第19話 行動、その理由は

深夜の12時。


自室のドアを開けるとそこには、1人の青年がいた。


「やあ」


「……は」


いつどうやって?という疑問を通り越して、何も考えられなくなった。


「はははっ、すごい顔になってる」


真っ白になった頭の中で、なんとか表情を整える。体の向きは変えず、後ろを探りゆっくりとドアを閉める。


「……なんで」


「いきなりごめんね?ちょっと頼みたいことあって。大したことじゃないんだ。キミにもいいことだと思う。……前のキミなら、だけど。早速なんだけど──」


「待て、お前は……いや、あなた、は……」


相手の言葉を遮り、疑問をぶつける。



記憶と全く変わらない姿。


表情。


声。



おかしいだろう。もう何年も経つ。では、何故……。何故成長していない?魔族だとしても、こんなに時が経てば少しくらい変化する。だが目の前にいる人物は、少しも変化していない。


「不思議?消えた僕が戻ってきて」


「違う、そこではない……では、本当にあなたは」


「ああ、なるほど。でもみんなそういう反応する。僕がなんで過去の姿とちっとも変わらないのか、って。キミの父上は……あー……これはいいや。思い出したくない。僕はね、キミ達と同じなんだ。キミや……勇者とか。そういう存在と、同じ。キミだって、その姿になってもうしばらく変わってないんじゃない?」


本当に、そうだと言うのか。


全てを教えてくれた、あの人だと。


「確かに、その通りだ。だが、何故……」


ただの魔族と変わらないと思っていた。


王城に出入りでき、自由に歩き回れるという少し特殊なところはあるが、そこらにいる魔族と変わらない、と。そう思っていた。


自分のことは語らず、ただ、俺に知識を与え大きな存在となり去っていった。それだけ。


「キミの何故、というのはどういった意味の何故、なのかな。変化していないとこか、今頃戻ってきた理由か、それともいなくなった理由かな。できる限りは答えようか。キミには迷惑をかけたからね」


どれなのだろう。どれも自分の中で納得する理由を作ることはできる。だが、実際は?


「……全部だ。全部、わからない。最初から、全部……」


そもそもこの人が俺に近づいた理由はなんなのだろう。俺の世になった時にいい思いをしたいならば、去る必要はなかった。だがそれ以外に俺に近づく理由はなんだ?


「ん、わかった。全部話すよ。じゃあまずは、僕がこの部屋にどうやって入ったか、ね!」








◼️◼️










冗談はさておき。


座って。長くなるよ。


……いいかな?僕はキミの父上、前魔王カマルの友人だった。いや、それ以上……親友、って僕は思ってた。最初はカマルもそう思ってたと思うんだけど。


だから王城に出入りできてた。まあ、忍び込んでたんだけどね?正門から入ると色々面倒でしょ?それに、あの時は人が少なかったから適当にそこらへんうろついててもほとんど何も言われなくて。今だいぶ人増えたね。入るのに苦労……してないや。


とりあえず、カマルが許してるんだからここにいれた。キミと自由に会えてたのも、そのおかげ。僕とカマルの関係とか色々を話してたら長くなるから省略しておくけど、カマルにとって僕は必要な存在だった。


キミの生まれる前からカマルとはちょくちょく会っていたんだ。だから、僕が姿を変えないことも知っていた。成長しない、ってことね。キミが生まれてすぐに奥さんは亡くなってしまって、ものすごくカマルは悲しんでた。僕がそこに立ち会っていれば助けられたかもしれないけど。


カマルの奥さんの葬儀の数日後に僕はここを訪れた。あー、ちょっと遅かったな、って思ったし、早ければ助けられたな、とも思った。カマルには言わなかったけど。あんなヤツでも奥さんを想う気持ちあったんだね。一日中部屋から出ないくらい悲しんでさ。僕があれこれ言ってようやく出させて。


だからなのかな。


キミのこと、何にも言わなかったんだよ。子供がいる、って知ったのはキミが5歳だか6歳だかになった時。


ぶらぶらしてたら、放ったらかしにされてるキミを見つけた。しばらく観察して、キミがカマルの子供だってわかって。言わなかったのには何か理由があるのかな、って思ったからカマルには何も聞かなかった。


キミを見つけた時期からかな。


勇者が出てきたのは。


そして、カマルがおかしくなってきたのは。


知ってるかな、勇者と、そのパートナーのこと。あ、知ってる。あれムカつかない?勇者がパートナーに力分けるってさ。ずるいずるい。でもキミはそんな勇者達に勝ったんだっけ。流石だね。


前の勇者にはそのパートナーがいなかった。


ふふ、何故だかわかる?


あのね、信じられないかもしれないんだけど、カマルが受け皿、僕が分ける方、になっちゃったんだ。いつもなら、勇者が分ける方、パートナーが受け皿。その関係が魔王側になってしまった。


この関係は、魔王がいて勇者が出てきた時に1つだけ存在する。分かりづらい?……そうだな、例えばさ、太陽と月。


太陽が光るから、月は暗闇でも輝いていることができる。でも太陽と月は1つずつしかない。それと同じ。


まぁ、太陽が月を照らすよりもっとパートナーは輝いて、限界まですると太陽よりもっと強く光り輝くことになるんだけど。


そんなになっちゃったから、ここにいる時は僕はカマルについて勇者と戦っていた。できればやりたくなかったんだけど、魔王と勇者、っていうのはこの世界で大きな存在でしょ?どちらかが勝ち、どちらかに平和が。ま、仕方ないかな、って。


キミが放ったらかしにされてるのは不味いと思って、合間を縫ってキミと会ってた。どちらが勝つにしてもいずれキミは魔王になる。そんなことも知らなかったんだよね、キミ。懐かしいなぁ。キミがどんどん知識を得て、そんな中で影でコソコソ言ってる者達を見るのはすごく楽しかった。将来操ろうとしているキミはこんなにも賢くなってるんだぞ、って。


……僕という存在があるにも関わらず、勇者には負け気味だった。ていうか、カマルが弱かっただけなんだけどね。そんなカマルからこんな強いキミが生まれたなんて信じられないよね。


カマルは焦ってた。このままだと負ける、って。まぁさ、キミのこともあったし勝つまでは行かなくても、引き分けぐらいにはしてもいいかな、って思ってたんだ。ちょっと色々あって勇者とは何回か、戦場以外で個人的に会っていたから。そういうこともあって戦場ではあんまり会わないようにしてたんだけどさ。とりあえず、そうなるようにはできるはずだった。


まさかさ、カマルがあんなことするとは思わなくて。油断してたなぁ。


パートナーが力を得るためには、その相手の近くにいる、っていうことが必須条件。近くにいればその恩恵は受けられる。でも、たくさんの力を得るには相手の同意がいる。


カマルはさ、僕が居なくなることを恐れていた。僕のおかげで勇者をギリギリ止められていることはわかっていたから。僕が居なくなれば魔王側は必ず負ける。


だから、カマルは僕を縛り付けた。自分自身に。隷属化、という最大の裏切り方によって。隷属化すれば許可無しに力をある限り引き出せる。受ける方はなんともなくても、無理矢理それをやられる方はすごい辛いんだよ、あれ。


結局僕は物と変わらなかった。元々、居なくなるつもりは全くなかった。カマルのことは普通に大切な友人だと思っていたし、少しおかしくてもそれは変わらなかったから。


僕はカマルの思うままになって、今まで以上の力をカマルは得た。自由には動けないから、キミとも会えなくなった。



結果はキミも知ってるだろ?それでもカマルは負けたんだ!勇者が強かった、っていうのもあるけど、それ以前にカマルは狂ってた。正気なら勝ち目はあったけど、正常な判断ができない中勇者と戦う、っていうのは元から負ける気だったのと同じだよね。ほんと笑える。


はい、後の魔族側はキミが知ってる通り。


僕は勇者に助けられて、全部を話した。それでも勇者達は僕を受け入れてくれた。


全快するのにもの凄い時間かかったんだよね。つい最近までかかってさ。ようやく動き出したとこ。


まだなんかあったっけ?あ、そうか、今ここに来た理由か。


ちょっと探し物しててさ。いろんなとこ探して、ようやくここにあるってわかったの。一応許可もらおうと思って。


いるでしょ?今の勇者の、パートナー。ここに、いるでしょ?彼、僕にくれない?







◼️◼️







「アイツを……?何故?」


「世界を、戻すため。……あとは個人的な理由だから言えない」


世界を戻す?この、終わった世界を?


「それと、アイツがどう関係する?」


「本当はさ、こんなことしたくないんだよ?わざわざ嫌われるようなこと。でも、これは僕のやらなきゃいけないことだから。彼、どうせ今弱ってるでしょ?ちょうどいいや。やりやすくなった」


答えになっていない。この人は、何がしたい?アイツを、どうしたいんだ?


わかるまでは、渡せない。この人がどの立ち位置だろうと、目的がはっきりしない限りは、渡せるわけがない。


「無理だ。俺は、はっきりしないことは嫌いだ。はっきり、きちんと。何が目的なのか話してくれ。その上で、考える」


この部屋に戻って、入る前から。


大きな力は感じていた。


自分とこの人の力量差はわかっている。だが、力の前に屈することは、魔王として、何より自分個人として。一番してはならないこと。


「ふーん。まぁ、そう言うと思った。でもさ、全部言っちゃうとつまらないから。僕の目的は、今の世界の現状を変えること。これは確かに実行される。約束するよ。後ね、」


ニコリ、と笑って言葉を続ける。その笑みが、本当に嬉しそうな笑顔で。


「勇者とパートナーのあの関係。あれを、壊すの。ほんとはもっと前にやりたかったんだけど。色々準備してたらこんなになっちゃった。さ、わかってもらえた?」







◼️◼️








どこかに運ばれているのだろう、ということは感じていた。だが、随分前から目が見えない。だから実際どうなっているのかは、わからなかった。


ずっと体の感覚が曖昧で、意識していないとバラバラになるのでは、と怖かった。意識する、ということは認識する、ということであるから、それをすることで苦しみは増した。


突然、楽になる。


苦しみが、消える。


「やあ。初めまして。僕はルーナフェルト。キミをこれから壊す者だ。よろしくね」


ぼんやりとした視界。話す声は理解できるが、その人物を見ることはできない。


「ぁ……」


「見えないのか。うーん。視界は別に無くてもこっちに支障はないんだけどな……。でもあの子を悲しませることになるか。じゃ、治そ」


目に手があたる。視界が暗くなる。そして次の瞬間、晴れた。


はっきりと見えるのはいつぶりだろう。だが時間の感覚は完全に無くなっているから、捕まってからも大して経っていないのかもしれない。


「これで見えるか。あーとーはー……。声ね。いや、うるさくなるのは嫌だしなくていっか。うーんと。……ん?あ。うーん。これも……いいや。面倒だしね。これ以上に壊しちゃうから問題ないない」


「ぉ……ま、えは……」


ガラガラな声。最後の方はこんな声さえ出なくなっていたから、ここまで出ることに驚いた。


「あらー。だいぶタフなんだね、キミ。あんなことされといて。僕だったら無理だなー。で、僕だっけ?えー、さっきの聞いてない?ルーナフェルト。キミを魔王から譲ってもらったの。これからキミに酷いことするんだけど、嫌いにならないでね?」


「ひど……?」


「そそ。時間ないからもう始めるけど……あ、体の感覚戻すね」


何をされるのか、わからないまま体をぐちゃぐちゃにされているような苦しみが戻る。実際その通りなのだろうが。


「────────っ!!」


「あははははは。すごい顔。さて。まーずーは」


勢いよく。体を裏返され俯せの体制にされる。


「キミ髪長すぎ。肩まである……って、前はもっと長かったんだっけ。てかあの子も長いか」


言葉は、ただの音として入ってくる。理解はできない。理解するほどの余裕が今はない。


何をされたのか、わからなかった。頭が、働かない……。









◼️◼️










「ようやく終わった。……思ってたより呆気ないね、これ」


廃屋の中、1人の青年の声が響く。


青年の目の前に横たわるのは、荒い息をする銀髪の青年。意識はないようで、目は閉じている。真っ青な顔と相まってまるで死人のようだった。


青年は、その銀髪の青年を無表情にしばらく見つめていたが、やがて目を離し懐に手を入れ金のペンダントを取り出す。


手のひら半分程のそれのフタを開けると、透明の石がはめ込まれていた。青年がその石にそっと息を吹きかけると淡く光を発しはじめた。


『…………な、様……か?』


「聴こえる?シュティル」


少しの後、小さな途切れ途切れの声が石から聞こえてきた。


『……い。大丈夫です。どうしましたか?』


「僕の用事は終わったから。シュティルはどう?楽しめた?」


笑顔で、とても楽しそうに話す青年。


『終わりましたか。良かったです。私はたっぷり楽しみました。あ、今西地区の卵料理のお店にいるんです。ルーナフェルト様はどこの地区ですか?よければここを集合場所にしませんか?』


青年の声の調子に、石の声の相手も嬉しそうに答える。最も、言葉の最後の方が嬉しそうだったが。


「それシュティルがまだ食べ足りないだけじゃ……ま、いっか。今から行くよ。そこで待ってて」


『はい。……あ、合ってます、3つで』


最後に聞こえた言葉に青年は苦笑し、ペンダントを閉じ懐に仕舞う。


「……そういや何も食べてないし。丁度いいか」








◼️◼️








「はぁ〜食べました食べました。さすが魔王城下街です」


「釣られてあんなに食べるんじゃなかった……」


車の座席に座り、2人して腹を抱え満足そうなため息を吐く。


「ところでルーナフェルト様。後ろに積んであった、大きなトランクはなんですか?まるで人でも入ってそうな」


「んとねー……大事なモノ。割れ物だからあんまり衝撃与えちゃダメだよ」


「触らないので大丈夫です。何が入ってるのかわかりませんし、ルーナフェルト様の大事なものって何か呪われそうですし」






青年は。


トランクに銀髪の彼を詰めた時を思い出し、歪んだ口元を押さえ。


少女は。


チラリと見えたトランクの端、そこから覗く銀の毛を思い出し、首を傾げ。









トランクは。


よく耳を澄ませば聴こえる。微かな、息の音が。

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