第14話 希望は、どこにある

勇者が魔王の元から逃げた。


その情報は、口から口へ、様々な場所へと広がってしまった。


魔族は、捕らえろと。なんで殺しておかなかったんだ、と。魔王の元へと詰め寄った。


人族は、希望ができたと。世界が元に戻るかもしれないと。とても喜んだ。



勇者の仲間たちにもその情報は入っていた。


1人は、当たり前のこと、と。


1人は、戦う理由ができた、と。


1人は、嘘ではないか、と。


1人は、どうしようもない不安を。


1人は、信じて。




勇者は。



心折れ、闇の中に。









◼️◼️







石造りの大きな家。賢者様、と呼ばれる女の住む家。


石で造られているからか、はたまた彼女の魔法のおかげか、まだ魔力に侵食され壊れている箇所は少ない。


辺りに他の“家”と言える建物はほとんどなく、その家の周囲に固まるように、小さく簡易的な家がいくつもあった。


「賢者様。娘が!娘が、魔力で、苦しんでるんです!どうしようもないことは、わかっています。ですがどうか、苦しみを和らげてやってください!」


「これを。水で薄めて、朝と夜に飲ませてあげて。コップに3分の1入れて、残りは水。少しは楽になるはずよ」


「ありがとうこざいます!」


セラ・セレニティス。


元々住んでいた場所で、周囲に住む人々ともそこそこの関係でやってきていた。


彼女がそんな人々を見捨てることができるはずなく、困ったことで相談にくれば必ずと言っていいほど助けていた。


よって、彼女の家の周りに人々は崩れた家の代わりの家を造り暮らしている。


「賢者様。そろそろ食料が尽きそうです。近くの町に行かせていますが、もう金では売ってくれないのです。どこも食料が足りないのは同じで、物々交換になっています。ですが、交換する物がないのです」


時々、自分たちでどうにかしろ、というようなものもやってくる。


これもそう。セラは彼らの食料に手を付けていない。分けてくれ、とも言っていない。なのに、彼女にどうにかしてくれ、と頼んでくる。


「……ないものは、出ないわ。0から1は創り出せないの。畑の様子はどう?この前魔力を中和させる結界を張ってあげたでしょう?」


「……それは、ですね」


言いに来た男は、気まずそうに視線を床に落とす。


「…………また、枯らしたのね」


「………………すみません」


3回目のことだった。


1回目は、結界を壊し。2回目は世話をしなかった。


世界に絶望し、何もかもやる気を失った人々もいる。この場所には、その人達が多く集まっているようだった。


「……終わりよ。もう、私はあなた達の世話はしない。私に頼ればいいと、どうせ助けてくれると思っているんでしょう?終わりよ。もうここに来ないでちょうだい」


「け、賢者様!お許しを!どうかお慈悲を!」


「『離れて』」


すがる男を魔法で弾き、唯一残る扉の外へと追い出すと、勢いよく扉を閉める。


お許しを!開けてください!という声が外から聞こえる。


一瞬だけ辛そうな表情を浮かべるも、すぐにそれは消える。


「情けは無用。生きていけなくなるもの」


セラもセラで生きていかなければならないし、それよりやらなければならないこともある。


「ヴァル……」


未だ魔法は出来ていない。


自分から殻にこもり、出て来ないようにしている。外から下手に干渉すればヴァルの自我に何か影響が出てしまうかもしれない。


今必要なのは、レノ。


だがレノは魔王城で捕まっている。


セラにできるのは、どうにかヴァルが自分を閉じ込めている理由を見つけ、ゆっくりと外へ導くこと。


「できるのなら簡単なのだけど」


汚染された魔力の中魔法を編み、周りに住む人々への援助をする。進むわけがなかった。


「……せめて、フィアがいれば」


小さな、笑顔の似合う少女を思い浮かべながらため息を吐く。所詮無い物ねだり、というものだ。










◼️◼️









どこを見渡しても灰色の広がる世界の中、ただ1人、ぽつんと存在する。


足元を見ても影はなく、水の上に立っているかのように自分が反射して薄い姿を象っている。はっきりとした姿は保たずぼやけたその姿は、今にも解けて消えてしまいそう。


光源はないのに周囲が認識できることに違和感はなく、ただ、そういうものなのだと思う。


その世界に境界はなく、ずっと続いているようにも見えるし、すぐそこで終わっているようにも見える。


ゆっくりとした重い空気の中、ぼんやりと足元に写る自分を見つめる。ゆらゆらとしたその姿は、はっきりとは自分とわからない。


突然、足元に写る自分が蠢き、カタチを変える。ぼやけていた輪郭がもっとぼやけ、黒いカタチになる。


魔王ディアリ。


宿敵のカタチになったソレは、足元から這い出ると耳元で囁く。



『お前は、負けた。負けてもなお、なぜそんな態度を貫ける?もう、世界は終わった。今更元には戻せないぞ?希望は全て潰えたんだ』



過去に聴いた言葉。


お前は負けた。世界は終わった。希望は全て潰えた、と。その言葉が鋭い刃となって深く自分に突き刺さる。


するりと足元に吸い込まれるようにしてディアリは消えた。


だが、刺さった刃が付けた傷からドクドクと、止まらない何かが溢れてくる。見えないそれが流れていくたびに止めなければという焦燥感が生まれる。だが手は動かない。


写る自分がまた蠢き変化する。


今度は、誰だ。


旅の途中で出会った少年。


名前も覚えていない彼は、無邪気な笑顔で近付き自分の動かない手を握り言う。



『兄ちゃん、強かった!妹助けてくれてありがとう!!魔王、倒してくれよな!おれ、兄ちゃんなら勝てるって信じてる!』



幼く無邪気な言葉は、結果を知ると余計に強く突き刺さり、傷を増やしていく。


少年もまた、ディアリと同じように消えていく。




足元の自分が、何人ものこれまでの旅で出会った人々に変化し現れ鋭い言葉を突き刺していく。人族も、魔族も。両方が現れる。


励ます言葉もあれば、心配する言葉もある。罵倒する言葉もあるし、感謝する言葉もある。


どれも全てが鋭い刃となっていく。



もう、現れないでくれと。何度も、何度も願う。だが願いは届かず、誰かしら、名も知らぬ人々が現れ言葉を投げかけていく。





足元の自分がまた蠢き、変化する。

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