風の国 2

「こちらへどうぞ!」


 言われるがままに、私は前をずんずんと進んで行く髪の長い女性の後をついて行った。

服装は国の職員が着るような堅苦しい感じの制服に、私には無い胸の膨らみが窮屈そうに包まれている。


「あの、入国する際の検査などはないのですか?」

「ああ、この国は他と違って入国するのに面倒なことはしないんですよ。ほら、周りを見てみてください。人がいないでしょう?」


そう言われ、改めて周囲を見渡してみると、建物はあるが不気味なくらい人の気配がなかった。聞こえてくるのは風の流れる音くらいだ。


「いない……ですね」

「そうなんです。この国にいるのはここで生まれ育った人がほとんどで、人口も多くないです。それに、この国に来れる人自体、一部の人のみですしね」


そう言って歩みを止めると、女性はくるりと体の向きをこちら側に向けてきた。

その動きに合わせて長い茶色がかった髪が揺れる。


「では、今から入国審査を始めます」


唐突な宣言に、私は体をびくっと震わせて彼女を見た。

表情に先ほどまでの明るさはない。


「さっきは入国審査がないって……」

「いいえ、私は面倒な入国審査を行わないと言いました。決して入国審査がないわけではありません」


ひねくれた回答に私は少しイラッとしながらも、目の前にいる彼女の真面目な表情にあてられ、何も言うことができなかった。


「……入国審査とは何をするんですか?」

「簡単なことです。今から私のいう質問に答えてください」


真剣な表情をしている割には意外と普通だ。

いや、この国は様子を見るに普通ではない。簡単なことだからといって、下手をすれば何をされるか分かったものではない。

私は体を強張らせ、彼女の言うことを聞き間違えないように集中した。


「では質問します。『あなたは何者ですか?』」


なんでもない質問に、私は緊張させていた体を緩め、息を吐いた。どうやら嘘を見抜くことができる魔法を言葉に乗せているようだが、ここで嘘をつく必要はない。


「わたしは––––」


そう判断して答えようと口を開く。


が、その先に続く言葉が出てこなかった。


「わ、わたし、は……」


女性の言葉自体には何らおかしなところはない。しかし、その言葉に含まれている意味が深く心に突き刺さったのだ。


私は一体何者なのか。


自分でもそれが分かっていなかった。

どのようにしてこの世に生まれたのか。

この長い年月を一人で生きてこれたのか。

世界樹を守るという使命感は何なのか。


「あなたは何者ですか?」


再度確認するように問いかけてくる女性の顔には表情がない。いや、私がただ何も見えていないだけなのかもしれない。

心が激しく揺さぶられてうまく考えることも出来なくなっている。

視界が狭い。視線を彼女から外したいのに外すことができない。

背中からヒヤリとした汗が大量に噴出しているのが感じられる。

それでも私はぎゅっと両手を握り、唇を噛んでどうにか意識を保ちながら、エスカという存在が何なのかを必死に考えた。


「……すみません。この質問は少し意地悪でしたね」


とここで、彼女はふっと表情を緩めてそんなことを言ってきた。

真剣な表情は最初に会った瞬間のように緩く、緊張感のある真面目な雰囲気は存在していない。

スーッと体に熱が戻っていくのを感じ、やっと彼女から視線を外すことができた。

一度大きく息を吸う。

そして、次に彼女が言う言葉を聞き逃さないように、もう一度視線を向けた。

それを見た彼女はふふっとにこやかな笑みを浮かべて。


「私はあなたのことを知っています。たぶん、あなたの知らないことも」


その瞬間、一筋の風が目の前を流れた。









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