第16話 僅かに、狂い出して

魔女め!魔女め!悪い魔女め!!


お前がこうしたんだ!


お前のせいだ!!


お前のせいで!!


みんな!みんな死んでいく!!


ここを開けろ!!


食料を出せ!!


魔女め!魔女め!






ちがう!わたしじゃない!!知らない!


なんで!わたしは、わたしは!


今まで、いままでわたしはたくさん助けてきたじゃない!


みんな笑顔で、笑ってくれたじゃない!


あのありがとうは、なんだったの?


いやだよ、やめて、こわい、なんで?


なんでこんなことするの……?








「うるさいわね……。自分たちでやったことなのに、なんで私のせいにするのよ。少し考えればわかるじゃない」


閉ざされた家の中。


重い石で作られた家の中に響く外の声。わずかなその声は、複数人の声によって石造りの建物の中にも聞こえていた。


「全く……こっちには病人もいるのに!こんなんじゃ負担が……」


家の中にいるのはセラと、スヴァルト。


スヴァルトはあれから寝たきりだ。セラは手を尽くして自分の知る魔法を全て試した。


だが、スヴァルトの意識は戻らない。


眠りにつかせたのはセラの魔法だが、それ以外に眠ったままの理由があるらしい。


「こんな世界だもの、魔力を栄養に変えるのにも限度があるわ……取り込むのにも時間がかかるし、魔力が悪すぎる。もっと、前みたいな綺麗な魔力があれば……」


“人”という限度を超えた者は、長命だ。だからある程度食べていなくても生きていける。その際、体内の魔力を栄養へと変化させて生きる。空腹は感じるが、それは慣れ。


だが、魔力を栄養へ、というのはとても効率が悪い。大量の魔力を使う。魔法を普通に使うより悪い。普通の魔力がある前までの世界なら、元々大量の魔力を持つからそれでも賄えていた。


けれど今の世界は、前までとは違う。魔力もまた、変わってしまった。体内に取り込む前に濾過をし、それからようやく使える魔力として取り込める。今のスヴァルトは、魔力を取り込みすぐにそれが栄養へと変化している状況。余分な魔力が溜まる間もない。


「足りてないのよ……だんだん、痩せてるもの……。寝てるから、だけじゃないのは確かよ」


どうしようもない。


ただ、効かないとわかっている魔法をかけ続けるしかできない。


「……ああ、そうだ、結界を張らないと……。音、うるさいものね……」


少しずつ、少しずつ、溜まっていくストレス。


本人には自覚できないほどに、わずかに。


「『風の幕が降りる。外と内を完全に遮断する』……よし。家も安全、うるさいのも聞こえない。でも光は入る、と。これでいいわ」


外の声はなくなり、静寂が訪れる。


「…………どうするのが、いいのかしらね。ねぇ、ヴァル。私、このままあなたにつきっきりで大丈夫なの……?何か、するべき……?レノなら、どうしてたのかしら……」





人に背負えるものは、限度がある。


1人で背負えるものは、少ない。









◼️◼️








酷く、体が痛む。


全身が重く、力が入らない。


きつく、きつく締め付けるように、足の先から首の下までの全てを拘束されている。


苦しい。


「はぁ……はぁ……ああ”ぁ!……はぁ……っ」


ずっと、ずっと。力を吸い取られている。魔力とか、その他全ての“力”を。


無理矢理されるその行為は、体にものすごい負担をかける。


この行為はいつまで続くのだろうか、と。それを考えると気が遠く、押し潰されそうになる。


前なら、ルトを信じて強くいられた。


見当はついている。魔法を、呪いをかけられたんだろう。精神を蝕むような。


時々、本当に時々思い出したかのように暗い青色の髪のあいつ、アズラクと魔王がやってくる。


どちらか1人の時もあれば、2人共来る時もある。魔王だけならば、ただ、この状態がきちんと保たれているかを確かめるだけで終わるが、アズラクが来ると余計な拘束が増えたり、あることないことを言われたりする。答える余裕なんてないから言われっぱなしだ。


どんどん、色んなものが削られていくような気がする。



「……る、と……」


────絶対助けるから。





僕は、君が来るまで保つのかな……。








「もう少し、精神の方を強くしてはいけませんか?」


「今ので充分だろう。壊しては、勇者への見せしめにならない。あれがどこまで強いのかわからないからな」


「まだいけると思うのですが。何度か戦った感じでは、そこまで脆い男とは思えませんでした」


「まあ、そうだろうな。だが、これでいい……。中身も潰しているんだ、だいぶやられているはずだぞ」







◼️◼️







「あ、あそこ、あそこに光がいくつか見えます。村じゃないですか?行きましょう。ぜひ行きましょう。食べ物を恵んでもらいましょう」


「こんな所に住んでるくらいだし、わけれるほどないと思うよ……。もう少し行けば次の街が見えてくるから。干し肉で我慢して」


わずかな月明かりが照らす世界。魔力が効果を及ぼすのは地上のみで、見上げる夜空には変わらず星が瞬いている。


その月と星に見守られながら地上を一台の車が走っていた。


「……魔物の干し肉なんて、栄養になりません。私は栄養がいります。特に上半身の一部に。あと次の街ってどこですか」


「言いながら結局食べてるじゃないか……」


文句を言いながらも取り出した干し肉を咥えるその様子を横目で見ながらルーナフェルトは苦笑する。すぐに目線を目の前に戻すと、その表情のまま、言葉を続ける。


「だいたいあの村までが、人族の領域。あそこから先は魔族と人族が入り乱れて暮らしていた地域。争いが最も多かった場所だね。そして1番自由な場所でもある。まあ今じゃどこでもみんな入り乱れて暮らしてるけど。目指すのは、そのもっと奥。魔王城のある都市。今は、その前にある街に向かってる」


「都市」


「そうだよ。……って、何?」


都市、という言葉を聞いた少女、シュティルは助手席からわずかに腰を浮かせ、運転席に座るルーナフェルトの方へと身を乗り出す。


「食べ物、たくさん、ありますよね」


キラキラとした目線を感じるが、決して目の前から目を話すことなく、答える。


「この前のグレイルも、都市だったんだけど」


「魔王城があるんですよね。あの、あそこですよね。こんな世界になってからは行ってませんが、あの都市ですよね。少しは違うはずです」


「グレイルって、あれでも世界の中心とか言われてたんだよ?あんまり変わらないんじゃないかなぁ」




ウキウキとした雰囲気は、シュティルが寝てしまうまでずっと漂っていた。







「ここからが、本番。僕にとっていい予感がするんだよね。もしかしたら、あの子に会えるかもしれないし、……ああ、でも勇者には逃げられたんだっけ。……どこにいるんだろうね。いい子だからたぶん…………責任感じてるんじゃないかなぁ。自分のせいじゃないのに」


静かな車内に1人の男の声が響く。


誰に聞かせるでもなく紡がれる言葉の意味は、彼にしかわからない。


「あーあ、なんで失敗したんだろ。……あの時、全快してれば…………なんで信じたんだろう。なんで親友だなんて……。親しい者は作らない、ってだいぶ前に決めたじゃないか……まだまだ馬鹿だなぁ、僕も」


無意識に、右手で胸に触れる。心臓の、真上。


「カマルは、死んだ。だいぶ前に死んだ。もう、僕を縛る者はいない。アレを知っている者も、たぶん、いないはずだ。大丈夫。戻れる」

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