第8話 妖艶に、翻弄して

太陽が光を放たなくなればどうなるのだろうか。光が消え、生き物が生き物としていることも難しくなる。


では、月は?


月も月で重力やら地球の自転に関わっているとされている。



だが、この世界では?


魔法のある、奇跡さえも存在するこの世界では?


太陽と月はどのような役割を果たしているのだろう。


信仰的な意味でも太陽は大事な役割をし、この世界でも農作物に太陽光は必要だ。


月も信仰されているものであるし、カタチを変えるそれは人々の生活にも関わっている。


ここで言うのはそういった意味での役割ではなく、互いの存在による役割。


勇者と、そのパートナーの。


光と、影の。


互いに支え合う、その2人にとっての。


そういうような、役割。





「全部終わったわけじゃない……レノが。レノがいるから。俺の、光が。希望が。レノなら、助けてくれる。全部、綺麗に。ちゃんと、やってくれる」



「……大丈夫。まだ、光が。勇者が残っているから。光がある内は、僕も輝いていられる。その光と、信念で。正しい心で。全てを、元通りに」





行き違う思いは、どのような結果を生むのか。














一度心が曇れば、晴れるまでに時間がかかる。














◼️◼️







「うふふ、だから言ったではありませんか、危ないですわよ、と」


炎が燃えているかのような紅い髪。長く腰の辺りまで伸びるそれは、彼女の妖艶さを見事に引き立てている。


「まあ、もう聞こえていないでしょうけど。さ、早いとこ移動してしまいましょうか」


2人の魔族の大人の男が床に倒れている。


気絶、ではないのはその顔色の悪さで目に見てわかる。


彼女はそれを気にすることなく、綺麗に避けて歩いていく。


「嫌ね。ちょっとは治ったと思っていたのですけど、この独り言。あら、いいかしら」


「へっ?」


いくつかの角を曲がった後。見回りをしていたらしい魔族の男に後ろから足音なく忍び寄ると、声をかける。


「ごめんなさいね、いつまでもここにいるわけにはいかないの」


「ゴフッ……」


男の肩を掴み完全に振り向かせ、腹目掛けて膝を突き出す。ドス、と鈍い音と共に男は倒れた。


「今回は、貴方に何も言わなかったのですもの。命は取りませんわ。……戦えなく、はしますけど」


静かに呟きながらしゃがむと、倒れた男のうなじの辺りに手を近づける。


「貴方を弄るなんて趣味じゃないのですけど。後々面倒、ですものね。仕方ないですわ」


そうやって呟く間に長い指が男の後頭部をまさぐり、淡く、とてもわずかな光を発する。


すぐに処置は終わったらしい。


彼女は立ち上がり、また移動を開始する。


「さて、お馬鹿さんの所に行く前にやらないといけないことがありますものね。お馬鹿さんの所へは後でいいですわ。どうせまた看守でもなんでも女なら口説いている所でしょうし」


暗い配色のその廊下は、歩くだけで普通の人間なら気が滅入るような場所。


だが彼女は何も気にせず歩き続ける。





10分ほどそのまま歩いただろうか。


所々兵士らしき魔族を倒し、独り言を呟き、その度にくすくすと笑い、軽やかな足取りでずっと進んでいた。


「この辺りですわね。さて、どちらの扉か運試しといきましょうか。……えぇ、こっちにしましょう」


2つの、他に並ぶのと変わらない普通の扉。


彼女は少しだけ悩むと右の扉に手をかける。


「ふふっ、アタリ、ですわね。……あら、簡単な結界しかかかってないですわ。罠かしら」


罠、というわりには警戒していない雰囲気で、扉とその奥の部屋にかかった結界を解く。


すぐにノブを回し、扉を押し開ける。


「鍵もかかってないなんて。……考えていても仕方ないですわ、さっさと終わらせましょうか」


部屋の中は、ほとんど何も置いていなかった。あるのは少しの調度品と、部屋のど真ん中に浮かぶ、紅く、透き通った大きな石。


彼女は真っ直ぐにその石まで近づくと、手を石に向かって振り上げる。


「そこまでにしてもらおうか」


「やっぱり罠でしたのね」


彼女しかいないはずの部屋に響く、男の声。彼女は手を頭上に上げ石の方へと体を向けたままピタリと動きを止める。


「リルア・グラナティス。我が魔族の恥。改心したというのはやはり嘘だったか。────捕らえろ」


話すのは、魔王、ディアリ。


何の色も浮かばない表情で、淡々と命令をする。


「嘘ではないのですよ?それに、簡単に捕まると思っていまして?」


ディアリの背後から複数の兵が飛び出し彼女────リルアを捕らえるべく動く。


だが、伸びる兵達の手をヒラリと避け、石の背後へと回る。


「だって、悔やんでいる、と言ったではありませんか。救えなかったことを、ですけど。あ、近づかないでくださいまし。いつでも壊せますのよ?」


くすくすと笑いながら話すリルアに焦りは見えない。逆に、ディアリの方が焦っているようだった。


「……やめろ、それに触れるな」


「あら、ではなぜもっと厳重に結界をかけなかったのです?いくらでもできたのではないのですか?それとも、勇者の管理で手一杯なのかしら」


ゆっくりとした動作で石に触れ、だが目はディアリの方向を見ている。


「条件はなんだ」


「これを壊すこと……なんて言いたいのですけれど。欲はいけませんわよね。では、ここから立ち去るのを見逃してくださいまし。そうすればこれはこのままですわ。きちんと見逃せば、ですけれどね」


「…………いい、だろう」


ディアリのその言葉を止める声が少しだけ上がる。だが、ディアリの目線だけでそれはすぐに消えた。


「ありがとう、なんて言うべき場面なのかしら?言いませんけれど。ふふ、ではみなさん御機嫌よう。またいつか楽しくお会いしましょうね」


言い終えるなりリルアは体の前でパン、と両手を合わせるとその場から消えた。最初から、いなかったかのように。


「ディアリ様。追いますか。まだ近くにいると思いますが」


「……いや、いい。変なものがコレに仕掛けられていたら困る」


ディアリの瞳の色と同じ色の石。


それが発する濃い魔力も、また────。





勇者は、負けた。魔王に。


だがタダで負けたわけではない。


魔王が勇者を殺せない理由。


それは、魔王にかかった1つの呪いのおかげ。



勇者は、負けた。


その時勇者達は魔王に呪いをかけた。


自分達が、また世界を救えるように。




「残念でしたわね。アレを壊せれば魔王様の力をだいぶ削れたのに。ま、仕方ないですわ、アレがある限り勇者は無事。いいことではありませんの」


光が見える。


外への光だ。


リルアはその光に向かって魔王城の中を進む。


「終末の世界。この世の終わり。そうはさせませんわ。まだまだ、楽しく生きていたいですもの」


荒れ果てた街を見下ろし、不敵に、笑う。


「ええ、やってやろうじゃありませんか。不可能に挑戦、というやつですわ」



────例え愚かと言われようとも。

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