見たところ、昌おじちゃんに変化はない。

 しばらくそのままだった桃彦が、ようやく肩の上から手を離した。それでも昌おじちゃんは動きもしない。

「のう、那由多。何でもよい、応じてくれたまえ」

 さすがは未来の男優だ。でたらめなりに、それっぽい。

 昌おじちゃんの目が、ようやく桃彦を捉えた。


「……うん、……やっぱり、人間はだめだな」


 そんな言葉が飛び出した。

 一言目から、思いっきり人類を否定しているのだろうか。

 穏やかでマイペースだと訊いていたが、わりと過激なのかもしれない。

「どのへんが、どんなふうにだめなんだい、那由多よ」

 内心は戸惑っているはずの桃彦は、それでも丁寧に応じている。

「だから、やっぱり人間には入らないみたいだな、って……」


 ……ん?


「あ……、おれはおれのままだよ。那由多は入ってきてない」


 それなら最初にそう言えッ!

 これはさすがに、桃彦が気の毒だ。恥ずかしさで顔を真っ赤に染めている。

「何だよ、もう。ぼくはてっきり……」

「いや、おれも、入ったらどうなるのか、分からないしさ……。判断に、ちょっと時間がかかった」

 桃彦の代わりに、尻を蹴り上げてやりたい気分だ。

「まぁ、とりあえず、方法は今のとおりでいいはずだ。桃子にもアイデアを借りて、お前なりにベストのメンバーを組んだらいいよ」

「……うん、分かった」

「今日はいろいろありすぎて、ちょっと疲れた。晩飯まで横になるよ」

 そう言い残して、昌おじちゃんはリビングを出ていった。

 

「ひとまず、人間以外で、よさそうなものを自由に挙げていこう!」

 空気を変えるために、あえて明るく言い放った。

「そうだね。じゃ、ぼくからいい?」

 頷く前に、もう挙げ始めている。

「とりあえず、チーター。速いし、強いしね」

「いいねー。やっぱり恒河沙?」

「あ、それはまだ。とりあえず、動物だけ考えてる。……で、次はドーベルマン。怖いけど、こないだドッグショーで見たら、意外と目がかわいかった」

「いいねー。犬だから、むしろこっちが恒河沙かな。じゃ、あと一匹は?」

「うん……。これは、ぼくにとってはギャンブルだけど……、カラスとか」

「え!? 鳥系はダメじゃん。触らないといけないんだよ?」

「だったら、チーターも触ったことないって」

 たしかに。

「いや、前回も活躍したみたいだし、せっかくなら、鳥が苦手なのも克服したいなぁと思って……」

 ちょっと欲張りすぎな気もするが、まずは自由な発想だから。

「じゃ、第一案は、チーター・ドーベルマン・カラス、ね。チーターもたしか、市の動物園にいるはずだから……、案外、実現可能かもしれない」

「でも、動物園から連れ出すのはさすがに……」

「いったん恒河沙あたりが入っちゃえば、何とかなるんじゃない? ……そうだ、明日、動物園に下見に行こうよ! アタシも付き合うからさ」

 午前中はバイトの面接だが、午後なら空いている。というより、夏休みの予定は、バイト以外に何も入っていない。面接に落ちたら、完全なる自由人だ。

 さっそくスマホで、動物園の情報を確認しておく。

「……うん、明日は開いてる。……って、コツメカワウソもいるじゃん! あ、ハリネズミも!」

「あんまり強そうじゃないけどね」

「まあね。けど、アタシなら、かわいさ重視のパーティー組むかもなー。コツメカワウソと、ハリネズミと……、あと、白黒のフレンチブルドッグ!」

 鬼退治はしたくもないが、パーティーの空想だけなら、こんなにも楽しい。

「まぁ、そうかもなぁ。どうせ木刀でしか斬れないんだし、居心地のいいメンバーを揃えたらいいのかも」

「そのへんも含めて、明日、動物園で考え――」

 スマホの画面を落とそうとして、ふと、そのニュースが目に入った。


「どうしたの、モコちゃん?」


「……だから止めなって、その呼び方」

 伝えるべきか、少しだけ迷った。が、隠したところで、どうせすぐに知ることになるだろう。

「……また一人、鬼にやられたみたい」

 いくつかのパーツが、それぞれ河口に流れ着いたという。別の町とはいえ、二十キロと離れていない。

「そっか。こっちも急がないといけないね」

 桃彦の両目に、いよいよ真剣みが増していく。

「ねぇ……、止めようってわけじゃないんだけどさ……」

 それでもやっぱり、これだけは訊いておきたい。

「殺されてる人たちって、ぶっちゃけ無関係じゃん、アタシたちと。おまけに、夜中に遊び回ってたり、自業自得? 自己責任? そんなとこもあるじゃん。……わざわざ、アンタが行かなきゃいけないのかな?」

 言っちゃった……。

 当初から思っていたが、さすがに銀じいちゃんの前では言えなかった。できれば桃彦の口から出てくることを願っていた。

「まぁ、最初はちょっと、そう思ったよ」

 穏やかで優しい、いつもどおりの口ぶりだ。

「でも、桃が入ってくれた今は、すごく当たり前のことだと思えるんだ。それがぼくの……、ぼくだけの役目なんだと思う」

 言いながら、傍に置いていた木刀――“銀残”を掴みとる。

「じいちゃんも、父さんも……、もちろん、おじじと吾作さん、あとは吾作さんの子供とか孫とか……、あ、孫はおじじか? ……とにかく、みんなが守って、繋いでくれたんだから。ぼくは、やるしかない」

 その場に座ったまま、木刀を構えた。それだけでも両目の輝きが増している。

「自業自得とか、自己責任とか、まぁ、あるけど。……だからって、死んじゃってもいい人なんて、ひとりもいないから。ひとつひとつ全部の命に、ちゃんと意味があるんだと思う」

 木刀を持ったままでも、それはいつもの桃彦の笑顔だった。

 


 


 

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