第24話 変わり目

「私、わからないんです。姉のこと、何も。自分でも、なんで探そうと思ったのかすらわからなくて。でも、なぜだか探さないと、って思ってて」


長い話を終えたシュティルは、何を思っているのかよくわからない表情で僕の方を見ていた。


「……あそこには、もう……」


「ええ。居ませんでした。私、わかるんです。なんとなくですけど、姉の魔力とか存在とかそういうのが。あまり離れると駄目ですけど、街くらいならなんとなく」


僕らでも仲間内なら近づけばだいたいどこにいるかはわかる。魔力の届く範囲なら、だけども。気配を察するのと同じだ。人それぞれ魔力の違いがあって、それを察する。


「そ……っか。……あの、ね……もしか……すると」


「シュティルー?出掛けるけど、来る?」


もしかすると、みんなと合流しているかもしれない。だからセラの家にいるかもしれない。それを言おうとしたところで、ルーナフェルトが部屋に戻ってきた。


「行きません。お話し中です」


「そう?あの芋料理の店に寄ろうかと思ったんだけど。それにそれ、大したこと話せないよ?喉イカれてるだろうから、ゆっくりとしか話せないし、制限されてるから」


「芋料理……あそこのは揚げたのが美味し……い、いえ。行かないです。ルーナフェルト様も酷いことをしますね。言葉は本来、発する者だけのものであり、制限されるものではないはずです。この……この人の名前はなんですか?聞いていませんでした」


シュティルはルーナフェルトの方を向くことなく、答えていたが“芋料理”という単語がルーナフェルトから発せられた途端勢いよく振り向いた。


僕からは見えないが、おそらく輝いた表情をしているんだろう。行かないと言いながらも葛藤しているらしく、肩が強張りピクピクと動いている。


「さぁ?寄生虫?いいとこ取り?泥棒?」


「名前を教えてください」


ルーナフェルトの適当な言葉を無視すると、シュティルは僕に向き直り名前を聞いてきた。


「……レノル、がっ」


言おうとした。だが途中で言葉が詰まる。シュティルに向けていた目線をずらし、ルーナフェルトへと向ければ不機嫌な顔で僕を見ていた。


なんらかの方法で、言葉を止めたらしい。隷属魔法だろうか。


「ルーナフェルト様。いじわるはやめてください。名前を知るくらいどうでもないでしょう」


それに気がついたらしく、同じ不機嫌そうな顔で、ルーナフェルトへと向き直ることをせずにシュティルは言った。


「嫌だ。気分的に嫌。僕はそれの“名前”なんて呼ぶつもりはないし、覚えようとも思わない。だけどシュティルがそれを名前で呼んでいたら嫌でも覚えてしまう。今は嫌。それは、…………。ああもう!わかったよ、お願いだからそんな顔でこっちを見ないでくれ!」


言葉の途中でシュティルがルーナフェルトの方を向いた。ルーナフェルトの言っていることからしてなんとなくわかるが、その年で許される限りの請う表情をしているのだろう。


「僕のいない所で、だけだ。いいね?僕のいる所ではやめてくれ」


「ありがとうございます。信じてましたよ、私は。で、何ですか、名前」


「僕が居なくなってからにしてくれ!」







◼️◼️







「レノルアム……レノルアムさん。長いですね。プラータさんの方が短いですよね。でも、うーん。なんて呼ばれてました?」


「レノ、と」


ルーナフェルトは部屋から出て行っている。もう出掛けているんだろう。


「ではレノさん、と呼んでいいですか?」


「ああ……いいよ」


レノルアム、と呼ばれることは今までほとんどなかった。ルトがレノ、と呼んでいたからか、ただ呼びにくいからか。どちらかはわからないけれど。


でも、僕の名前もルーナフェルトもあまり文字数的には変わらない気がする。長さならあいつの方が長い。


「レノさん。先程言いかけていたのは何ですか?もしかすると、何ですか?」


「え……っと」


何を言いかけていたのだったか。


リルアの話をして、…………あ。


「そう、だ。セラ……仲間と、合流……してる、かも……って」


「なるほど。その可能性はありますね。ありがとうございます。ちなみにどこらへんとかわかります?」


場所、か。移動していないのならセラの家のあたりだろうけど、さすがにもう移動してしまっているだろう。


最後の戦の後にセラを見つけるのにもとても時間がかかった。セラの家かと思って、行けば家ごと消えていた。


もちろん、僕達みんなで過ごしていた家は別にある。でもそこはもう廃屋となってしまっている。消えてしまうのがなんだか嫌で、僕ができる限りの結界を張ってきた。でも僕の魔法はルーナフェルトに消されてしまった。消えた、というのが正しい表現の仕方なのかわからないけども、魔法が使えないのであればもうあそこの結界も消えているだろう。


「わからない、な……。でも、合流、してたら……魔王城に、くる、はず」


助ける、と。ルトは言っていた。自惚れているわけではないけれど、必ずルトは助けにくる。


「ああ、そうですね。レノさんは魔王に捕らえられていたんですよね。勇者が仲間を見捨てるとは思えませんし。なら魔王城下町、か……。ちなみにここ、境目の街です。城下町とあまり離れてません。寄る可能性、ありますよね」


「ある、ね」


一気に行くはずはない。僕とセラがやったように、離れた所から様子を見る。


なら、魔王城下町からあまり離れていないというこの町に、来る可能性もある。この世界は人が生活できる町、というのはとても少なくなった。だからたくさんの可能性の1つ、とはならないはずだ。まっすぐに行かなければ。


これも、リルアがセラとルトと合流していれば、の話になるが。







◼️◼️







「覚悟は、できてますわね?」


「もちろん」


「はいです」


「当たり前だろ」


「では、行きましょう。おそらく最後の挑戦になりますわ。みなさんどうかご無事で。何があろうとも、生きている限り、足掻いてこの世界を変えますわよ」







◼️◼️










「魔力の発生源さえわかれば何か変わるのかもしれませんが。それさえわからない今の状況では、やはり魔王様の仰っていた“彼”が動くのを待つ他ありません」


「そう、だよな……。わかった。グラース、お前は引き続き勇者達の捜索を指揮しろ。ああそういえば、変な人族と魔族が組んで人攫いをしているらしいな。それも調査しておけ」


「はい。仰せのままに」









◼️◼️











動くことのなかった状況が、現在の世界が。


確かに、変わろうとしていた。

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