第12話 真実は、どうしようもなく

暗い場所。


その場所の空気が音を全て吸ってしまうかのように、物音がしない。


するのは、自分の足音と、呼吸の音のみ。


「こんな場所、なんで作ったんだ……」


思わずそう呟いてしまうほど、気が滅入る場所。



魔王城。【悪魔の城】



その名に相応しい外観のその城は、全てを風化させ脆くするはずの魔力の中少しも崩れることなく建っていた。








◼️◼️








「くれぐれも、無理だと思ったらすぐに逃げるのよ?わかったわね?そうしないと、クラム達だって逃げられなくなるわ」


「やっぱり心配してるんだ」


「達、よ!た、ち!もう!」


「ははは、ごめんごめん。わかってるよ、失敗はできないからね」


魔王城が見える場所、だがそこまで近い場所ではない。


レノとセラの2人は魔王城を見つめながら話していた。


「城から離れてる向こうの方の砦の跡、見える?その下、城の地下と繋がってるみたいなの。通路は所々崩れてて完璧に繋がってるわけじゃないけれど、あなたなら掘りながら進めるでしょう?だいぶ前に通路は崩れたみたいだから魔王もそこまで見てないはずよ」


「……いや、だいぶ離れてない?」


セラが指した砦跡は、魔王城の向こう側、今いる場所と真反対の所にあった。ここからだと魔王城が指程度の大きさに見え、その砦跡は爪程度の大きさ。


「仕方ないわ、そこしかないの。他は完璧に結界が張ってあるもの。見習いたいわね。地上より地下の方が結界は薄いし、あの城に近づければこっちのものでしょう?あなたの勇者がいるものね?」


「世界の、だよ。それに言うなら僕にとっては太陽だ。光を分け与えてくれる、ね」


太陽に近づけば光り輝ける。


強く、強く。


目視する必要はない。ただ、近づくだけ。それだけでいい。


「今まで魔王城に近づくどころか、あそこの都市にさえ行けなかったのに。こんな簡単に行けるのかなぁ……」


「行けるのか、じゃないわ。行くのよ」


「うん。そう、だね」





全てを、とは言わない。


もうすでに無くなったものもあるから。


でもできるだけ多くを。


この手ですくい取りたい。









◼️◼️










「…………ん」


しばらくぶりの感覚。


高揚感。


体の底から延々と湧き上がってくるような、暖かい力。



と。


「……ん?」


体に纏わりつくような、気持ちの悪いもの。


粘着質な、何か。


まるで呪いのように体につき、縛るような。


「……?」


気持ちの悪いそれは時間が経ってもなくならない。


最初の感覚は勇者に近づくことで起こるものであるから、これは勇者に何かあったために起こったことではないかと、心配しこれまで以上に進む速さを上げ、勇者の元へと急ぐ。


残り少しであった暗い道を進み切り、魔王城の地下に出る。


「地下牢の跡、か……」


長く使われていないことがわかるそこは、ジメジメとして、何かが腐敗したような匂いが充満していた。


「勇者は」


ここにはいない。


別の場所。



迷うことはない。


光へと真っ直ぐに進むだけ。







「いたぞ!あそこだ!」


「そっちに行かせるな!」


「回り込め!」


いつもは静かな魔王城の中、今は声が飛び交っていた。


「なんでこうなるかなぁ!」


追われるのはレノ。


地下牢から出て、しばらくは順調に進んでいた。だが、少し広めの場所に出た時に一度戦ったことのある魔族に見つかってしまった。


力量差は、そこまでない。


一瞬で終わらせることなどできず、逃げることを選んだ。


そこからずっと追われている。


「……っ!」


曲がり角で回り込んできた追っ手とぶつかる。


焦っていたからか、察知することができなかった。


相手もレノもバランスを崩す。


それはレノにとっては大きな隙となり。


「がっ……ぅ……!」


後ろから背中に勢いよく打ち込まれる魔法。


その魔法の勢いを借り、バランスを持ち直すと歯を食い縛りまた走り出す。


「くっそ、追え!追え!!」


「もうそんなに一生懸命にならなくて大丈夫。さっきの当たったからね」


「ですが」


「だいじょーぶ。でもまあ、勇者のとこには着いちゃうかもなぁ。ま、そこで終わりだけど」


逃げる背中を楽しそうに見つめるのは、暗い青色の髪の男。レノが一度戦ったことのある相手であり、レノと拮抗できるほどの力を持つ者。


「毒は後からじわじわ効いてくるんだよ。内側から、ゆっくりと」








◼️◼️







「ふっ、はっ……はあっ……」


なんとか追っ手を振り切り、1つの扉の前までやってきていた。


背中に受けた傷が酷く痛むが、目的地には着いた。この扉を開ければもう、勇者はすぐそこにいる。


ゆっくりと、慎重に扉の取っ手に手をかける。結界はなかった。また慎重に、扉を押し開ける。


キィ、とわずかな軽い音を立てて扉は開いた。


無機質な場所。


見て感じるのはそれ。


「また来たのかよ、魔王も暇だ……レノ?」


鉄格子の向こうに、求めた光がある。


灯りは鉄格子の向こうにはないが、通路の灯りのみで十分だった。


「……ルト。良かった……!無事で……っ!」


鉄格子で遮られてはいるが、できる限り近くにより、無事を確認する。手足を戒める枷が発するほのかな赤い光が、彼を照らしていた。


覚えているより少し痩せ、艶がない。


だが、無事だった。


「レノだよな、その髪色……」


「今、今助ける。時間がないから、僕の言うことに、黙って従って」


「わかっ、た」


勢いに気圧され、返事をする。


その返事を聞くとレノは鉄格子を軽く手で数回叩いた後、大きく振りかぶり手をそこにぶつける。


ガシャン。


人が通れるほどに鉄格子の柵が壊れる。まるでガラスが割れるかのようにいとも簡単に。


「……っ、結界と魔法か」


レノは壊れた柵を通り牢の中に入った途端、顔を歪めその場に膝をつく。


悪い空気が溜まるのみの通路とは違い、酷く淀んだ魔力の溜まる場所だった。


「おい、大丈夫か!?」


繋がれた鎖は充分な長さであり、レノの元へ行くのに障害はなかった。


「け、怪我してるじゃん!どうしたんだよ、これ!早く治さないと……っ?」


言葉の最後に、レノの手が勇者の手を掴む。


「それは、後。手と足出して。それ、外さないと」


「できんの、かよ」


「やるんだよ」


枷の部分には触れず、鎖を掴む。


「ルト。力を」


「……ああ」


レノの蒼い瞳がわずかに薄くなり、勇者と同じような色合いに変化する。


パキ、とまたガラスの割れるような音がレノの握る手の中から聞こえた。


と、握っていた鎖に繋がる勇者の左手の枷から赤い光が消える。


それを確かめると、鎖を地面に置き上から、鉄格子と同じように強く手で叩く。手刀を落とす、と言った方が正しいだろうか。


手が当たった箇所の鎖が壊れる。


他の鎖も同じように全て壊した時だった。


「はーい、そこで終わりにしてねー」


「誰だ!?」


「……っ」


さっきの男が来ていた。


だが、1人だけで。


「もうすぐディアリ様もいらっしゃるから、それまで一緒に待ってよっか。わー、勇者と、その次に絶対捕らえたい、ってディアリ様が仰ってたキミが自分から来てくれるなんて嬉しいね。なっかなか見つからなくてすごい探し回ってたんだよー?」


もう逃げられると思っていないのか、とても楽しそうな声で2人を見もせずに話している。


「ルト、僕の痕跡を追って。その先で、セラが待ってる。君だけなら、逃げられる」


「そんな」


「僕はもう、足手まといになる。この傷、あいつに付けられたやつだから」


「それじゃもっと無理だろ!」


「なーに話してるの?」


最初は聞こえないように小声で話していた2人だったが、声を荒げたことで気がつかれてしまう。


「ルト、行け!!お願いだから!僕がここに来たこと、無駄にさせるなっっ!!」


「っ!」


その言葉に勇者はハッとした表情をすると、素早く立ち上がり壊れた鉄格子をくぐり抜けると男に向け蹴りを入れる。


男には、勇者の動きは目で追えなかった。


「ぐはっ」


力強い蹴りが直撃し男は壁に激突して、倒れる。



「絶対助けるから」



その言葉を残し勇者はその場から消え、それを見届けるとレノは膝をついた状態から完全に倒れ、そのまま気絶した。






「無様だな」


「申し訳、ございません。ディアリ様……っ!」


「すぐに捜索を……いや、お前はまずコイツにかけた魔法を変化させろ。外傷はゼロ、中身を半分、精神半分。いいな」


「はいっ!」










◼️◼️











酷く体が怠い。


しばらく動かしてなかったからか。


「……外だ」


言われた通りに、痕跡を追った。


明かりが見える。自然の光。


今は夜なのか、何か薄暗い気がする。


光に向けて足を進める。



「……?」


何かがおかしい。


外はこんな色だったか?


外はこんな空気だったか?


外は────────




「なんだ、これ……」




広がるは、灰色の世界。


荒れ果て、何も残らない最悪の世界。



これが、救えなかった世界の末路。




「……っ……ぅあ……あぁ……ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!……うっ、おえっ…………ゲホゲホッ……」



途轍もなく重い、責任。


背負うことなんて、出来ない。


吐き気が自分を襲う。一度で出してしまい、ほとんど何も入っていない胃から、どんどんと胃液が込み上げてくる。





“勇者”


魔王を倒し、世界を、世界の人々を救う者。


それは途轍もなく大きなことで、重いことで。


俺には、世界の人々を救うなんて無理だった。



勇者が魔王に負けた世界は。


ただ、終焉を迎えるのみ。

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