第7話 少しずつ、動きだして
「美しいものには、棘がある」
見る者を虜にする、美しい女。
紅い唇から紡がれる声もまた、人を虜にする。
「とても鋭く、刺されば痛い棘が」
そんな女の周りでどんどんと倒れていく魔族。
「ねぇ?それが例え────ヒトだとしても。同じことだと思いません?」
倒れる魔族達の中心で女は、ただ、妖艶に微笑んでいた。
◼️◼️
「それはぜっっっっっったい、嫌」
「我慢して。僕のもそうだけど、その白い髪は目立つ。僕もするからさ」
「嫌!絶対に嫌!……他の色なんて、合わないもの」
「わかるよ?女ったらしのクラムが褒めてくれた髪だしね?」
「ち、違うわ!ただ、染めるのが嫌ってだけ!」
廃屋の中。2人の男女が言い争っていた。
男はレノ、女はセラ。
廃屋で言い争うなど物騒なことこの上ないが、この世界に廃屋などそこら中に普通にたくさんあるものだし、人々が言い争うのもよく見ること。
「そこまで嫌?……なら仕方ないか」
レノはそう言うと、その場に用意してあったものを手に取る。
「な、なによ」
「僕だけ染めるよ。1人でも動けないことはないからね。いい?君は目立つ行動はしたら駄目だからね?行動を起こすのは全部僕だ。いいね?」
2人がしようとしていることは、髪を染めること。
雪のような白髪のセラ。幼少の時の出来事で彼女の髪色はこうなってしまっている。
そして月の光のような銀髪のレノ。
2つとも見ない色のわけではないが、少ない色ではある。少ないということは目立つということ。
「だって……そんな…………1人……でも……」
「大丈夫だよ。僕1人でも動ける。まあ、時間はかかるけどね?仕方ないよね、見つかったらもう終わりなんだから。目立つことはできないし。見つからないためには、目立たない僕が頑張って全て動くしかない」
「うぅ……」
「おかしくない?大丈夫よね?」
「おかしくないよ」
「本当?」
「あぁ」
「笑われないかしら……」
「大丈夫だって」
この問答は5分ほど前からずっと続いていた。
白髪と銀髪はいなくなり、いるのは金に近い茶髪と暗い茶髪の2人。この色ならまだよく見る色で、目立つことは少ない。
「……悩んでても仕方ないわね。もうやってしまったことだし」
「……5分前にその結論を出して欲しかったかな」
セラは明るい茶髪、レノは暗い茶髪。
金に違いセラの茶髪は紫の瞳がアクセントになり、美しさは損なわれていない。
似合わない、との心配は杞憂だった。
◼️◼️
石造りの、冷たい牢の中。
鉄の柵でそこと通路が分けられていて、通路から牢の中がよく見える造り。
明かりは牢の外にかかる松明の灯りのみで、換気されない淀んだ空気が牢の中にも通路にも溜まっている。
端の方に申し訳程度に藁が敷かれ、それを真っ白な布で覆っている。反対側に汚物を流す穴があるが、今は蓋がされている。その横の壁には魔力で汲み上げられる水道の蛇口がある。だがそれ以外に物はなく、牢とはいえ汚れているわけでもなく、“無機質”というものをよくよく表している牢だった。
牢の住人は1人の青年。
端の方の壁に寄りかかり、手足を投げ出すような形で座っている。
両の手足と首についた枷から鎖が伸び、端の床に埋め込まれた鉄杭に繋がっていた。枷は、不思議な薄く赤い光を僅かに放ち続け薄暗い牢の中を染めている。
「……あいつら…………大丈夫だよな……」
顔の向きは天井を見上げているが、表情が抜け落ち、目は全く別のそこではない所を見つめているようだった。
ゆっくりと鼓動するように、枷が発する光がだんだんと強くなっていく。
一際強い光を枷が放つ。
「……っ、…………間違えた、だけだって」
青年の身体がビクッと動き、目の焦点が合い、表情が苦痛に歪む。そして何か感じたのか、手首をさすりながら通路の灯りの方へと顔を向けた。
「元気なことだな。魔力も勿体ないからずっと眠らせていてもいいんだぞ」
黒い影。
漆黒の髪に黒いマント。紅い目だけが強い光を放ち、だが浮くでもなく彼の雰囲気をまとめている。
「……はっ、こんなに何度も来るなんて暇なの?それとも何、そんなに俺が逃げないか心配?」
「いい知らせを持ってきた。捕まえたお前の仲間の……クラム、か。アイツに随分前から食料に混ぜて呪いをかけていたのだが、どうも呪いに侵された様子が薄かった。でもな、昨日ようやく倒れた。倒れたら後は精神が蝕まれるのを待つだけだ。このまま呪いに負けるといいな。起きた時が楽しみだ」
黒い男、ディアリは青年の言葉に反応することなく、心底楽しい、という様子でそんなことを告げた。
その言葉に青年は目を見開き、言葉を失う。
「のろ、い、って。……たお、れ、た……?クラムが……?」
ポツポツと紡ぎ出される、言葉ではない単語。
青年のそんな様子にディアリは態度には微塵も出さないが、内心少しだけ驚いていた。
青年なら、あいつなら呪いなんかには負けない、そんなヤワじゃない、と言い返してくると思っていた。
「精神に深く関わる呪いだ。堕ちずとも後遺症は残るかもな」
「まさ、か……そんな」
呆然とした様子の青年に僅かに満足したような表情をし、話を続けようとする。
が、ディアリが口を開き言葉を紡ごうとした瞬間、通路の奥、この場から出るドアがガタンッ、と大きな音を立てて開く。
「ディアリ様っ!!」
「……なんだ」
慌てた様子の男。その男は、ディアリへと近寄り、青年に聞こえないようにディアリの耳元で何かを言った。
「っ!……わかった、行く」
聴き終えた後、ディアリは青年の方を見ることなく男が入ってきたドアから出ていった。
ガタン、と今度は大人しい音をさせドアが閉まり、静寂が戻る。
「…………は、ははっ……クラムが、堕ちた……。あれが、呪いに。ははは、……ははっ、あはははははははっっ!!…………。……まだ、大丈夫、まだ、大丈夫。……まだ、最後じゃない」
希望は。
生きていること。
「大丈夫……俺には、レノがいる」
消えていないこと。
だからいつか─────
「光が、残ってる」
光は、太陽が放つ。
月は、光を反射するのみ。
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