変わる世界

第25話 変化

遠い昔、魔族と人族が恋に落ちました。


昔から2つの種族は対立していましたから、大きく周りに反対されました。


ですが、片方は魔王であり魔族の頂点に立つ者。もう片方は魔王に着いていけるだけの力を持つ人族からしたら勇者とも言える存在。


反対を力で押し退け、気がつけば2人は結ばれ、共に魔族を治めるようになっていました。


ここまで来れば周りも2人を認め、祝福します。良い統治者であったということも、その理由になったのかもしれません。


力を持って魔族を治めてはいましたが、その力は内部に使うことはほとんどなく、人族との戦いのみに使っていました。



そのようにして2人は幸せに暮らしていました……。








◼️◼️










思う。


仕える者として。支える者として。


想う。


慕う者として。尊敬する者として。


私は、貴方様のためならば、この身全てを差し出します。このちっぽけな魂さえ捧げたって構わない。


全て、全て!


こんなことで貴方様のお力になれるのだから!


捨てて、切り払って。私に欲は要らない。


ワタシの欲は、ただ1つ。


『貴方様のためならば』


『全てを捨てて』


『悪魔にでもなりましょうか』


『だから、だから。使わせていただきます』



私の想いはただ1つ。


どうか、どうか────────。






◼️◼️









机を挟み、真剣な表情で話す1組の男女。


「やっぱり角の所がいい」


「いえ。門前がいいです。なのです」


スヴァルトと、フィアだ。


「いーや。角のとこの方が量がある」


「量より質なのです。粗悪な物がたくさんあってどうする、なのですね」


表情はとても真剣だが、話の中身は大したことではない。どこの出店の料理が一番いいか、の話だ。


「味もいいに決まってんだろ!美味しくて、たくさん!」


「あそこのは濃いから嫌です。なのです。門前のならいい味付けなのです」


スヴァルトの言う角の店もフィアの言う門前の店も売っているものはほぼ同じで、串焼きの肉を売っている。何肉かは誰も聞かない。


角の店は少し濃いめの味付けで、一本の串にたくさんの肉を刺している。


門前の店は肉の味が引き立つようになのか、塩が振ってあるだけだ。


「味が単純なんだよ。なんでそこら辺で食えるような味付けにしたんだか……」


スヴァルトの言うことにも一理ある。肉に塩をかけただけなら普通に食べることができる。肉さえ手に入れば、だが。


「わかってないなのですね。例え同じものが自分でできたとしても、あの味付けはできないなのです。ですよ?それに、そこで買うからこそのおいしさもあるなのです」


「できるだろあれくらい……」


肉に塩をちょうどいい具合にかけることさえできない、ということを自分で言ってしまったことにフィアは気がついていない。


「ただ今戻りましたわ。あら?セラは居ませんのね」


「買い出しに行ったよ」


2人が話していた部屋に入ってきたのはリルアだった。いつもは下ろしている燃えるような赤い髪を今日は頭の上の方で1つにまとめている。


「そうですの。セラには後で話すとして。この町とは別に、少し行った所に町があるんですの。魔王城に限りなく近い町が。人族と魔族の境目の町ですわ。……今では境目などほとんど消えましたけれど。わたくし、そこにちょっと散歩に出掛けてきましたの」


「昨日居なかったのはそれが理由か……」


「散歩っていう距離じゃないなのですね」


「散歩ですわ」


リルアはニコリと笑うとフィアの隣の椅子に座った。


「そこで、……いい知らせと悪い知らせ、どちらを先に聞きたいですか?」


「いい方」


「その町でわたくしの、過去の知り合いを見かけましたの。その人は、魔族でありながら人族とも交流を持ち、様々なことを知っていらっしゃった方ですわ。胡散臭い所もありますけれど、何か知っているはずですわ。色々と」


「悪いのは?」


「その方、とても性格が悪いのです。自分の目的のためならなんでもする方で。わたくしの勘違いかもしれませんが、いえ。そうであって欲しいですわね。その方から、知っている魔力の残滓が微かに……」


言いづらいのか、リルアは視線を落とし、語尾を濁す。


「知っている魔力、です?誰のです?」


「……レノ、ですわ」


その名前を聞いた途端、スヴァルトが勢いよく立ち上がりリルアの方へと体を乗り出した。


「どういう、ことだよ。そこにレノはいなかったんだろ?そいつは、魔王城でレノに会ってたってことか?そいつはどういう立場のやつなんだよ」


「落ち着いてくださいまし。ただ、そういう風に感じた、というだけですの。もしかすると違うかもしれませんし。……座っていただけます?」


ゆっくりと息を吸い込み、吐き出しながらスヴァルトは椅子に座り直した。


「でも確立は高いなのですね。リルアが間違える可能性は低いですし、近い所の町ならありえなくもないなのです。ですね?」


「間違いであってほしい。そう思いますわ、わたくしは。あの方が敵になればわたくし達など……」


「強い、のか?そいつは」


「とても。魔王よりも。あの方が実際に戦う所を見たことはありませんが」


リルアのその言葉で残りの2人は黙り込んでしまった。


魔王より強い者が、敵にいるかもしれない。


スヴァルトは、1度魔王に負けた。だがそこまで力の差があったとは思っていない。6対1で戦ったわけではない。自分と、魔王。仲間は魔王の配下を止めながら支援してくれていた。それで戦えていたのだから。そこまで差があるとは思えない。だから、次があれば。必ず、勝ってみせる。


だがそれより強い者がいる。どのくらいの差があるのかはわからない。


フィアは、魔王のあの力に屈した。あれよりも、もっと強い者がいる?考えたくもない。


その力の前に行かなくてはならないかもしれない。そう考えるだけで震えそうになる。


「あら?リルア、帰ってたのね。おかえり。どうしたの?3人で暗くなって」


静かになった部屋に帰って来たのはセラだった。何か入っている袋を抱えている。


「少し未来に心配事ですわ。詳しくは後で話します。まあ大丈夫だと思いますわよ?話せばわかる方ですから。たぶん」


「たぶんってなんだよ!」


「私、逃げていいなのですよね。いいですよね!」








◼️◼️









「あ〜っ!違います!そこは、こうです」


「え?あ、ほんとだ」


「細かい所まできちんとやらないと完成した時の出来が全く違うんです。例え見えない所でも!」


「わかったよ」


シュティルが疑うような目を向けるのは、間違えたのが始めてじゃないからなんだろうな。


僕は、最初のあの部屋からほとんど出ることなく、シュティルの治療を受け続けている。


ルーナフェルトが来ることはほとんどない。時々、覗きにくる程度。


今はシュティルに教えてもらいながら、服を縫うのを手伝っている。最初はシュティルが僕のいる部屋にやってきてはしていたものだけど、ただ見ているだけなのもあれだし、動けるようになってからやることがなかったので手伝わせてもらっている。


中の所を縫うことぐらいしかやっていないし、全てを縫い合わせるのはシュティルが僕のいないところでやっているから、どんなものができるのかはわからない。でも布の色が明るい色で大きく広がる部分があったからスカートか、ワンピースじゃないかな。


「……あっ」


突然、シュティルが縫う手を止め立ち上がる。


「どうしたの?」


「…………まさ、か。い、え。そんな。……ねぇ、さ、ん……?」


姉さん……?リルア?


「リルアがどうしたの?何かあった?」


今の僕にリルアの魔力を感じ取ることはできない。魔法がないから仕方のないことなのだけど、不便だ。


「いる、んです……この町か、近いところに。リルア姉さんがいるんです!私、行ってきます!」


「えっ」


言うなりシュティルは縫いかけの布を放り出し、部屋から出て行ってしまった。


残された僕はどうすることもできずに、シュティルが出て行った部屋のドアを眺めていたけど、探しに行ったのならそんなすぐには戻って来ない。縫い物を再開した。


だいぶ経ってからシュティルが戻ってきた。出て行った時は太陽が上の方にあったけど、もうほとんど見えなくなっている。


「おかえり……?」


何て言うのが正しいのかわからなくて疑問形になってしまったけれど、シュティルはただいまです、と返してくれた。


「……見つけられませんでした」


入ってきた時の雰囲気からそれは察せていた。ここら辺はリルアと違ってわかりやすいと言うべきか。


「そっか……」


「はい。……でも、気がついているはずで……だとすると……そうなると…………はっ。レノさん。リルア姉さんは、レノさんに気がついたかもしれませんよ!」


え?


「どういうこと?」


「だって、レノさんが今魔法を使えていればリルア姉さんにも気がつけていましたよね?ということは、リルア姉さんも、わか……レノさん魔法使えないんでした……。魔力も感じない。……いえ、リルア姉さんがルーナフェルト様に気がつかないはずがありません。ルーナフェルト様もリルア姉さんに気がついているはず。ルーナフェルト様には微かにレノさんの魔力がついていたから、そこから気がついて……はい。リルア姉さんは絶対にこの町にまたきます」


何となく言いたいことはわかった。


シュティルがルーナフェルトを知っているように、リルアもルーナフェルトを知っている。だからルーナフェルトがわかる。そこから、僕の魔力の残り滓のようなものに気がつけば、全て連想してくれる、ということか。


「そうだね。そう、かもしれない。……ルーナフェルトは?今日はいるの?」


「いますよ。あ、でも私、夕飯はここでレノさんと食べますね。最近のルーナフェルト様は何か怖いんです。こう……獲物を待ち構えている、というか」


「何が待ち構えているって?」


「げっ」


ルーナフェルトだった。


シュティルが嫌な顔をしながら、さっき自分が入ってきた方にゆっくりと顔を向ける。


「空耳じゃなかったか……。なんで来たんですか。何か用ですか?」


「空耳って……。僕がここに来るのはおかしい?」


「はい。私がいる時には絶対に来ないじゃないですか。何かレノさんにいけないことでもしてるんですか?」


シュティルのその言葉に顔をしかめ、部屋の中に入ってくる。


確かに、ルーナフェルトはシュティルがここにいる時には来なかった。なぜかは知らない。


「あのねぇ……。それに対して僕が酷いことをしているのは今に始まったことじゃないよ。1人で来るのは、シュティルがいると話すだろ。名前を僕の前で呼ぶな、って言ったのに呼ぶし」


「なんで駄目なんですか?名前を呼ぶ程度どうでもないじゃないですか」


「覚えたくないって言っただろ。今の僕にとってそれは、人生の中で知り合った“人”じゃない。ただ、僕のしたいことに重要だから使ってる“物”なだけ。名前を覚える必要はない」


ルーナフェルトのしたいこと、か。話を聞くだけだと、とても嫌われているようだ。何かした覚えは全くないのに。


魔法を消され、隷属化され、これだけでもとんでもない。特に、あの苦しさはもう2度と味わいたくない。


「人は者になっても物になることはありませんよ。……でも人物って言う……。いえ、レノさんはレノさんです。私は私のしたいように、呼びたいようにルーナフェルト様の前でもずっと呼び続けていこうと思います」


「……そう。そんなに気に入ったんだ、それ。どうやってシュティルをそんな気持ちにさせたか知らないけど…………あんまりおかしなことすると、また動けなくしてもいいんだよ」


横目で僕を見ながらルーナフェルトが言った。


それは隷属魔法で、なのか、実力で、なのかはわからない。どちらでも嫌なことに変わらないけれど。


「おかしなことってなんですか。私は私の意思でレノさんと話しているんです。レノさんに非はありません。それとも、ルーナフェルト様は嫉妬しているんですか?私が最近レノさんと話してばかりだから」


「嫉妬?それに?僕が?笑わせないでよ、ありえない。違うよ、シュティル。僕は心配なんだ」


ルーナフェルトはシュティルの言ったことに笑い出すとその笑顔のまま、シュティルの頰に触れ、言う。


「あんまり入れ込むと別れが辛いよ?」


「え……?」


その、ルーナフェルトの“別れ”という単語はただ再会を約束して別れることではなく、違うことのように聞こえた。

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