第13話 光は、残らず

「荒れてるなぁ。ここに一個大きめの街あったはずなんだけど」


「覚えてます。もっと幼い頃にルーナフェルト様に連れてきてもらいました。活気があり、治安もよく、いい街でした」


一面灰色の大地が広がる。


崩れた建物のわずかな残骸と、そこにどうにか住んでいる暗い顔の人族達。


それを少し離れた場所の車の中から眺めるのは、2人の男女。


1人は、金糸のような細く、サラサラとした美しい金髪と、光の加減で銀にも見える青い瞳を持つ青年。年齢は20前半、といったところだろうか。優しげな表情、だが目は強い意志を持ち、この青年が強者だということを告げている。


もう1人は薔薇のような落ち着いた赤い髪に、青みの強い紫の瞳の少女。まだ幼く、14から16あたりだと思われる。肩の下あたりまで伸びる髪は結うでもなく下ろしてあるが、その間からチラチラと覗くのは尖った耳。少女は、魔族らしい。表情豊かな青年とは逆で、ほとんど表情を動かさない。


「ここで迷子になったよね。変なとこ連れて行かれなくて本当によかったよ」


「ルーナフェルト様が目を離したのがいけないのです。子供は興味を惹かれるものについて行くものです」


「まあそうなんだけどさ。……寄ってく?」


青年の問いかけに少女は首を横に振る。


それを見ると青年はアクセルを踏み込み、勢いよく車を発進させた。





車を走らせる音のみの中、青年が口を開く。


「あんまり聞きたくないかもしれないんだけどね?」


「はい」


「“アレ”、やっぱり同一人物だと思うんだ」


「そうだと思います。幼い頃からそうでしたし、おかしくはないです。彼も……」


「彼は悪くないよ。やるべきことをしただけ」


「ですが」


「わかってるよ。でも、そうだよね?彼には、彼としてすべきことがある。君にもあるように。でしょ?」


「……はい」





「着いたよ。起きて。グレイルだ」


助手席に座る少女の体を軽く揺すり、起こす。


「着きました、か」


目を擦り、まだ寝ていたいような様子で少女は辺りを見回す。見る内に目が覚めてきたようで、ゆっくりと目のピントが合う。


「思っていたより荒れてませんね」


「ああ、さっきの所より大きいからだろうね。人もたくさんいる。今日はいつもよりまともなものが食べられると思うよ」


食べ物の所で少女は目を輝かせながら青年を見る。


「早く行きましょう。早く」


「いつもより、だよ?あまり期待しない方がいいと思うなぁ」


少女の様子に苦笑しながら青年はまた車を進ませる。


グレイルの中を少し進んだ所で、青年がいきなり車を停めた。


「……?どうしたんですか?」


「…………つ……の……痕跡……」


「痕跡……?何の痕跡ですか?」


虚空を見つめたまま動かない青年を心配そうに少女は見つめる。


「ああ、ここを通ったのか……」


すぐに青年は元に戻ったが、少女は心配そうなまま。


「ルーナフェルト様。少し休んだ方がいいのでは」


「ん?大丈夫だよ。僕は、ね……」








◼️◼️









はっと目が覚める。


石造りの天井。だけど、あの暗い牢ではない。


別の場所。


ゆっくりと起き上がり、辺りを見回す。


飾り気のない、殺風景な部屋。端の方に机と箪笥がある。机には数冊の本と、いくつかの紙。箪笥の扉は開いていて、中には女物の服と大量の本が一緒に入っているのが見える。


元々はドアが付いていたのか、蝶番のみの出入り口付近には帽子掛があり、白いマントと、暗いグレーのマントがかかっている。


俺の寝ていたベッドの近くにガラスが全て無くなった窓があり、外の光をこの場所に入れている。


淡いその光は。


「ぁ……う…………っ」


「ヴァル?気がついたのね。……ヴァル?」


自分のしたことの結果が見える。


責任感、役割。


重い。重い。重い。


俺にそれらがのし掛かってきて、耳元で囁く。



『お前のせいだ』



違う、違う!


俺は、頑張った。


努力して、準備して、挑んだ。



『でも負けた』



そう、負けた。


俺は、負けた。



『そのせいでこうなった』



重い。


灰色が、視界を染めていく。


全て全て、色が無くなり、全部が灰色になる。


俺の罪の色。



『罰。贖え。償え。したことの結果を、出来なかったことの結果を、身を以て知れ』



世界が色褪せ急激に遠ざかっていく。


近くで声を上げる女の声──セラだ。その声も、だんだんと聞こえなくなっていく。


色もなく、音もなく、ただ、ただ…………。






「……レノ…………お、れ……」



────────ごめん、助けに行けない。







◼️◼️






「ねぇっ!嫌よ、嘘でしょう!?なんとか言ってちょうだい!ヴァル!!スヴァルト!スヴァルト・イル・レーナ!答えなさい!」


顔面が蒼白になったかと思えば、目を見開き、尋常ではない様子で虚空を見つめている。いくら声をかけても反応はしない。


「何なのよ!ねぇっ!……嫌よ、ねぇ、レノが、レノが身代わりになってまであなたのこと助けたのに……っ!どうしろっていうの!!」


ヴァルを、何がこうさせているのかはわからない。ただわかるのは、このままにさせてはいけないということ。


「ああもうっ!『風は吹き、全てをまっさらに』!」


どうすればいいのか本当にわからない。


とりあえず、精神を落ち着かせる魔法をかけたけど……駄目ね、昂ぶりすぎててあまり効いてない。


時間をかけて魔法を構築するしかないわ。


今は、眠って。


「『穏やかな風の息吹。暖かな、春の日差し。見守るは大樹』」


深く、優しい眠りを誘う魔法。


いつもならヴァルにこの魔法が効くことはない。魔法に対する抵抗力がとても高いんだもの。


でも今は効くはずと思っていた。それは合っていて、見開いた目が普通に戻ってる。


「……レノ…………お、れ……」


とても、悲しそうな顔。ドン底に落ちて、這い上がる力を無くしたみたいな。


泣きそうな表情を最後に、ヴァルは眠りに落ちた。


なんなのかしら、魔王に何か魔法をかけられていたとか……いいえ、それはないわ。ヴァルが気がつく前にどれだけ調べたと思ってるの。


いくら魔王でも、私に気が付かせない程の精神魔法は使えないわ。私が1番よくわかってる。


「どうしろっていうの……」


どうしようもない。


あの時から、もう、どうしようもない。



全て終わってしまったのだから。







◼️◼️








「美味しいですね。いつものスープより、全然美味しいです。……何故なんでしょう。お湯に味を付けて具を入れただけなのに」


「うーん、それは少し違う気がする」


「どこがですか?お湯に何か味付けしただけじゃないですか」


「君の場合は、どう考えても合わない味付けをするからじゃないかな。好きだからってなんでも入れていいわけじゃない」


「美味しいものと美味しいものは足しても美味しいはずです。美味しい足す美味しいは不味いなんておかしいじゃないですか」


数人の客のみがいる、今にも潰れそうな店。


昼時で、普通ならばたくさんの客で埋まるのだろうが、ほとんど客はいない。


だが、今この世界で店が開いていること自体奇跡的なのだ。だから、これが普通。


「マグナのとこの息子、攫われたってよ。魔族に」

「あの大人しそうな?マグナに似ないですげぇいい顔してたよなぁ」

「だからか。ヒョロヒョロだったしな。勉強はできてもそれだけじゃこんな世界で生きて行けねぇよ」

「んだな。ガーラーのとこもみんなで出てって結局すぐ魔物に襲われて死んだっていうし。元々の冒険者連中だけだろ、この世界うろちょろできんのは」

「言えてるな。そういや、チック婆さんと、後一緒に住んでたちっこいあの孫、魔力に侵されてこの前死んだって」

「あー、ムーさんとこもだろ?みんな死んでくな、ほんと」


あまり大きな声で話しているわけではないのだが、ほとんど客のいないこの店の中で話せば聴こえてしまうのは仕方のないこと。男達もそれはわかっているようだった。


「……人族は、不便ですね」


囁くような、小さな声。実際、目の前に座る青年にしか聴こえていない。


「それが定めだ。仕方ないんだよ。弱き者は死に、強き者が生きる。強い種を残すのと同じだ。生きるも死ぬも、その者の力次第」


声を小さくするでもなく、普通に青年は話した。


男達は黙り込んでしまい、店の中に静寂が訪れる。


それを気にするでもなく、青年は目の前の質素な料理を食べ続ける。カチャカチャと、食器の触れ合う音のみがいやに大きくその場に響く。


「死にたくないなら、強くならないと。そうだろ?シュティル」


「…………はい」


わかっていても、そういうものだと割り切れない。


それは、自分がどちらの立場だから思うことなのだろうか。


「ここにはいなさそうだ。君の探す人も、僕の探す人も」


「……すぐに出ますか?」


間があったのは、直前のやり取りのせいではなく、ここを出ればまた普段の食事に戻ってしまうから。


少女の目線は青年ではなく、自分のスープにあった。


「補充しないといけないものもあるからね。出るのは明後日にしようか。明日は自由行動だ」


苦笑しながら青年は告げる。その言葉に少女は笑みを浮かべ、はい、と嬉しそうに答えた。

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