レノといると安心するし、落ち着く。


依存、って言われるかもしれない。


でもそれだけ大事で、大好きな人。


言葉じゃ言い表せないくらい、俺の中では大きな存在。


「どうしたの、レノ……?私たち、何か不味いことでもした?」


「そうですわね。レノがそんなことを言い出すなんて。前なら思うこともしなかったでしょうに」


前なら。


確かにこんなこと言わなかっただろう。強くあり、決して折れない。前を見て、より良いように進んでいける。それが、レノ。


「……別に、何も。ただ、僕が何をできるのか、って考えたら。ふふっ、何もできないんだ。皆に迷惑をかけることしか。……いっそのこと、死んでもいいのかもしれないな……」


それは許さない。絶対に死なせるもんか。


ムカついたからレノの腹を思いっきし殴っといた。


「ぅっ……がふっ……なに……?」


「何?じゃねぇよ。死ぬなんて絶対言うな。あれは口だけの嘘なのか?嘘だったら俺泣くんだけど。泣けるんだけど。ちなみに俺がレノになんでもするって言ったのは嘘じゃないから」



隣では戦えないけど、1番に応援する。



レノはいる。レノは見ていてくれる。そう実感できた言葉。嬉しかった。


「嘘、じゃ……ない。ルトのことを考えて、ルトを応援したい。勇気づけたい。支えになりたい。でも、でも!こんな体で!何ができる!?ただ、みんなの迷惑にしかならない!これから動くのにも僕は邪魔だ!だったら────」


「ちょっと黙れ、なのです」


声を荒げるレノの口を塞いだのは、フィア。ベッドの足元の位置から、レノに向けて右手を突き出している。


レノは口に何かを入れられたかのように中途半端に口を開き、目も開いてフィアを見ていた。


「ヴァル。戦いなのです。私は、いけるです。もうなんだかレノの話を聞いていたら、自分の恐怖なんてくだらなく思えるほど、馬鹿らしいなのです。レノは、私たちがそういう風に思う人間だと、そう思っているということなのですね?長く過ごした仲間のことを、色々なことを一緒に乗り越えた仲間のことを、たったのその程度で見捨てる人間だと」


真っ直ぐに右手を伸ばし、真剣な表情で、レノから視線を外すことなく強い気持ちのこもった言葉を紡ぐ。


普段見せない顔。


「私は、迷惑だなんて思ってないなのです。邪魔だなんて、思わないなのです。だってレノは大切な仲間で、友人です。そんな軽い関係じゃないなのです。私たちの関係は、一方通行なものだったです?」


静かだけど、確かな怒りを感じる声音。


レノは言葉を返そうとして声を出せないことを思い出し、俺が腹を殴った時に自由になった左手で口に触れる。たぶん、レノの手には今何か弾力のあるなんとも言えない感触があるはず。


キュ、とレノがそれに力を込める。だがフィアの魔法が壊れることはなく、レノの言葉を封じたまま。


これが“前”ならば。簡単に言葉を取り戻すことができたはず。そもそも、魔法を受けることもなかったかもしれない。フィアよりもレノの方が強いから。でも今は。レノは、魔法を拒むことができない。


「まだ私の言葉は終わってないなのですよ。それまで魔法は解かないです。……死ぬだとか。私たちに対する、ひっじょーに失礼なことだと思うなのです。きっと、たぶん。きちんとわからないことをそう言うの、やめてもらいたいですね。ならレノは、私たちの誰かが同じことになったら見捨てるです?私は、レノがそんなことをする人だとは思ってないです」


よくわからない表情のまま、レノは口の解放を諦め、斜め下の方向へと目線を落としている。


「大きなことを言える立場じゃないですけど。私が言ったこと、間違ってるです?」


フィアが真っ直ぐレノへと向けた右手を、くいっと鍵を開けるように捻る。


魔法を解いたらしい。


何度か口を軽く開いたり閉じたりした後、レノはフィアへと視線を向け、声を出した。


「……間違って、ないよ。僕は……。あぁ、僕は何を……、何を、言って……。……ごめん、おかしなことだった。少し考えれば、わかることなのに。……与えられて。返すことのできない自分が怖かった……」


途中で下を向いてしまったが、向けた先は俺が抱きついている。目線が合う。今にも泣き出しそうな顔。そんな顔されたら、怒るに怒れない。


だからもっと強くレノを抱き締め、細い体の鼓動を感じながら言う。


「見返りなんて求めてない。それが、当たり前のことなんだから。仲間だろ?家族みたいなもんだろ?返されることが前提で接している人は、ここにはいないから」


好意というか。


そもそも、そういう風に思うならレノを助けようなんて誰も言わないはず。


「フィアとヴァルの言う通りよ。私も、迷惑だとか思っていないもの。そんな風にレノが思っていたことが、信じられないわ」


黙っていたセラが口を開く。セラとフィアが一番、レノのために尽力しているはず。使える限りの全ての魔法を駆使して、知識も全て引き出して。


俺がしてないとかじゃないけど。俺だってレノのためにちゃんと動いてたし。ご飯と、運動。あと風呂。風呂なんて魔法だけで済ますこともできるけど、レノは魔法使えないし。そもそもレノは魔法で済ませるより、ちゃんと自分で水を浴びたい人。俺はわかってます。だからそれを手伝ってる。


「どんな風になろうと、レノはレノだろ?それは絶対に変わらないんだ。心配すんな、他のやつがもしレノを見捨てても、俺はずっとついてるから。レノを守るから。レノのために、生きるから」


「見捨てるわけないでしょう、全く。わたくしも、レノのことをそんな風には思っていませんわ。もしそうなら、あの時ここまで連れ帰ってませんもの。帰りにどこかへ置いていけば魔物が跡形もなく片付けてくれるでしょうし」


「セラも言ったように、何故そんな考えが生まれたのかが気になりますが。あ、私も思ってませんからね?便乗とかではなく」


仲間に対する思いは皆同じ。


たくさんの苦楽を共にしてきたんだ。そんな簡単に思いが変わるわけがない。


首元にポツリと何かが降ってきた。


「……?」


手をやれば、濡れている。


レノだ。泣いているらしい。


上を向けば、俯いたレノの、すでに赤くなった目、僅かに震える口が見えた。見られることが嫌なのか、俺の目に左手を被せてくる。


「僕っ、は……っ!こんな、ひぐっ、こんな、ことになって、なってぇ……」


嗚咽に飲まれ、言葉はきちんとした意味を持たない。


レノの手を退け、顔を見る。


歪む表情、ボロボロと止まらない涙。


普通にしていたけど、レノも大変だったはず。いきなり魔法が使えなくなり、体が動かなくなり。耐えるので精一杯。耐えられたことが奇跡。


「……何か、飲み物持ってくるわね。話の続きは明日にしましょう。レノも、ゆっくり考えてちょうだい。私たちのこと。自分のこと。それでも、自分が邪魔だと思うのなら、私たちはそれからのレノの行動を止めないわ」


セラはそういうと、クラムを連れ部屋から出ていった。


レノは、両手で顔を覆っている。でも隙間から雫が伝っているから、涙は止まらないんだろう。


「そういうことなら。後は頼みましたわ、ヴァル。レノの相棒はあなたですもの。では、夕食までごゆっくり」


リルアも行ってしまった。フィアは、何か言いたそうな顔で止まっている。


「なんっ、で……止まらな……。僕、……うぁ……」


いつのまにか、怒ってた気持ちも落ち着いている。まあレノのこんな姿見たら怒ってなんてられないけど。


喜びだとか、怒りだとか。そういうものは普通に出す。でもレノがここまで泣いたことはない。長く一緒にいるけど、いつもしっかりしてて俺より大人びてる感じで、頼ってばかりだった。こんな、幼い子供みたいに自分の弱い所を出すなんて、見たことがなかった。


「……レノは、アズラクの攻撃を受けていますですよね?」


止まっていたフィアが、口を開いた。


「僕……?受け……っ、受け、た……」


「レノが、そういう気持ちになるのはそのせいだと思うです。精神に働きかけるもの、肉体に働きかけるもの。2つを、持続して掛け続けられているです。不安定なのは、そのせいなのですね。いつもより心の耐性が低いってことです」


「アズラクの……。なら、俺がどうにかできないか?細かいのは苦手だけど、レノのためなら」


「できる……とは思うですけど、集中力もいるですし、失敗したらもっと酷くなるかもです。……レノのことでヴァルが失敗するのはありえないことだったなのですね。ですね?レノが落ち着いたら、やるですよ」


アズラクより、俺の方が強い。レノが魔法を使えるなら自分でどうにかできたと思うけど、使えないならレノよりも強い俺がやるしかない。


失敗なんてしない。レノがそれで少しでも楽になるなら、なんだってしたい。

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