第33話 信用は、できない

俺は緊張していた。


訂正。緊張している。


リルアが言っていた町には着いた。いやあ、感じる。すごい強い魔物と戦う前みたいな、緊張感。それよりやばい。


だって、魔物はまだ勝ち目があるような緊張感。駆け引きの緊張感。でもこれは、最初から勝ち負けが決まっている緊張感。


死への、緊張感……。


「には、させねぇ……」


これで死んだら終わりだ。死にたくはない。だって、立ち上がるって決めた。仲間も揃った。


「いることが驚きなんですが。まだ残っていた……いえ、待ち構えていた、というのが正しそうです。さてヴァルくん。あの派手女は話せばわかると言っていましたが、本当にそうだと思います?これ」


「もし、俺たちが来ることを待っていたとして、殺すつもりならもうとっくにできてる。わかってるだろ、相手との力量差。敵う相手じゃない。ということは、話せる相手、ってことだろ。たぶん」


たぶん、とは言ったが確実だ。


すぐ殺せる相手を殺さない理由は何か?話しをするため。いや、魔王と繋がっているなら捕まえて魔王に突き出すっていうのもあるかもしれない 。でも違うと思う。勘だけど。


「ま、ヴァルに任せましょう。私は着いてきただけですから。なるようになれ、ですよ。もし悪いようになっ」


クラムの言葉が途中で不自然に途切れた。不思議に思って隣を向けば、綺麗な金髪の男がクラムを支えていた。


「……へ?」


クラムはその男の腕の中で気を失っているようだった。やだな、男の腕の中で男が。いや、そんな場合じゃないんだ。


「こんにちは。いや、初めましての方がいいかな?ユミトの子孫。スヴァルト・イル・レーナ」


その場を支配するのは、目の前の金髪の男。


────────強い。勝てない。


いいや、勝つ必要はない。ただ、俺は話をしに来ただけ。


「お前が、ルーナフェルト、なのか」


「ああ、そうだね。君の大切なモノに大変なことをしたのは僕だ。敵意を持たれるのは当たり前のこと。わかっていたこと。そう。僕がルーナフェルト」


1度目の首肯は、俺の言葉に対してではなく、自分自身の言葉に対して。


ニコニコ……というよりは、くすくすといった様子で俺を見ながら話している。悪いような笑い方ではなく、優しげな。


「なんで、あんなことをレノに……それにクラムは……え?ユミト?なんでその名前が……」


ユミトは、前勇者の名前。ひいひい爺さんの名前だ。爺さんが勇者として活動しなくなったのは、もうずっと前。そもそも勇者の名が広まることはあまりなく、勇者は勇者として存在する。だから名前は呼ばれず、勇者様、と。そう呼ばれる。


「君が赤ん坊の頃、僕は1度だけ会ったことがある。暗い髪色、赤い瞳。あそこの人たちは皆、気味悪がっていたよ。でもすぐに瞳の色が変わって、成長するにしたがって髪色も明るくなった。何か魔力か何かがそういう色に見せていただけだ、って判断されたみたいだね。これはユミトから聞いていただけだったんだけど、本当だったみたいだね。今の君の瞳はユミトそっくりだから」


俺に会ったことがある?暗い髪色、赤い瞳……?それは、まるであの“俺”の外見を言い表しているようじゃ……。


それに、爺さんを、知っている?


なんで?爺さんは、こいつとどんな関係だったんだ?こいつは、魔族側なんじゃないのか?というより、こいつは、何なんだ?魔族なのか?人族なのか?


魔族と人族の見た目の大きな違いは、耳の形。


魔族は尖っている。人族は尖っていない。見た目では、そのくらいしか判断のしようがない。


わかりやすい魔族もいるが、それはまた別だ。


後は魔力とかで判断するんだけど、俺の場合なんとなく勘で判断することが多い。大体合ってるからいいんだけど、ルーナフェルトはわからない。髪で耳は隠れているし、勘も働かない。


「お、まえは……」


「僕、君と話をしないといけないと思ってね。だからこの彼には眠ってもらったんだ。ここじゃああれだし、移動しようか。大丈夫、危害を与える気はないよ」


話をする、とは言うものの、一方的で、ただ目的を告げているだけ。


突然景色が変わる。セラの転移魔法と似ている感覚。


建物の中だ。ボロボロの、部屋。端にあるベッドだけ新しい。そのベッドにルーナフェルトはクラムを寝かせると、近くにあった椅子に座った。


「座って。立ちっぱなしは疲れるよ?」


言われた通りに、近くの椅子に腰を下ろす。その椅子もボロくて、体重をかけた途端にギイ、と音が鳴った。


「さて。どこから話そうか。話したいことはたくさんあるけど、時間は限りあるものだからね。とりあえずスヴァルトがここに来た理由であることを話そうね。世界を救う方法。これだよね。うん。僕でもこれを聞くから」


何が楽しいのか、ずっとニコニコしている。話す声からもそれがわかる。


「そもそも、スヴァルトはさ、なんで魔王と戦ったの?」


「世界を、救うため……?」


「ああうん、そうだね。世界を、と言うよりか人族の世界を、かな。魔王も魔王で魔族を救いたいから君たちと戦った。どちらの言い分も僕はいいと思うよ。ただ、人族の勇者に全て任せる方針はよくないかな。魔族の王は魔王しかいないとはいえ、統治する者自身が戦ってるのに。で、だ。世界を救うために魔王と戦ったなら、また世界を救うために戦えばいい。それだけのこと。負けたから世界は変わった。なら勝てば?簡単なことでしょ?」


それ、だけ……?それだけで、世界が救われる?魔王に勝つだけで?


ただ、負けたから世界が終わった。負けただけで、そんな簡単なことで世界が終わった?


でもこの世界は、ただ、勇者が勝てば元に戻る?


そんな、簡単に全てが変わってしまうのか?


「ちょっと……待ってくれ、今まで勇者が負けたことだってある。でも、世界は保たれてきた。だとしたら、そんなことで元に戻るとは思えない」


そもそも、そのことをルーナフェルトが知っているということが不思議だ。


「詳しくは言えないんだ。ただ、溜まっていたものが爆発した感じ。うん。だから同じことをすればいい。まあ、1人消えたから厳しいかな?」


「……なんでレノにあんなことした」


全て同じ口調で。楽しそうな言い方で、1人消えただなんて言うから。抑えていた怒りが表面に出てきた。


「なんでって言われても。必要なことだったから。謝る気はないよ。別に悪いことじゃない。スヴァルトがいくら言おうと、君たちがどう言おうと、アレはアレであって、僕の計画に必要なモノなんだから。ああいう形になる必要があっただけ。ああ、勘違いはしないでね。魔王に捕らえられていなくても、僕自身でアレを捕まえてたから。自分のせいとか思わないで。アレのせいでスヴァルトが悩むのは嫌だな」


わからない。


悪意は、感じない。ただ、するべきことだからしたということだけ。最後の方なんて、俺を本当に思っている口調だった。


「お前は……何が、したいんだ?どういった立場で……」


「んーん。立場とかない。僕は僕のために行動しているだけだから。魔族側だとか、人族側だとか。そういうのもない。必要なら味方して、必要なら裏切る。人道的だとかそういうことは考えない。するべきことを終わらせられるように、ただ行動してるだけ。でもこれは信用してほしいな。スヴァルトの味方ではいたいと思っている。そして、魔王。ディアリの味方でも。君たちのことはとても──好きだから」


魔王の味方でもあり、俺の味方でもある……?


駄目だ、深く考えるほどわからなくなっていく。考えるのは苦手だ。いつも難しいことはレノが考えてくれていたから。ただ、行動するだけで済んだ。


「…………レノにあんなことして、信用しろなんて言われてもできるわけない。魔王に勝てば世界が戻るとか、それも全部信用できない」


「ん。まあそうだよね。はい。僕から言えるのはこれだけ」


ルーナフェルトが立ち上がった、と思えば景色は最初にルーナフェルトと出会った場所に戻っていた。また転移したらしい。


「いつかわかるよ。この世界のこと。勇者と、魔王。かけられた呪い。君の家系のこと。全部。全てうまくいけば、悲しまずに済むよ」








◼️◼️










眠っていたらしい。気絶という方が正しいのか。


気がつけばヴァルの腕の中にいてびっくりした。なんで男の腕の中で寝なきゃなんない。私にはセラがいるんですが。


「……ヴァル?」


ヴァルは普段見せない険しい表情で、目の前を見つめていた。もちろん、目線の先には何もない。


声をかければすぐに表情はいつもの明るいものに戻った。


「お、気がついた」


「ちょっと状況説明をお願いします。なんで私はこんなことになってるんですか?」


話している途中だったのは覚えている。自分の言葉の途中で、プツリと記憶が途絶えてしまっている。


全く何があったのかわからない。


「ん……ちょっと色々。ルーナフェルトとは会えた。知りたいことは知れたから、帰るか!」


「えっ?ええ?」


ルーナフェルトと会えた?


えっ、私が気を失っている間に何があったんだ……。


一体、どのくらいの時間が経っているんだろうか。何があったのかとても気になる所だけども、うーん、これはヴァルから話してくれるのを待った方が良さそうだ。できるだけ早く話してくれればいいけども。帰り道くらいには。

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