第18話 過去と、一歩

暗く、とても寒い場所。


一体何日ここにいるんでしょう。


「昨日、……昨日?うん、たぶん。たぶんそう。昨日、ご飯くれた。だから、その前と数えて、……1、2……3。だから、7日、ぐらい?……うん、もうちょっと……もう少しすれば、間違いだったって、わかるはず」


大人たちに連れ込まれたこの場所は、少女くらいの年齢なら泣き叫び、普通ではいられないでしょう。


ですが少女は普通ではありませんでした。


「……お腹、空いたなぁ。『ご飯、食べたい』」


その言葉を呟いた後、少女は自分でやってしまった、というような表情をしました。そして怯えた顔でこの場所からの唯一の出口、鍵のしっかり閉まったドアを見つめるのです。


しばらくして、荒い足音と共にドアが開き男が入ってきます。


「またやったな!くそっ、おい!」


「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」


男は、中へと入り少女の髪を、綺麗な薄い紫色のサラサラとした長い髪を乱暴に掴みます。


「やだっ、ごめんなさいっ!ごめんなさいっっ!」


そして、何度も、何度も少女の体を殴ります。よくよく見れば少女の顔は腫れていて、ボロボロの服から見える素肌も腫れています。


「このっ!魔女がっ!」


男による暴行は、少女の抵抗がほとんどなくなるまで続きました。


また少女は1人になりました。


不規則で、微かな息の音のみが暗い場所に響きます。




なぜ、こうなったのでしょう。


なぜ、なぜ?


少女は答えの出ない問いかけを何度も、何度も繰り返します。




「魔女のせいよ!あの魔女のせい!普通の人間じゃないのよ!私達の誰か、あの魔女みたいな魔法使える!?あの魔女がやったの!全部!災厄なのよ!」



「違う!私じゃない!私は、私は!ただ、みんなの役に立てればって!そう思ってただけ!悪いことはなにもしてない!」



信じてました。


愛してました。


愛されている、と。


思っていました。




「こんなのが妹だなんて……!血が繋がっていないとしてもそうだなんて!ああ嫌だ!」





あんなにも優しくしてくれたのに。


微笑んで、時に叱ってくれて。


でもなんで。






「……えぇ、あなたは悪くないわ。あなたは、血は繋がってなくても長女であることに変わりはないんだもの。なのに、このままいけば正統な後継者はあの子になってしまう。おかしいわ、長女なのに。せっかく……せっかく、私があの女を…………そうね、全て、あの子のせいにしてしまいましょう。今流行っているあの病気も、作物が育たないのも。全部、あの子が変な魔法を使っているせいよ。いいわね?」


「でも私、そんなことできない……!みんなだって頼りにしてるし、助けられてる!あの子のおかげで!いいことじゃない!それに、せっかく仲良くなったのよ?あんなに可愛くて、素直で!妹できたの、ほんとに嬉しかったのに!」


「言うことを聞きなさい!あなたの為なの!全部、全部!」


「知らない!大切な妹だもの!嫌うことなんてできないわ!」


「……ああ、そう。そうなのね。わかったわ。でも、悪く思わないでよ?あなたの為なんだから」


「何……?何なの?…………やめてっ!嫌だっ!やめて!……お母様っっ!!」









悪いのは、私なのでしょうか。














信じる。信じて。


心を、預けるの。


でも、駄目。


そんなことしたら、そんなことしても。






裏切られるんだから。










◼️◼️








信じてたって、意味がない。


結局人は、自分が一番だ。


他人優先で動くなんて、そんなのどこのお伽話だよ。ありえない。


ちょっと何かあればすぐに裏切る。



あの人も、アイツも、みんなみんな。



ほんとはこんな世界どうだっていい。


どうなったって、関係ない。


そうできればよかった。


でもできない。




結局、人のために動くしかないじゃないか。







◼️◼️








苦しくて、苦しくて、もう自我というものを手放して、壊れてしまいたい。


だけどそれは許されなくて。


ギリギリのところで“自分”というものが保たれている。


わざとだ。


何故なのかはわからない。勇者をおびき寄せるためなら別に自我はいらない。生きていればいいはず。見せしめなら、もっといらない。なんなら殺してしまってもいい。


こうやってただ苦しめるためならタチが悪い。


なんで僕なんかをこうする必要がある?


何か情報を吐け、だとか、教えろ、とかでもない。ただただ、苦しめられているだけ。






「……いいんですか?こんな上等なモノ……使って。勇者と、隣で戦っていたほどの」


「ああ。ただ、壊すな。それだけだ。見た目と、中身。精神の方のな。それは、壊すな。ギリギリで保たせろ。できるだけ後悔させたいからな。勇者を。その方が、悲惨だろう?」


「酷いこと。考えますね……。本当に、ギリッギリまでやりますよ……?滅多にない機会ですし……この先も無いでしょう……。この世界も、終わりそうですし……」


「……ああ。構わない」










びっしりと、首から下全てに呪いと同じような魔紋を刻まれた。


黒いそれが指先まで全てを覆っている。


横たわる体は、数日前から動かすことができなくなった。


魔紋が定着したからだ、と言われた。


いや、聞かされた。


僕にそれを聞かずに済む方法はないわけだし、ピクリとも動かない体は、意味のある言葉を発することもできない。


時々あまりの苦しさに呻き声が漏れるけれどそれは、僕をこの状態にした本人を喜ばせるだけ。離れるでもなく、常に僕の側で体を弄っている。


魔紋を、か。


聞かされた話では、もう僕の体の中身はボロボロらしい。


既になっていた、とか言ってたから、アズラクの魔法……呪いか。それでなっていたんだろう。あいつのかけた魔法は精神を蝕むものだけじゃなかったってことだ。


いい話じゃ、ない。


どのくらいボロボロなのか、どのようにボロボロなのか。それはわからない。



中も外も、全部好きなように遊ばれて。






もう僕はまともに戦えないんだろう。


もう、あの光の隣で並び立って。


一緒に戦うことはできないのかもしれない。








◼️◼️








「あー、いる。いるね、ここ」


「私の方はいません……」


「あー、いないね。残念」


「そうでもないです。さ、都市ですよ。都市、ですよ。城下町ですよ。人、多めですよ。行きましょう。早く」


「……ねぇシュティル。君は何のために僕についてきたの?」


「美味しいものを食べるた……人探しです。ここにはいませんね。では、ここで休憩してからまた他の所をあたります」


大きなため息が車内に響く。


「まぁ、君がそういう子だって知ってるけどさ……本気で探す気あんまりないでしょ……」


車を運転する青年のそんな言葉に、後ろの席で色とりどりの石や紐を広げ、剣の溝に嵌めては外し、という作業を繰り返していた少女が手を止め、前の席に体を乗り出し答える。


「はい。……あ。いえ。そんなことないです。ただ、そこまで本気で探さなくても絶対無事だろうな、って最近思いました」


「ないんじゃん……」


また、ため息が青年の口から溢れる。


何を思ったのか、少女が大きく息を吸い込んだ。


「幸せ、逃げますよ。貰っときますね」








「別行動にしましょう」


魔王城下町。着くなり、少女の口から出たのはそんな言葉だった。


「君からそう言われるとなんだか癪だけど。僕もそうしようと思ってたから丁度いいね。……心配はしてないけど、何かあったら魔法、使うんだよ?」


「はい。たくさん作ってるので大丈夫です。あ、これ、頼まれてたやつです。こっちの袋の中のをお好みで付け替えてください」


早速車から降りる準備を始め、青年の方へ向くことなく、一振りの剣と、小さめの袋を渡しながら答える。


「ああ。ありがとう。じゃあ僕からもお礼をしないとね」


「え、なんか怖いです結構です遠慮しておきます」


今にも車から出そうだった少女は、青年のその言葉に車のドアを開け、片足を出しながら拒絶した。


「酷くない?……これだよ。そんなに色々用意してたみたいだけど、シュティルさ、1人で探すの続ける気だったでしょ?流石に1人では行かせないよ。ここでの僕の用事が終わったら呼ぶから。シュティルの探す人、見つけるよ」


「…………え」


車から片足を出した状態のまま、ピタリと静止する少女。顔も驚いたような表情のまま、止まっている。


「シュティルからも何かあったらそれで呼びかけて。ほら、この鎖も。いつも首から下げて失くさないようにしてね?」


「……ついてきて、くれるんですか」


ゆっくりと、足を車内へと戻しながら問いかける。


「行くよ。ここまで来てくれたんだから」


「勝手に、ついでに、って言ってたじゃないですか。自分の目的が終わるまで、って」


「だって、僕もやることがあるし。シュティルの魔法、ここまで使えるとは思わなかったから」


「でも。だって。迷惑、かけました」


「うん。君の食べる量には驚いた」


問答が、続く。


少女の声は弱々しく、青年の声はしっかりとしている。


「ルーナフェルト様の、目的は、ここで終わるんじゃないんですか。私を手伝うのは、終わった後の行動になりませんか」


「僕の目的はここでは、終わらない。まだ終わらない。終わらせられないんだ。だから、そうはならない。ほら、ついでだよ。僕の目的のついで」


青年のその言葉の後、しばらく少女は沈黙してしまった。反論を探しているのか、それとも別なのか。少女の様子からはわからない。


しばらくの後、青年へと少女の手が伸びる。


伸びた手に、青年は細長い鎖とペンダントのようなものを渡す。


それを少女は受け取り、ペンダントに鎖を通すと首から下げた。


「……あり、がとう、ございます」


「うん。……あーあー。泣かないの。大丈夫だから」


「はい。……はい」


スーッ、と流れる涙を拭うこともせず、少女はペンダントを握りしめ、滅多に見せない綺麗な笑顔で青年へ笑いかけると、車から降りていった。





「…………移った、のかなぁ。嫌だなぁ」

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