第17話 傷は、残り
ざわざわと。
人々が、1つの石造りの家を取り囲んでいる。
夜の闇の中、炎の灯りがいくつも、いくつも上がる。
「魔女め!」
「魔女め!」
火が、つく。
魔法の力を借りて炎は本来燃えるはずのない石の壁を舐めるように勢いを増して、赤い光で夜を昼間のように明るく染め上げる。
だが。
「うるさいわね、病人がいるのよ。静かにしてちょうだい」
炎は家の周りを取り囲むが、それだけ。窓ガラスもない窓から中に燃え広がることもなく、何かに遮られているかのように決して中に入らない。
「火を!中に投げ込め!」
遮るもののない窓に向け火が投げ込まれる。
だがそれも何かにあたり、そのまま下へと落ちる。
「わかったわよ、消えればいいんでしょう。助けなきゃよかったわ。本当に」
突然、火に包まれていた家は消える。
何もなかったかのように。
火を置き去りにし、どこかへ。
「どこへ……!?」
ただ呆然と、家があったはずの場所を見つめるも、なんの痕跡も見つけられない。
取り残された炎が勢いを増し、広がっていく。
そのことに気がついた人々は慌ててその火を消そうとするが、勢い付いた炎は消えることなく、人々の住んでいた場をも燃やしていく。
────魔女の逆鱗に触れた者はその先生きることを許されない。
そんな噂がその後わずかに広まるのはまた別の話。
1つの、小さな村がその日炎に包まれて消えた。炎の灯りに魅せられたのか、追い討ちをかけるように魔物がそこに集まってきたのも原因かもしれない。
◼️◼️
静かになった。
あの人たち、石は燃えないってわかってるはずなのに。そこまで切羽詰まってたの?
それより、どこに転移したのかしら。
「……森の中?」
人が住む場所から遠く離れた所、普通なら寄りつかないような所、ということだけ考えて家ごと転移させたから、ここがどこなのかよくわからない。わかるのは、静かで、樹々に囲まれた場所ってこと。
外には久しぶりに見るたくさんの緑。
「こんな場所……まだあったのね」
世界が壊れて、大きく動くこともなくただその日を暮らしていたから、こんな所があるなんて知らなかった。
「普通の動物がこんなにたくさん……。魔力も綺麗……」
まだ、こんな場所があった。
生きてる場所がまだ、あった。
スッ、と頰を涙が伝う。
「まだ、間に合うのね。まだ、取り戻せる……!」
涙は止まらず、流れ続ける。
拭っても拭っても、止まらない。
「いやだ、なんで……」
◼️◼️
「いや!なんで!!やめてよ!離して!!」
大人たちの手が伸び、体を掴まれます。
せっかく、出られたのに。
またあそこに戻ることになります。
「そんなの……そんなのいや!」
なんでわたしは────。
「なんでなの!?なんでよ!ありがとう、って!助かるよ、って!言ってくれてたのに!わたしが、わたしがしてきたのは、なんだったの!」
古い傷は、ぐずぐずと。
表面のみ塞がったその傷は。
見た目は綺麗でもその中は。
溜まった異物が掻き回して。
ドロドロで、ぐちゃぐちゃに。
あぁ嫌だ。こんなにぐちゃぐちゃじゃあもう治せない。仕方ないね、壊れちゃったんだもの。
もうこれは、捨てようか。
◼️◼️
「まだ食べるの?太るよ」
直球な言葉を投げる青年。よっぽど親しい相手でなければ下手をするとその言葉は、相手との断絶の一言となる。
「女の子に向かって失礼じゃないですか?いくらルーナフェルト様でも怒りますよ?」
だが相手は見知った相手。言葉で言うほど怒っている様子はなかった。
「それでも食べる手は止めないんだね」
「食事は娯楽の1つです。こんな世界に他にあといくつ娯楽があるんですか?」
言われてもなお目の前の料理を食べ続ける少女。頰に食べ物を詰め込みながら青年を見上げるその様子は、小動物のようだった。
「うーん。娯楽ねぇ。人によって違うと思うけど、ほら僕なんて、こうして行動してること自体もう娯楽の1つだし。逆に何かしてないと自分がこの世界でちゃんと生きてるって感じしないよね」
「ルーナフェルト様は普通とは別です」
「別かぁ。僕は普通じゃない?」
「はい。ルーナフェルト様は何でも全て普通ではありません。なぜ、私が幼い頃から変わらず────」
言葉の途中で青年が手を伸ばし、少女の口へ軽く人差し指をあてる。
「秘密。知ってもいいことないよ」
ニコリと笑う青年。
「悪いこともないですよね?」
青年の指は少女の口へと伸びたまま。そのままの状態で少女は問いかける。
青年はその問いには答えず、少し指をずらし少女の口の端についたソースを拭うと、少女の口の中に指を突っ込む。
「話す気はないよ。誰にもね」
口の中に入った青年の指を咥えながら少女は不満げに眉を寄せる。だが、青年の指についたソースを舐めると表情は変化し、明るいものになった。
「こにょしょーしゅ、わらひしゅきでしゅ」
「あ、ちょ、舐めながら話さないでよ」
慌てて指を少女の口から引き抜き、布巾で拭う。少女はその指を目で追いかけていたが、布巾に隠れて見えなくなった後、目の前の料理のソースを1つ1つ舐め始める。
「一回食べたんじゃないの?味忘れたの?」
「忘れました」
「もしかして、まだ食べる?」
「はい」
少女の返事に苦笑し、青年は立ち上がる。
「お金、足りるね?そこらへんぶらぶらしてるから、食べ終わったら車に戻ってて」
「わかりました」
◼️◼️
「んー、ここは通らなかったみたいだな。次の街に期待しますか。魔王城もあるし。……元気にしてるかなぁ。…………ん」
店から出た青年は、少女に言った通りに近くをぶらぶらしていた。街、といえるだけの原型は残っているため、活気は皆無でも、人の営みは行われていた。
青年が目を止めたのは、壁に貼られているあるもの。
そこには、指名手配者と書かれた紙があった。
「……そっか。捕まったのか、彼は」
何か納得したような声色で、呟く。
「うん、うん。じゃあ早く行かないと。まさか逃げられるとは思わないけど、ね。早いに越したことはない。いい口実にもなる」
もうすぐ、終わらせられるかな。
この、長い長い時間を。
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