風の国

 私は一人で草原を歩き続けていた。腰まで伸びた白い長い髪は太陽の光を浴びて輝き、ルンルンとした足取りで旅をしていた。


 ……最初は。


 周りを見渡しても何もない道を、私はただひたすらまっすぐに歩いていた。

 カイルドの持っていた地図を見て、一番近くにある国を目指して歩いているのだが、いくら歩いても何もないのだ。見渡す限り平原が続いている。

 幸い、一人でいることには慣れているのでなんともないのだが、流石に三日間ずっと歩き続けるというのはやったことがない。いつも外で寝ていたとはいえ、初めての旅で多少なりとも不安があり、疲労が取れ切れていないのだ。


「あっ……」


 ほぼ無心で足を動かしていると、唐突に強い風が吹いた。意識を手放しかけていた私は、飛びそうになっていたとんがり帽子を抑えようと腕を動かした。が、その腕が抑えるよりも早く、かぶっていたとんがり帽子が風に吹かれて空に舞い上がっていってしまった。

 世界樹からもらった大切な帽子。それを無くしてしまうわけにはいかない。

 私は背負っていた荷物を地面に置き、空を漂う帽子を追いかける。

 しかし、いくら追いかけても風は止む気配がなく、なかなか帽子が地面に落ちてこない。


「仕方ないですね」


 私は足を止めて、地面に生えている草を一本引き抜き、その草に力を加えた。

 すると、みるみるうちに草は伸びていき、空を漂っていた帽子を葉に引っ掛けた。

 私はこれでも植物に関する魔法なら誰にも負けない自信がある。今まで世界樹の実を守ってこれたのもこの力のおかげだ。

 ゆっくりと地面まで葉の先を下ろし、帽子を回収。


「よかった……」


 私は安堵の息を吐くと、荷物を取りに元の道を引き返し、また旅を続ける。


「ん……んん……」


 帽子を回収してから十分ほど、進めば進むほど風が強くなってきていた。横殴りの強風が、私の進む足を妨害してくる。帽子は抑えていないとすぐはるか遠くに飛んで行ってしまうほどの強い風だ。今飛ばされたら取り戻せないだろう。


「植物たちよ、壁になれ!」


 地面に生えていた植物を急速に育て、それを隙間なく編んでカマクラのようなドーム型の空間を作った。

 この強風が止むまでここで休むことにしよう。

 私はカバンからクッキーを取り出した。これはカイルドが持っていたもので、サクサクした食感に、ほんのり感じる優しい甘みが疲れを癒してくれる気がする。……あくまで気がするだけだ。


「もう少しのはずなんだけどなぁ」


 私は地図を見て、そんなことを呟いた。

 三日間歩き続けてかなりの距離を進んだはずなのだが、一向に目的地に到着する気配がないのだ。

 ぽりぽりとクッキーを食べながら、地図に視線を落とす。

 シワシワで黒ずみかけている地図にはいくつもの国が描かれている。何度見ても読み取りにくい地図だ。


「ん?」


 しかし、よく見てみると、一つ一つの国に名前が付いていることに気がついた。小さく消えかかっていて今まで気付かなかったが、私が今向かっている国の名前も載っている。


風の国ウィンディルム?」


 私が言うと、強かった風がさらに強く吹き荒れた。かなり強度の高いはずの植物ドームが崩れていく。


「くっ––––」


 私はなんとかドームを修復しようとするが、風が強すぎて草をうまく操れない。編み込もうとしても、風が邪魔をしてくるのだ。

 そうこうしているうちに植物ドームが完全に崩れ、風を遮るものがなくなってしまった。

 私は帽子をしっかりと抑えながら、強風に耐えるが、あまりの強風に息をすることも難しく、私はギリギリと歯を食いしばった。

 しかし、風は止むどころか時間が経つにつれて強くなっていく。


「––––!」


 その中で、私は目の前に大きな何かの影が現れたことに気がついた。見渡す限り平原で、私の体を覆うほどの大きな生き物などいなかったはずなのに。

 私は危険を感じ、風に耐えながら構えをとった。

 そして、だんだんと暴風が静かになっていき、そのの姿を目の当たりにして、私は言葉を失った。


「これは……門……?」


 風の中から出てきたのは、先ほどまでそこに存在していなかった、大きな鉄製の門。

 私は不思議に思い、一歩近づいてみると、鉄の門はギギギギッと鉄の鈍い音を草原に響き渡らせながら、門の扉が開かれた。

 扉の先は光っていてよく見えない。


「行ってみる……しかないよね」


 私はゴクリと唾を飲み込み、高鳴る心臓に手を置きながら、ゆっくりと門をくぐった。



「ようこそ! 風と共にある国『ウィンディルム』へ!」


 光の先に進むと歓迎の言葉をかけられた。

 どうやらここは目的地のようだ。


「は、はは……」


しかし、私は目的地に着いた感動と、歓迎に対する反応も考えられなかった。

すぐそこに白い綿わたのようなものがすごい速度で飛んでいる。



 旅を始めて一番最初に訪れた国は、空に浮かぶ巨大な空中帝国だった。

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