第28話 再会し、別れる
「やっぱりまた来たね。久しぶり。人族との交流は上手く行ってる?」
「……ええ、お久しぶりですわ、ルーナフェルト様。おかげさまでたくさんの方々と交流を深めることができましたの」
その街の中でも特にひと気の無い、崩れた建物と建物の間、世界が終わる前ならば路地裏と呼べた場所、今では建物が崩れる危険性から誰も近くことのない所で相対する2人。
1人は、燃えるような赤い髪の女、リルア。もう1人は、鮮やかな金髪の男、ルーナフェルト。
再会を喜ぶ雰囲気でもなく、1つ何か間違えれば戦闘に発展しそうな空気が流れていた。
「やはり気がついていましたのね、あの時。わたくしこれでも気配を消すことはだいぶ上達したのですよ?」
「ああ、だいぶ消せてた。僕に気がついてからは、ね。他の人は気がついていないんじゃない?横を通り過ぎたそこら辺の人とか」
ルーナフェルトの口元には笑み。だが目は笑っていない。
「……わたくしが気がつく前にわたくしに気がついていた、ということですのね。 なら今日来た理由もお分かりですわね?」
余裕はなかったが、それを外に出すことなくリルアはルーナフェルトを挑戦的な目で見ていた。
「シュティルかな」
「ふざけないでくださいまし。シュティルのことも気になりますが、今はレノのことですわ。わかっているのでしょう?」
「妹よりも大事なモノ、か」
「ええ。大事な者ですわ。仲間ですもの」
ルーナフェルトの笑みは消えている。ただただ無感情な瞳がリルアを見つめる。リルアはそれに押されそうになりながらも、怯まず言葉を返した。
「“仲間”、ねぇ。君にとって家族はそこまで大事ではないのかな。わかったよ、君はアレが欲しい。渡すよ。ああでも捨てないであげてね?いくら使えないからって、人から貰ったモノを捨てるのはよくないからね」
無表情なのに、言葉は楽しそうだった。
「家族は大事ではなく大切、ですわ。それと、捨てる?使えない……?どういうことですの?レノは今、どんな状態なのですか?それにレノは物なんかじゃ……」
「モノだよ。アレは間違っても僕の中では“人”じゃない。人とは思えない。思いたくない。今の所は、ね」
リルアの言葉の途中に被せるようにルーナフェルトはそれを言うと、リルアに背を向けて歩き出した。
「えっ、ちょっと待ってくださいまし!まだ話は終わってませんわ!」
慌てて声をかけながら追いかけるが、ルーナフェルトが止まる様子はない。
「ルーナフェルト様、レノはどこにいるんですの?魔王城?ともかく、会ったことはわかっていますわ。なぜ、レノと会えたんです?ルーナフェルト様は魔王様とどんなご関係なんですの?」
リルアの問いかけを全て無視し、ルーナフェルトはそのまま歩いていく。
その内に、大きめの通りに出た。
「ルーナフェルト様!」
「……渡す、って言ったよね?それでいいでしょ?まだ不満でもある?」
声をかけ続けるリルアにルーナフェルトは一度立ち止まった。
「渡す、ってどういうことですの?不満がある?ええ、ありますわ。わたくしの質問に答えてくださいまし」
「嫌だよ。答える必要はない。渡してやるんだからその後アレにでも聞けばいい。大したことは言えないだろうけど。じゃあね。アレは必ず渡すよ。そしてできたらシュティルも連れてって」
ルーナフェルトは、リルアの言葉を待つことなくその場から消えた。突然、元から何も居なかったかのように。
「…………。渡す?連れてって?冗談じゃありませんわ……」
ルーナフェルトがいた空間を見つめながらリルアは、どうにかルーナフェルトを探そうと魔力を周囲に広く巡らせるが、反応はなかった。
リルア自身もルーナフェルトと対面する前から自分が魔力で察知されないようにしていた。だからそれと同じことをしたらしい。
◼️◼️
「解放するよ」
ルーナフェルトは、僕の所にくるなりそんなことを言った。
「……え?」
今はシュティルはいない。僕とルーナフェルトだけだ。
「荷物……はあるわけないから、じゃあ主人として命令するね。立って、黙って着いてきて」
首の後ろから締め付けられる感覚がする。逆らうことは、できない。でもこの前のような恐怖はなかった。
言われた通りに立ち上がり、部屋を出ていくルーナフェルトの後をついていく。
そのまま階段を下り、玄関まで行く。下の階に行ったのは今日が初めてだった。
上にいた時から思ってはいたけれど、今の世界で木の家、というのはすぐに壊れてしまう。結界でも張れば問題ないけれど、そんなことは面倒な上に、魔力を常に持っていかれる。だから劣化し難い石で新たに作り出すことが多い。でもこの家は全て木でできていた。
ルーナフェルトが結界を張っているんだろうか。
外に出る。変わらない灰色の世界。
「あの家から離れたいんだよねー。できるだけ」
角を曲がり、崩れた家を通り過ぎ、また角を曲がる。
だいぶ歩いた。この街は結構広いらしい。確か前にシュティルが、ここは境目の街、と言っていた。人族と魔族が混じって暮らす街。なら広いのも頷ける。
それより今の僕は、動かない体を隷属魔法によって無理やり動かされている状態。外から見れば普通だけど、ほとんど限界。きちんと手足が動いているのかわからなくなってきた。部屋の中を何も触れずに何周かするだけで歩けなくなるのに、もうそれ以上歩いた。
話すことはできないから、止まってくれなんて言えないし、そもそも言えたとしてもルーナフェルトは止まってくれないだろう。
だが、限界かわかったのか、そうじゃないのか、崩れた家と新しく石で建てたらしい家の間、細い道の中ほどで止まった。
「はい、止まって。ここらへんでいいよ、もう歩かなくて。あと僕がいなくなったら喋ってもいいよ」
足の力が抜ける。慌てて近くの石の塀に手を伸ばすが、平らなそこに掴まる所などなく塀沿いにズルズルと倒れ込んでしまう。
「はは。みっともない。じゃあね。またすぐに会うことになるんだろうけど」
倒れた僕を見て、笑いながらルーナフェルトは元来た道を戻って行ってしまった。
「……は?」
これは、どういうことなんだろう。
解放する、と言っていた。言葉通りなのか?
でもそうだとして、この状態でこんな場所に放置されても僕は動けないし、どうしようもできない。もしかするとそれが狙いなのかもしれないけれど。
地面に座り込んだまま、石の塀に体を預けながら空を見上げた。
────青い。
どこまでも澄んでいて、壊れた世界の惨状なんて嘘じゃないか、と思う程に前と変わらない空。
魔力に色はない。だから空の色が変わらないのは普通のことなのだけど。
でも僕は、この空の色が希望だった。
仲間とバラバラになり、勇者も魔王に捕まった。そして終わった世界を、壊れた灰色の世界を1人で見ることになって、自分のしたことを強く実感した。
仲間はいない。だから、僕には前と変わらない空の青い色だけが、まだ世界を元に戻すことができると言っているような気がして。
「……ルト…………」
もし、言葉通りにルトが僕を助けに行っていたら。僕は魔王城にいないのに、魔王城へと行っていたら。
また捕まるなんてヘマはしないと思うけど、心配だ。できる限り早く、ルトの元へ行かないといけない。
「はあっ、はあっ……いた……いました……良かった……」
空をボーっと見つめそんなことを考えていると、息を切らした少女の声が横からした。
「シュティル……?」
知った声に顔を向けると、髪をボサボサにしてここまで走ってきたらしいシュティルが、膝に手をついて僕を見ていた。
「はい、シュティルです。ルーナフェルト様も酷いです。何も言わずにレノさんを放り出すなんて。あ、でもこの場所はルーナフェルト様が教えてくれました。なんでも、挨拶くらいは許してあげるよ、だそうです。何でしょうね、何を企んでいるのか気になります」
「ルーナフェルトが……。本当に、何がしたいのかわからないな……」
「ルーナフェルト様のことですし。知っていいことはありませんよ。巻き込まれるのは勘弁ですけど。大丈夫ですか?立てます?……無理そうですね。どうしましょうか」
シュティルが手を伸ばし、僕を助け起こそうとするが、この移動だけで僕の足は使えなくなった。
体を支えるほどの力は入らない。
「シュティ」
どうしようか悩んでいる時に、新しい声が聞こえた。
「……え」
これもまた、知っている声。シュティルの向こう側から聞こえた。シュティルは、ゆっくりと顔を後ろに向ける。
「シュティ。会いたかった。よかった、無事です、の、ね……?」
リルアだった。
言葉の途中でリルアはシュティルの影に隠れていた僕を見つけたらしく、不自然に語尾を詰まらせながら僕を凝視してきた。
「ねえ、さん……。本物……?」
「わたくしも気になりますわ、そこにいるレノが本物かどうか」
ゆっくりと歩きながら近づいてくる。真っ直ぐに、僕を見ながら。
「……でも。ありえない。なぜ……?なぜ、レノ、あなた察知できないように何かしているんですの?魔力をちっとも感じませんの。それと、何ですの、その魔紋……」
「それは……」
魔法を使えなくされた、それを言ったらどんな反応をされるだろう。
魔法が使えないだけでなく、体もぼろぼろだ。はっきり言って、荷物にしかならない。
同情される?荷物だと捨てられる?
どちらも無いとは思う。僕たちの関係はそんなに薄っぺらいものではなかった。
だけど、怖い。
「姉さん。レノさんは大変な目に合っていたんです。詳しくは、とても酷い人に酷いことをされていました。もっと言うと、レノさんは魔法をもう使えません。体もうまく動きません。もちろん捨てませんよね?」
シュティルに全て言われてしまった。リルアの顔を見るのが怖くなり、思わず下を向く。
だがリルアは言葉を発することなく、静かに僕の側に膝をつくと僕の手を取った。
「…………この魔紋のせい、ではなさそうですわね。魔法が使えないのは。この魔紋は体の中に作用している。シュティ。気がついています?この魔紋、アセヒ姉様がやったものですわね。わたくしへの嫌がらせかしら。あら?この魔紋、どこまで続いて……待ってくださいまし、もしかして、全身、なんてことはありませんわよね?こんなのが全身になんて耐えられませんわ」
「全身、だよ……。今はルーナフェルトが……」
「ルーナフェルト様?ルーナフェルト様……ああ、魔法を使えなくしたのはあの方なのですわね。なんでこんな……こんな酷いことを……レノ。行きますわよ。みんなが待ってますわ。フィアならなんとかできるはずです。この街をさっさと離れましょう、シュティも。あの方はやはり信用できない」
リルアは素早く僕の腕を自分の肩に回すと、立ち上がる。だけど足に力が入らず、片腕で吊られた状態になってしまった。
「……。失礼」
それを見たリルアは、一度僕を下ろし、背中を向けた。
「腕を回してくださいます?嫌だとは思いますけど、歩けないのですから我慢してくださいまし」
その通りなので僕は何も言わずにリルアの首に手を伸ばした。
「私、残ります」
「えっ?」
突然シュティルがそんなことを言った。
リルアが驚きの声を上げ、シュティルへと向き直る。よって、伸ばした僕の手はリルアへと触れることなくリルアの背のあった場所を素通りした。
「残ります。ルーナフェルト様、そこまで悪い人ではないと思うんです。酷い人ですけど、悪い人ではないと、そう思うんです。だから私は、残ります」
「駄目ですわ。シュティ、あの方に何かされたんですの?レノがされたこと、わかっているのでしょう?それでもあの方の側にいるんですの?」
「はい。そもそも私は、ルーナフェルト様に姉さんを探すために連れてきてもらいました。姉さんを見つけて、姉さんを見つけて、着いて行くためではありません。あ、これルーナフェルト様にも同じこと言いますね。ため息を吐くルーナフェルト様が浮かぶようです。ふふ、楽しみ」
あのルーナフェルトを思い浮かべ、笑っている。ルーナフェルトが僕にしたことをわかった上で、それでもシュティルの中でルーナフェルトはだいぶ大きな存在になっているらしい。
「そう、ですの。わかりました。長く会うことのなかったわたくしが、あの方とはいるな、なんて言えませんものね。シュティ、危ないと思ったら逃げるんですのよ。わかりましたわね?」
「わかっています。姉さんも、気をつけて。レノさん。また、いつか会いましょうね。後魔石は取らないようにしてください。あれがないと治癒が遅くなります」
それだけ言うとシュティルは、立ち去って行った。長くいると決めたことが揺らぐと思ったからなのか、少し早足だった。
「まあ、ここまで無事だったのですからこれからも何もなさそうですわね。さ、わたくし達も行きましょう」
◼️◼️
「ごめん、重いよね」
「いえ、軽いですわ。自分の細さ、わかっていないんですの?痩せすぎですわ」
荒野を移動する1つの人影。
レノをリルアが背負う形で移動していた。
「痩せすぎ……。それ、セラにも言われたんだよね」
「また言われますわね。もっと痩せた、と。痩せてる、っていうのを越して骨ですけど」
「骨か。そのうち戻るよね、たぶん。見た目だけでも戻りたいな」
日は落ちかけていた。オレンジの光が2人を照らしている。
伸びる影が長く、地を這っていた。
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