第23話 過去から、繋がっていて
兄と、姉と、姉。そして私。それが、私たち兄妹でした。
兄と姉たちは優秀で、魔王様の側に仕える程の力がありました。
兄は、自分にも他者にも厳しく、いつでも“間違い”を許さず魔王様の信頼を得ていました。
姉は、魔王様への忠義、それを態度と行動で示し、兄と同じように信頼を得ていました。
姉は、決して自分の本心を他者に見せませんでした。実力は確かでしたが、魔王様に仕えることはありませんでした。
兄と姉が魔王様に仕える前のことです。
◼️◼️
いつからいるのかは、シュティルは知らなかった。物心つく頃にはいたし、いつからなんて知ろうとは思わなかった。
家族も、普通に接していた。いるのが当たり前のものとして。父と母は、尊敬と感謝を。兄と姉たちは尊敬を。そういう、態度で接していた。
シュティルの家はその街を治める、人族で言う領主のようなものだった。領主より、村長と言った方が近いだろうか。土地は村というよりは広く、住む人も多い。だが領主というのには役割もやっていることも、なんだか合わない。人々との距離もとても近かった。
その人は、街を襲った魔物を、たったの1人で退治したらしい。そこから、父に雇われた。しばらくして、兄に剣を教えるようになった。姉たちに魔法を教えるようになった。
「グラース、リルアを見なかったか?また消えちゃって……」
「またですか。いえ、見ていません」
「そうか……悪かった、引き止めて。ありがとう」
グラースはわずかに頭を下げるとその場から去っていった。彼は、シュティルの兄だ。
それをシュティルは離れた所から見ていた。見ていた、というより歩いていたら見えた、が正しい。シュティルがグラースに話しかけていた者、つまりルーナフェルトと話すことは少なかったし、顔を合わせることもあまりなかった。
だから今のようにいつも遠くから見かける程度。
「はぁ。困るなぁ、金貰ってるのに……。あーくっそ。隠れんぼに付き合ってる暇ないんだけどなぁ……」
いつもと少し違う口調でルーナフェルトは1人呟くと、頭を掻きながら、しかし確かな足取りでシュティルのいる方向へ向かってきた。
シュティルは、それにハッとするとそこから離れていった。
後ろでどこかの部屋のドアが開く音がする。少しして、部屋の中から2つの声が聞こえてきた。さっき聞いていたルーナフェルトの声と、姉、リルアの声だ。
「みつけたの?なんで?」
たまたま開けた部屋にいたのだろうか。
その確率はとても低い。
「……わかんない」
そもそも、さっき兄に見なかったか聞いていたではないか。
わかっているのなら、聞く必要がない。
姉は、よくルーナフェルトから隠れていた。なぜだかはわからない。聞いても答えてくれることはなく、長く隠れていることはなかったから、そこまで強く聞こうとは思わなかった。
3人の人族が、街に来たことがあった。
近くの森で大怪我をした者がいたらしく、魔族の土地とわかっていても頼るしかなかった。
「受け入れたのですか!?人族を!?」
「いいだろう。どうせ何もできまいよ。それにルーナフェルトもいる。最悪の場合は頼む」
「ええ。いいでしょう」
「ですがあなた!」
「決めたことだ。もういいだろう」
母は反対していた。
シュティルは、なぜ母がそこまで反対するのかわからなかった。兄と姉も嫌な顔をしていた。
「楽しみですわね、シュティ。人族と交流できるチャンスですわよ」
リルアは、楽しそうだった。
「わたしたちと何がちがうの?なんで母様はいやなの?」
「人族とわたくしたち魔族は、長い間戦争をしているからですわ。わたくしたちにとって人族は、憧れ。……いえ、人族の住む場所が、ですわね。羨ましいのですわ。太陽の恩恵を思う存分受けることができる土地に住んでいて。そこに侵略しようと何度も戦争仕掛けているのが魔族。嫌われて当然。だから、今きた人族がいつ暴れ出して魔族に害を与えるかわからない……というのが母様の考えですわね。わたくし、あの人族たちがそこまでの力を持っているとは思いませんけど。先生1人で殲滅できますわよ」
リルアの言っていることはシュティルにはまだ難しく、ほとんど理解できなかったが、あのルーナフェルトがいるなら安全だということだけ、わかった。
人族が滞在している間にリルアは何度か人族に会いに行き、それが見つかっては母に怒られる、ということを繰り返していた。
「なんで、リルねぇはあの人たちとはなすの?」
一度だけ、そう聞いてみたことがあった。
「そうですわねぇ……。異文化理解、というやつですわ。たぶん」
なぜ、人族を知りたいのか、それはわからなかった。だがこの時のことが、リルアが魔族を裏切るきっかけの1つになったことは確かだった。
何事もなく、3人の人族は治療を済ませると去っていった。
最後まで母と兄、姉は彼らをいい目では見なかった。早く街から出て行ってほしい、と。そればかりをいつも言っていた。
シュティルは、自分が人族をどう思っているのかわからなかった。だが、悪くは思っていない、というのは確かだった。
「いい人たちでしたわ。最初は警戒していましたけど。また会う約束もしましたの。……あ、母様たちには内緒、ですわよ?」
リルアは人族たちの見送りにまで行ったらしい。興奮したようすで楽しそうにずっと話していた。
そこまで姉を夢中にさせる人族というものに、シュティルは興味が湧いていた。だから一度だけ、姉に頼み近くの街に連れて行ってもらう約束をした。
リルアとは行けなかったが、ルーナフェルトが代わりに連れて行ってくれた。
迷子にはなったが、知ったことも多かった。
「理解し合えずともいい。ですが、いつか。少しでも歩み寄れればいいと。そう思いますわ」
数年が経ち、兄と姉は魔王の元で働くようになった。シュティルは、父と母にルーナフェルトから魔法を教われと言われていたが、断った。リルアは、家にいる時間が少なくなった。
ルーナフェルトが嫌だったわけではない。最近では、近くを通れば少したわいのないことを話す程度の仲にはなっていた。だが、近頃のルーナフェルトは何か他にするべきことがあるようで、リルアを探すこともあまり無くなっていた。そんな状況で魔法を教わっても、中途半端になる、と。そう感じていた。
リルアは、気がつけば家にいない。そういうことが多かった。数日いないこともあれば、数時間の時もあった。1番長くいなくなったのは、1ヶ月。最初は父も母もそのことに怒っていたが、最近ではそれももう無駄と思ったのか、何も言わなくなった。
「リルア姉様は、またどこかへ行ったんですか?」
「ああ。昨日の夜に抜け出して、それっきり帰ってきていないな。心配?」
「……いえ」
姉の身の心配、というより、このまま本当にいなくなってしまうのではないか、という予感がシュティルにはあった。
どこか1人で遠くへ行ってしまうのでは、と。
予感は当たり、リルアはいなくなった。
────わたくし、ここを出ますわ。帰ることはないと思いますの。
とある夜の食事中。リルアは突然そんなことを言った。
静寂の後、父がただ一言、そうか、と。それだけを言った。母は、何も言わず食事を続けていた。
その日の夜にリルアは出ていった。
朝シュティルが起きた時にはもういなかった。
生活は、何も変わらなかった。
勇者が出てくると、人族との戦いがまた始まった。
兄は時々帰ってくると父とその話をずっとしていた。姉が帰ってくることはほとんどなかった。
ルーナフェルトもまた、リルアと同じようにこの家にいないことが多くなった。
自分が何をするべきなのかわからないまま、時は過ぎていき、世界は終わった。
母が寝込むようになり、父は街のことで手一杯になった。兄と姉は、どうなったのかわからない。
リルアもまた、どうなったのかわからない。出て行ってから、どこへ行ったのか、何をしているのか。そもそもまだ生きているのか。それも全て、わからなかった。
ルーナフェルトが辞めると父に言った。
いるのが当たり前であった彼のその言葉の意味を、シュティルは最初理解できなかった。よくよく考えればルーナフェルトは、父に雇われていた。
やるべきことがある、とルーナフェルトは言っていた。
このままここにいてもすることはない。なら、姉とまた会いたい。シュティルはそう思った。
だから、ルーナフェルトに連れて行ってくれ、と。そう頼み込んだ。何度も頼み込むと、最後は折れてくれ、そこからシュティルはルーナフェルトとこの終わった世界を旅することになった。
◼️◼️
兄と姉は知っていたんでしょう。
手配書に書いてありました。確保、と。
旅の中で耳にしました。裏切り者、と。
最初は信じられなくても、もう疑いようがないんです。
過去の言動を思い返しても、やりそうだな、としか思えません。
姉は、何を思って勇者と共に魔王様と戦ったのでしょう。
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