第22話 恐怖に、溺れて
壊される。
自分の中の、大事なものがぐちゃぐちゃになっていく。
自分を、自分としていたものが、決定的に、残さず全て壊されていく。
「ぁ……ぁあ……」
その様がはっきりと意識できる。……いや、させられている?
「ぁはっ、あはははははっ!!もう無理だ!もう戻らない!もう戻せない!決定的に、絶対的に壊された!残念だね、もう、絶対に戦えない。君はもう、絶対にあの隣には立てない!」
楽しそうな声。とても、嬉しそうな、声。
「これで、後少し。もう少しだ。ようやく。ようやく!終われるんだ……!」
何がそんなに嬉しいのか。僕がこうなったくらいで喜ぶか?つい最近会ったばかりなのに。なぜ?
よく、わからない……。嫌われる理由も、言葉の意味も。それに、なぜ……。
「あ……?」
「ま、一時的に行ってもらわないとだし。じゃないと事が始まらないから。わかる?今までより考えられるでしょ?」
なぜ、こんなにも深く物事を考えられる?ルトの代わりに捕まってからずっと、深く物事を考えるということはできなかった。それどころじゃ、なかった。
でも今は?
「君の体の魔紋をさ、ほんとにちょびっと変化させて体に定着させたの。呪いはそのまま続行されるけど、体の一部って扱いだから脳が勘違いしてそれは普通のことって思うんだ。だからあんまり苦しくないはずだよ」
体をゆっくりと、指先でなぞられながら今のこの状況について説明される。
「そして、この隷属魔法で命令することで、無理やりにでも動けるようになるでしょ。1人で動けるまで回復したら自由にしてあげる。でさ、今日はね、会ってもらいたい人がいるんだよね。これから君の回復を手伝ってくれる人。僕やりたくないし」
理解が、追いつかない。こいつは、何がしたい?自由にする?こいつは、どの立場の者なんだ?
「さて。主人として命じるよ」
男……ルーナフェルトと言っていたか。ルーナフェルトの言葉の後、うなじの辺りからキュ、と締め付けられる感覚がしてきた。
「ぁ……?」
「僕の不利になることは話さないこと。まあこれは僕の基準で。後、許可なしに動き回らないこと。君の回復速度、回復量はこちらで管理する。まあ今はこれくらいかな」
隷属魔法、と言っていた。
でも隷属魔法は細かい制限など付けられなかったはず。主人に逆らえなくなる、程度だった。
ルーナフェルトがそれを知らないということはないと思う。
だとすればこれは?この、絶対的な支配の感覚はなんだ?逆らえない。思考まで支配されそうな、強烈な支配。
「やめ……ぅあ……あ……」
「んー?」
恐怖。
自分の意思さえ、ルーナフェルトの思い通りになる。他人の、思い通りに。
自分が壊され、本当に、全て壊された。自分が自分でなくなる。
「……怖い?怖いよね。思ってもないのに、勝手に意思が変わる。魅了とはまた違う感覚。自分が壊されるみたいで……って、回路壊してるんだからそれ以上か。知ってるんじゃない?『五花の呪い』。または、『花の呪い』かな?復讐とも言われるんだっけ?」
『五花の呪い』。遠い昔に、愛する者に酷く裏切られた魔女が5枚の花弁を持つ花に強い呪いをかけ、その者に送り付けたという。相手は魔女に逆らえなくなり、一生を魔女の下僕として悲惨な人生を送った。
花弁1つひとつ全てに違う呪いが込められていて、解く方法は、相手が死ぬか自分が死ぬかのどちらか。
とても強い呪いで、強制力が高いことから大昔に禁止され、今では失われた魔法の1つ。おとぎ話に出てくるくらいで、方法も分からず、名前と効果のみが知られているだけ。
それを、かけられた?
「驚いた?でも先代魔王は知ってたよ。まあ僕もなんだけど。アイツが知ってることは、知らなかったな。ほら、見て」
突然ルーナフェルトが、着ていた服を胸元までめくり、僕に見せてきた。
「そ……れ」
「術者が死んでも跡は残るんだよね。最悪だよ。随分前のことなのに、今もまだこれに縛られてるんだから」
ちょうど心臓の真上あたり。大きな、5枚の花弁を持つ美しい花が咲いている。花は身体に長い蔓を伸ばし、巻き付き締め上げていた。
「これと同じものが君のうなじのとこにある。これは4つしか使われてないから不完全なものだけど、君のは全部きちんと拘束してあるから。完璧な『花の呪い』だよ。僕の長い人生の中、君を入れて3人目。この呪いを使ったのは」
本当に、その呪いらしい。
僕は、どうなる?こいつは、何が目的だ?僕を隷属化しても何の役にも立たない。ルトへ何かするためだとしても、大したことはできない。それに、ルーナフェルト自身の手でもう戦えなくされた。
何が、したい?
「さ、シュティル!おいで!」
大声を上げ、誰かを呼ぶ。大きな声は僕の頭に響き、思考を中断させる。
「どこですか?」
微かな声がルーナフェルトの声に反応した。少女の声だ。
「2階の、突き当たりの部屋だよ!」
しばらくして、部屋のドアが叩かれる。
「開いてるよ。おいで」
キィ、と小さな音と共にドアが開き、紅い髪の少女が顔を覗かせた。
すぐに、リルアを思い浮かべる。だけどこの少女の髪は薔薇のような、落ち着いた赤。リルアのような燃え上がる炎のような激しい色ではない。
「なんですか?ご飯ですか?食べたばかりですよ?覚えてないんですか?」
「君は僕をボケ始めた老人とでも思っているのかな。あいにく頭はまだまだ正常だよ」
「そうでしたか。ざんね……いえ、よかったです。ところでそこの方は────」
ふざけたやり取りの後、ようやく少女が僕へと意識を向ける。
「勇者の、パートナー。勇者の隣で戦っていた、彼だよ」
ルーナフェルトのその言葉に、少女は返事をすることなく僕へと近づいてきた。
「あ……れ。君、は」
近くに来たから気がついた。
この少女は、とても────。
「姉さんはどこですか。どこにいますか。魔王の元からはすでに逃げています。心当たりはありませんか」
とても、リルアに似ている。
紅い髪だって、この青みの強い紫の瞳だって。差はあるけれど、リルアにそっくりだ。
「やっ……ぱり。僕は、知ら……ない……な」
「そう、ですか。……ですよね。ルーナフェルト様。用件はなんですか?この方に会わせたかっただけではないですよね?」
少しだけ落胆したような表情をした後、ルーナフェルトへと向き直る。
「ん、そうだね。それ、回復させるの手伝ってやって。しばらくここにとどまるから。時間は掛けていいよ」
「ルーナフェルト様がやった方が早いんじゃないですか?効率も良いかと」
「やりたくないもん。僕、それ嫌い」
どうしてそこまで嫌われるのか。
何かした覚えもない。もう本当に、わからないことだらけだ。
「……わかりました。ルーナフェルト様のことです。何か考えがあるんですよね?そのかわり、好きなものたくさん食べさせてください」
あまり反論することなく、少女は役割を受け入れた。この少女は、なぜ、ルーナフェルトと共にいるのだろう。隷属化は、考えられない。この支配感の中、あの軽口はできない。
「いいよ。好きなだけ食べな。もうすぐ元に戻るから」
◼️◼️
「シュティルです。シュティル・グラナティス。わかったとは思いますが、リルア姉さんの妹です。あ、合わなかったら言ってくださいね。変えますから。姉さんはどんな感じでしたか?迷惑かけてませんでした?勝手に突っ込んで行ったりしてませんでしたか?ん?すごいことになってますね、魔法、使えないんですか?」
ルーナフェルトが部屋から出て行った後、シュティルと僕が残された。シュティルは、シャツの前を開けて僕の体を直に触りながら色とりどりの石を順番に1つずつ当てていく。
「入れます。少し痛いかもしれないです。声は出してもいいですよ」
拳で包める程の大きさの、青い石。それが腹の辺りから押し込められる。比喩ではなく、実際に。体の中にゆっくりと。
石で押される痛み、ゆっくりと異物が体内に入ってくる気持ち悪さ。少しどころじゃない。だいぶ痛い。
「ぁ……ふっ……ぅ……」
切られる痛みとも違う。叩かれる痛みとも違う。突かれる痛みとも違う。
どれとも表せない痛みが、石を押し込められた辺りから襲ってくる。
「回復を助けるものです。自分での回復ができないので、これがその役割をします。しばらくはこれで様子を見ましょう。ではお話タイムです。リルア姉さんは、あなた達と一緒にいたんですよね?どんな感じでしたか。別れる前までのことでいいですよ」
石は全て埋まり、見えなくなった。
何かの魔法なのだろう。穴が開いて血が出ることなく、何も無かったかのようになっている。
ルーナフェルトが座っていた椅子にシュティルが座り、僕の顔を覗き込んでくる。
「りる……あ、は……」
最後にリルアを見たのは、ルトと一緒に魔族に捕らえられる所だ。ルトが倒れた途端、抵抗することなく両手を上げ降伏した。何か話していたように見えたけど、僕はフィアを追って離れていたから何を言っていたかは分からなかった。
なぜ、と。思わなかったわけではない。
少しでも抗えば何か変わったのではないか、と。
リルアに関しては、わからないことも多くあった。魔族であるのに魔族を裏切った者で、何よりも戦いが好き。何を考えているのかわからないことはあっても、仲間思いで優しい。
僕達と行動するようになる前には、1人で世界を旅していた、と言っていた。妹がいるとは知らなかったけれど、よく考えれば今までのフィアへの態度に、なんとなくそれを匂わせるものがあった。
「やさし、かった……よ。つよ……くて……自信、家……で。言う……だけの、強さは……あった」
「そうです。強いに決まってます。あの、何か私のこと、言ってませんでしたか?私でなくても、家族のこととか」
リルアが家族について話したことはほとんどない。ただ、捨ててきた、とだけ言っていた。
「ない……かな」
「……そう、ですか」
少しだけ、悲しそうな表情。だがそれはすぐに引っ込んだ。
いつから、リルアは家族の元を離れたのだろうか。この少女とは、いつから会っていないんだろう。
「まあ、あなたがいれば近い内に会えますよね。ところで、あなたはなぜ、そんなにボロボロになってルーナフェルト様に連れられていたのですか?いくつかはルーナフェルト様にやられていますよね。ルーナフェルト様の魔力を感じます。あのトランク……銀の髪……え、あれに入っていたのってあなたなんですか。ルーナフェルト様はあなたに何をしたんですか?」
切り替えが早いところはリルアに似ている。さっきの悲しそうな表情は影もない。
「魔王に……捕まって、て。気がついたら、あいつに……色々……されて。僕、は────」
キュ、と首が絞まる。
息が、できない。
「ぁ……ぐ……ぅ」
隷属の魔法が、効果を発揮した……?駄目だ、考えられない。苦しさと、支配の恐怖。それが全てを占めている。
体も動かず、ただ空気を求めて口をパクパクさせることしかできない。
苦しい。いつ、終わる?いつ、解放される?
目の前が霞む。
少女が、何か言っている。
────────落ちる。
「かはっ……」
気を失うギリギリの所で絞まる首が自由になった。大きく空気を吸い込む。
「大丈夫ですか?魔紋が、動いて……?」
「だい……じょ、ぶ……」
何が駄目で何がいいのか。また何か言いそうになれば、この苦しみがまたやってくる。
……怖い。これをまた、味わうかと思うと言葉を発することを躊躇ってしまう。
「……わかりました。そういうことですか。ルーナフェルト様のする事をどうこう言うつもりはありませんが……これはいただけませんね。あなたは、何なのですか?私の知る限り、ルーナフェルト様がここまで人に何かしたことはありません。ルーナフェルト様にここまでさせる、勇者の仲間。何をしたらこう……聞いてはいけないのでしたね」
何を思ったのか、シュティルは僕の頭を両手で抱え抑えると、目を覗き込んできた。
紫の瞳が、わずかに色を変え明るくなる。
「気休め程度にしかなりませんが、これでいいでしょう。私だってやりたいこと、ありますし。リルア姉さんにも会いたいですし。抵抗しないでください。……今の状態ではできないと思いますけど。『夢中』」
リルアの使う魅了と似たようなものだろうか。強制に、強引に。だが決して、隷属化のように不快感恐怖感はなく。意思や、思考がゆっくりと、切り替わっていく。
話すことの恐怖が、軽減された。
「少しくらい話したって、もう大丈夫です。先程より酷いことにはなりません」
なぜだか、その通りなのだろうと思うことができた。話しても、そこまで酷いことにはならない。
少女は、あのルーナフェルトの魔法を抑え込む程に強いということなのか。それとも、魔法の特性的にできたことなのか。
「でもまあ、これ以上ルーナフェルト様のことに突っ込むと食べさせてもらえなくなりそうですし。あなたも話すの大変そうですし。勝手に私の話、しますね。リルア姉さんのこととか」
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