第6話 呪いは、気づかぬうちに
勇者が魔王に敗れたことにより世界には変化が起きた。
負けた、というのが世界にわかったように。
濃い魔力がほとんど薄まることなく世界に広がり、たくさんの人族がそれに耐えられず死んでいった。
魔力に覆われた大地に日の光は届きにくくなり、今の灰色の世界が出来上がった。
そしてこの魔力は魔族の住む地を覆っていた魔力とは違い、モノの劣化を早くする性質を持っていた。
魔族の住む地にも性質の変わったその魔力は広がり、彼らの地を荒らしていった。
どちらの種族にとっても世界は優しくなくなった。
◼️◼️
「いつもお綺麗ですね。あ、ピアス変えました?彼からのプレゼントですか?」
「気がつきました?でも残念、私、相手いないんです」
「貴女のような人を周りの男は放っておくんですか?もったいない」
「ふふふ、上手いですね」
声だけ聞くと口説く男と口説かれる女。
だが、実際見ると男がいる場所は牢の中で、女はその牢の外にいる。
「あれ?食べなかったんですか?」
「……ああ、あまり食欲がなかったんですよ」
「珍しいですね。いつもは全部食べるのに。でもこれ変えますね。生物も入ってますし。こっちは食べてくださいよ?今食べ物棄てるなんてもったいないですから」
女はそういうと牢の下にある小さな扉から、湯気の立つ透き通った黄色のスープと1枚の肉が挟まったパンを中に入れる。代わりに、冷めたスープと硬くなったパンを外に出す。
「そうですね。できるだけ食べますよ。ああ、外の様子が知れたらもっと食べる気になるかもしれないのになぁ」
「そんなこと言ったって出せませんよ。……鍵の場所もわからないんですよ?そもそも私は食事を運ぶだけであって。それ以上のことはできないんです。ここで話すのだって見つかったら大変なのに」
女はうつむき、男はその様子を見て牢の隙間から手を伸ばす。
女の頰に手を当て、自分へ顔を向かせながら優しい表情で話しかける。
「大丈夫です。ただ、ただ────少しだけ、私を手伝ってくれればいいんです。大丈夫。貴女なら鍵の場所だって見つけられる。ね、私をここから出してください。貴女の手で……貴女のその美しい手で私を連れ出してください。そうすれば、全てうまくいきますから」
男の目は紫に怪しく光り、女は男から目を離せなくなっていた。
「大丈夫。全て、うまくいきます。さぁ、行ってください。いい報せを待っています」
「はい……」
◼️◼️
ぼーっとした表情のまま、サリさんが去っていく。
牢の中に残された私は、サリさんが見えなくなるなりその場に座り込み、大きく深呼吸をした。
「……すー、はー。無理。無理ですって。あんなもの食べさせられて、魅了して。辛すぎる。あの戦いぐらいに辛い。…………はぁ、空腹が辛い」
絶食期間は5日目を迎えている。食べなくなってから5日経つのに、その前に食べたことにより起きた支障は治らない。
呪いか魔法か。それか薬か。
「おそらく、魔族のあの呪いなんですがね……。誰がやっているのか……」
呪いにかかった者の力も、心も喰い尽くす精神系の呪い。
完全に呪いが定着していれば今頃私は何の力も使えなくなり、精神的に衰弱し、隅っこで小さくなってた頃だと思う。かっこ悪い。
気がつけてよかったが、もう少し早く気がつかなかったのはただの馬鹿だし、そういうことがあるかもと思わなかった自分はすでに馬鹿。だって、食べ物に呪い付与するとか考えられないし。食べ物って普通毒とかだし?
「終わってるな……」
それはともかく、ここを出なくてはいけない。
サリさんには悪いが、利用させてもらう。サリさんもどうせ魔族。敵なのだから、仕方ない。
綺麗、というのは本心。サリさんは美しい女性だ。魔族の女性はヒトとはまた違う美しさがあり、いいと思う。儚さというか。
「これも棄てないと……」
サリさんが持ってきた食べ物を牢の汚物を流す穴の中に棄てる。この穴に入れられたものは、浄化路を通り、燃えて消えるか害のないモノに変化してから川に流れていく。あまり大きなものは浄化することが無理だが、この食事ぐらいは棄てても完璧に消えてくれ、バレることはない。
最近は食べも飲みもしていないからこの穴はこの食べ物達を棄てる以外に使っていない。
1つ前の食事を棄て忘れたのは大きな過ちだった。頭に栄養が行ってないからうまく働かない。
絶食は何度かしたことがあるけれど、その時は水分を摂れていた。今回は水にさえ呪いがかかっているからそれもできない。
「あーあ、呪いが消えるのが先か衰弱して動けなくなるのが先か……」
サリさんが鍵を持ってくることができれば第3の選択肢ができるわけだが、それは望み薄だろう。
「…………とても限りなくゼロに近いことですが」
壁際に座り込みながら、小さく呟く。
「太陽と月が出会えば……」
もしくは。
状況を変えることができるかもしれない。
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