第34 想いと、行ない
役に立ちたい。
認められたい。
見とめられたい。
“ワタシ”という存在を見て欲しい。
「魔王様のためならば……私は、何だってしますから……」
似たような思い。
惹かれる。
ああ、なんて脆い。
「なぜ……なぜ……。魔王様に逆らうなど……あり得ないこと……。あの……あそこまでの力を、持ちながら……」
そうだ、あり得ぬこと。
してはならない。
「どうして私ではないの……。私なら……!」
壊れろ。そのまま壊れてしまえ。
「できない……こんなことも……」
ああ早く……。
「これでは役に立つどころか……足手まといになってしまう……」
早く……早く!
「私は……私のしてきたことは……」
もう少し、もう少しだけ……。
「むだ?」
キタ。キタキタキタ。
ありがとう。ワタシなら、私を楽にしてあげられるから。
力を望んで?手を伸ばして?そう、それでいい。
「力を。魔王様のために」
えぇ。貸しましょう。
対価は支払われた。
これでずっと。ずっと、彼の方の側にいることができる。
あなたのことは、忘れない。けれどワタシの邪魔だから。私には消えてもらわないと。
「さようなら。“私”はワタシ。力は貸すわ?けれどその代わり────────」
◼️◼️
「この家ともお別れですか。なんだか寂しいですね。結構長くいましたし。ルーナフェルト様がこんな素敵な家を持っていたことは驚きでしたが」
少ない荷物をまとめたシュティルが、綺麗に片付けられた家の中を見渡しながら呟く。
「僕が、ってどういうことかな。僕は変な家に住んでるとでも思っていたのかな?」
「いえまさか。そんなことないです。ルーナフェルト様のことですから、悪趣味な……あ、やめてくださいその手なんですかやだやだこっち向けないで構えないでくだあぅっ」
ルーナフェルトの指先から放たれた細い光がシュティルの右肩に当たりパシッ、と乾いた音が鳴ったと思えば、彼女は右腕を抑え、その場にうずくまった。
「ルーナフェルト様の私に対する扱いが雑になってきている気がします」
「シュティルの僕に対する扱いも雑になってきてる気がするよ」
うずくまるシュティルを気にするでもなく、ルーナフェルトは荷物を外の車に運び始めた。
シュティルはしばらく腕を抱えたままだったが、何か気がついたように腕を見ると、左手で治癒魔法を掛け始めた。薄い光が右腕を覆い、少しして消える。
腕に異常がないことを確かめ、シュティルも荷物を運び始めた。
「あ、トランク気をつけて」
「また人でも詰めてるんですか」
全て積み終わると、シュティルはもう一度家を見渡してから、車に乗り込んだ。ルーナフェルトは家の鍵をきちんと閉め、結界を張り直してから運転席へと座る。
「次はどこに何をしに行くんですか?」
「あまり遠くには行きたくないんだ。やることはやったから、後は動くのを待つだけ。だから、しばらくどこかには寄らないよ」
「えっ、えっ、じゃあここから動く意味なくないですか」
「ここに長く留まるとまた来ちゃうかもしれないから」
ルーナフェルトの答えにシュティルは納得したような表情をし、深く座席に座り直した。
それを確かめるとルーナフェルトは、アクセルを踏み込み車を発進させた。
◼️◼️
「勇者を?ではなぜ捕らえなかった!ふざけているのか!?見かけただけでどうするんだ!」
暗い広間で怒声が響く。
透き通るような黒い石でできた場所。壁も、床も、天井も。ほとんど全てがその黒い石で造られていて、装飾までもが黒い。精巧な青を主としたステンドグラスから入る自然の光が、磨かれた石に反射し玉座に座る魔王を照らしている。
「申し訳ございません……!見かけるなり即座にどこかへ消えてしまいまして……」
玉座の下、魔王が見下ろす位置に男が平伏している。
「消えた……?バレたということか?」
「いえ、勇者には見つかっていないと思います。ですが、一緒にいた金髪の男は……」
「金髪?…………金髪。そう、か。わかった、下がれ。引き続き捜索を」
男は立ち上がり、玉座の前から立ち去った。
魔王は不機嫌そうな雰囲気を出したまま、口を開く。
「グラース。この前言っていた件はどうなった」
「はっ」
声をかければ暗い赤髪の男が出てくる。ただ、前の男とは違い立ったままで敬礼し、話し始めた。
「人攫い達の本拠地を見つけ、そこへ数人で乗り込み制圧しました。話を聴くに、人攫い達は勇者捜索をしているつもりだったようで……。本業をそれ寄りにし、勇者の仲間を魔王様より先に見つけ、魔王様へと引き渡せば金になると考えていたようです。ただ人相がわからないので手当たり次第に探していた、と」
「……アホの集まりだったようだな。わかった、下がれ。残りも今日は終わりだ。緊急の用がある者だけ残れ」
玉座から左右に並んでいた者たちが、魔王へと一礼し広間から出て行く。
残った者も、少し魔王と話すとすぐに広間から去っていく。
やがて薄暗い玉座の間で1人になった魔王は、しばらく宙を見つめ何か考えていたが、一度大きくため息を吐くと立ち上がり、その場から消えた。
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