第26話 思いと、徐々に
何を考えているのかわからない人。
でもあまり怖くはない。
それが、私の思うルーナフェルトという人。
ルーナフェルト様、なんて呼んではいるけれど、壁は感じない。
好きか嫌いか、と言われれば好き、なんだと思う。嫌いではないから。
でも、怖いか怖くないかの二択なら怖いの方。あまり怖くないって言ったけれど、どちらか選べと言われれば怖い。あまり、っていうことは少し怖いっていうことと同じだと私は思っている。
ルーナフェルト様に恐怖を感じることは少ない。でもゼロではない。恐怖にも色々あると思う。死の恐怖とか。でもその恐怖が、どんな種類の恐怖なのか私は未だによくわかっていない。
強い人だと思う。精神面でも、戦闘面でも。
いつでも余裕があって。ダメージを受けた所を見たことがない。
強敵なんて言葉はルーナフェルト様は知らないんじゃないだろうか。圧倒的な力で、いつでも戦闘は一瞬だ。
その力が私に向けられたら、と考えたことがなかったわけではない。たぶん向けられることはないと思う。思いたい。
目的があるとか言っていたけど、何をやりたいのかはわからない。教えてくれない。知ると色々怖いことになりそうだから知りたいわけではないけど。
この前は人をトランクに詰めて運んでたし。
刺激がどうこう言ってたし、私に知られたくなかったらしいけど、どうせ会うことになるなら普通に運ぶべきだった思う。何を思えばトランクに人を詰め込むなんて考えが浮かぶんだろうか。あんな狭い所に詰め込まれたら、動けないし暗いしで私なら普通ではいられない。
そんな人と旅というか人探しというか、よくわからないことをしている私はだいぶおかしいと思う。
人探しは、ルーナフェルト様の方が先に終わってしまった。
そこでルーナフェルト様とは別れると思っていた。ルーナフェルト様のことが終われば私を連れて行く意味はないから。
だけど、ルーナフェルト様は私の人探しも手伝ってくれると言った。
まだすることは終わっていないからだと言っていたけど、それ以外に少しでも私を考えてくれていたなら嬉しい。
でもこんな酷いことをする人だとは思わなかった。
最初にレノさんを見た時は、びっくりした。首から下全てが黒い文様で覆われていて、痩せ細っていて、とても顔色が悪くて。ルーナフェルト様が何となく見つけた病人かと思った。
でも聞けば勇者の仲間で、姉さんを知る人。
そんな人がこんなになることなんてあるのか?偽者なんじゃ?と疑ったけど、話をする内に本物だとわかった。ルーナフェルト様が治療するのかと思っていたけど、ルーナフェルト様はやりたくないと言う。だから私がすることになった。
レノさんの体はボロボロで、外の負傷はないみたいだけど中身が酷いことになっていた。
何かの呪いかな。
かわいそうだと思ったのは、魔法が使えないこと。ううん、使えなくさせられていたこと。魔法を使うのに大切なものが、故意にぐっちゃぐちゃに壊されていた。もうこれでは一生レノさんは魔法を使えるようになることはない。
しかもこれはルーナフェルト様がやったらしい。どうしてこんなことしたんだろう。
治療を進めていけば、レノさんの体の状態を細かく知ることができる。レノさんは、何かの呪いで体の中身を傷つけられていて、精神的なダメージも受けている。本人は何も思っていないみたいだけど、この呪いはずっと継続してる。そして、体にあるこの魔紋。見ているだけで気持ち悪くなる。こんなものが直に体に刻印されているレノさんにはもっと凄い負荷があるはずなのだけど、これも本人は感じていないらしい。
おそらく、両方共レノさんのうなじの所にある花の模様の魔紋が抑えているのだと思う。だって、どれよりも強い強制力を持った魔法だったから。それにルーナフェルト様の魔力が込められていればもうそれしか考えられない。
私の家系の人たちはみんな、人を魅了する魔法が得意だ。リルア姉さんとかは特に凄かった。魅了魔法を主にして戦うなんて、私にはできない。
だから私も魅了系の魔法をいくつか使える。
魅了系の魔法は大雑把に言えば、他人に魔法をかけて操る感じの魔法。無理やりといえば無理やりなんだけど、強い抵抗があればかけられない。少しでも受け入れる気持ちがあることで魔法をかけられる。大抵は。
ほとんど変わらないけれど、隷属魔法とは同じにしてほしくない。自力で解ける魔法だし。隷属魔法はかかったらお終いだから。
ルーナフェルト様のこの魔法は、隷属魔法と同じ。それよりも強い強制的な魔法。
なんでこんなことをしたのか、本当に謎。
嫌い、って言っていたけれどなんで嫌いなんだろう。少し話しただけでも、レノさんがいい人ということはわかった。嫌われる要素は私からしたら無い。
でもこんな、魔法を使えなくして、隷属化までして。そんな酷いことをするほど嫌いってどういうことなのだろう。何かルーナフェルト様の気に触ることでもしたのかな。
それとなくレノさんに聞いたらことがあるけど、レノさんもなんでここまで嫌われているのかわからないらしい。会ったこともないのにわかるわけがない、と。
ルーナフェルト様本人に聞いても答えてくれなさそうだし。ルーナフェルト様関係の謎は謎のままにしておいた方がいいことが多いし。まあいいや。
レノさんはいい人だ。
ルーナフェルト様より優しいし。呪いがあるからか、少しよくわからないような危うさがあるけれど、レノさんといるのは楽しい。
ルーナフェルト様だと、こんなにきちんと話を聞いてくれない。
兄はいたけど、レノさんも兄みたい。私は、好き。ルーナフェルト様がこれ以上レノさんに何かする気なら、私がきちんと守ってあげないと。レノさんは戦えないから。これじゃ兄じゃなくて弟かな。
最近は動けるようになったみたいだけど、部屋の中を少し歩ける程度。この前なんて、私がいない時に部屋を歩いてたらしく、ベッドから離れた所の壁に寄りかかって座り込んでいた。
頭が下を向いてて、長めの髪で隠れてたからどんな顔をしていたのかはわからない。私が近づくと申し訳なさそうな笑顔でごめん、って言われた。前ならたくさん動けて、とても強かったんだろうな。勇者と一緒に戦ってたぐらいだし。そんな過去があるのに、今は部屋の中を歩き回るので精一杯。
どんな、気持ちだろう。
冒険者が戦闘で足を無くして引退するなんてたくさんあることだけど、同じような気持ちなのかな。
私は何も言えない。私なら、何か言われてもこの立場になってもないのにって思ってしまう。
レノさんなら、何を言ってもありがとう、ごめんね、って返すんだろうな。何も悪くないのに。
私にとって、ルーナフェルト様もレノさんも過ごした時間の差はあるけれど、どちらも大切な人になった。
◼️◼️
「私は反対だわ。相手との差がはっきりわからないのに突っ込むのは危険だもの」
「でもリルアは知り合いなんだろ?とりあえず話すだけだし」
「様子見なら大丈夫だと思いますわ。あ、もちろんわたくしのみで行かせていただきますが」
「いや、俺も着いて行く。どのくらいの差があるのか自分の目で確かめたい」
「話もしてもらえずにやられたらどうするなのです?ヴァルが居なくなれば終わりなのです。ですね」
「そうね。行ってもリルアだけよ。……それも私は反対だけど」
終わらない議論。
勇者達はただ1人、“ルーナフェルト”という人物がわからないため、次の行動を躊躇っていた。
「わたくしのみならよろしいでしょう?わたくしが消えた程度で何か変わるわけではありませんし」
「そういうこと言うの、やめてくれ。俺だって望んでこの立場になったわけじゃないんだから。……普通勇者って血の繋がりとか関係ないはずだろ」
「うーん。確かに謎なのです。でも今そのことについて考え出すと止まらない気がするのでやめとくなのですね!あ、リルア1人で行くのは賛成なのです。無事帰って来ることができるなら、なのですけど」
「帰って、くるなら、私も」
相手は強いらしい。
魔王の時と同じことは、繰り返せない。
失敗は、できない。
しかも今回は2人も欠けている。そんな中でよく考えずに行動すれば全滅は目に見えていた。
「ええ。もちろん帰ってきますわ。いい知らせを持って。だからヴァルは待っててくださいまし。話ができそうであれば、また行けばいいんですもの。わたくしが戻るまでにはクラムも合流しているといいのですけれど。高望みはできませんわね」
「…………わかったよ。今回は、我慢する。……いや」
一度納得したヴァルだったが、首を傾げ何か考えるような素振りをする。
「何?駄目よ、今回はリルアだけ」
「違う、それはわかってる。……うん、やっぱそうだ」
「何なの?」
セラのその言葉にヴァルは笑顔で答えた。
「クラムだよ。まだ微かにしか感じないけど、たぶんこの町に向かってきてる。なんかゆっくりだなぁ。迎えに行くべきか?これ」
「ほん、とう……?」
「ああ。よかったな、愛しの彼が無事で」
ヴァル以外はまだ何も感じないようだった。セラも、もちろん。
嬉しさと疑いが半分半分で、喜べない。そんな状況。
セラにとってクラムは大切な人だった。
仲間も大切であることに変わりはないが、それ以上に大切な。
「やめてよ、もう……。ねえ、本当なのね?本当に、あの人なの……?」
からかうような表情をしていたヴァルだったが、セラの真剣な表情を見て、すぐにからかいの笑顔を消すと柔らかい笑みで、ああ、と頷いた。
◼️◼️
クラムは、一歩一歩ゆっくりと進んでいた。
片足は膝の下からが無く、杖に縋ってようやく移動できているらしい。いや、片足がない状態で、義足があるわけでもないのにこの世界をこうやって移動できているのは奇跡というべきか。それともただ彼の身体能力が高いだけか。
「あ〜なんで移動しようなんて思ったんでしょうねぇ。疲れて疲れてもー大変。魔物もなんか多くなったし、強すぎ……。いつになったら人の住むとこに出るんですかねぇ!」
顔に諦めはない。
片足が無くなっても、前を向いている。できる限りのことをするべく、動いている。
「“進まなきゃ何も起こらないだろう”、でしたっけ。レノがよく言っていた言葉。わかりますねぇ、今となってはとても。辛い!けど進まないと何も起こらない!うわっ、魔物来ちゃったやべやべ」
ずっとこの調子だった。
誰もいない地を1人進み、時々声を上げては魔物に反応され、逃げるか撃退するか。
「おお。なんか大量に来ましたね。これはちょおっとキツいかなぁ?」
杖を使うため、下を向いて移動していたから気がつかなかったのか、目の前で数十匹の魔物がクラムを見ながら唸っていた。
キツい、と言いながらも余裕のあるニコニコとした笑顔で、魔物を見渡す。
「あの魔物ってこの前の美味しかった肉じゃないですか!さあ、肉塊に変わってください。細切れではなく!」
言い終わるなり、どこからか短剣を取り出すと左手で持ち、しっかりと右手の杖を持ち直すと魔物の中へ突っ込んでいった。
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