いかにも手作りの、不格好な木刀たちだ。

 それでも長年、きちんと手入れされてきたのだろう。二本とも、ムラなく油分が浸透していて、落ち着いた輝きを放っている。

 桃彦の前に並べて置くと、昌おじちゃんは銀じいちゃんに訊いた。

「ってことは、あれも出してくるよね?」

 銀じいちゃんが頷くのを待たずに、またリビングを出ていく。出してくる、といっても、さすがにもうトイレではないだろう。そう願いたい。

「これって、どっちもじいちゃんが作ったの?」

 まだ木刀には触らずに、桃彦が訊く。

「いや、一本だけだ。もう一本は、昌彦が作った」

 あえてぼかしたつもりでも、見た目だけでバレバレだ。片方だけ明らかに、年期が入り過ぎている。どう考えても銀じいちゃんのだ。

「どっちも、あの桃の木から作った。鬼は、この木刀でしか斬れんからな」

「……触っても、大丈夫?」

「あぁ。手にとって、振ってみろ。自分に合うほうを選ぶといい」

 頷くなりさっそく、桃彦は一本を手にとった。

 もちろん、年期の入ったほうだ。自分でもそうすると桃子は思う。何しろ銀じいちゃんは、あと十五分で病院に戻されてしまうのだから。

 それにしても、さすがは銀じいちゃんの作品だ。木刀なのに、鉄製のアンティーク家具のような絶妙な色味を出している。

「あ、思ったより軽い……。うん、いい感じ」

 センスゼロとはいえ、いちおうは剣道の稽古をつけられていた。膝立ちのままながらも、桃彦はそれらしく木刀を構える。


「あ……」


 そう漏らしたきり、桃彦は黙り込んだ。

 それでも、構えた木刀を下げようとはしない。何かを確かめるかのように、そのまま刀身を見つめている。

「どうした、桃彦?」

 銀じいちゃんの呼びかけに、ようやく桃彦が声を取り戻した。


「ぼく……、やっぱり桃が入ってるんだね……」


 どちらかというと、それは嬉しそうに聞こえた。

「一体感がものすごいよ。ぼくの全身と木刀から、しゅんしゅん音が出てる感じ。ひょっとして、聞こえてない?」

 聞こえないよ、全然。

「これなら鬼でも斬れちゃうの、分かる。……うん、こっちも試してみるね」

 いくらか新しめの木刀は、おそらく昌おじちゃんの作品だろう。太さも長さも、ちょうど銀じいちゃんの木刀に揃えている。何の主張もないところが、いかにも昌おじちゃんらしい。

 銀じいちゃんのを上げる意味でも、本人がこの場にいないうちに、こっちを下げておいてもいいだろう。少なくとも、桃子ならそうするところだ。

「……うん、こっちもいいね。やっぱり一体感がすごい」

 これだから困るのだが、桃彦らしいといえば桃彦らしい。

「じゃ、二本とも持っていけばいいじゃん! それこそ、二刀流ってやつ?」

「でも、二本はちょっと荷物だなぁ。やっぱり一本でいいかも」

「あ、だったら、家来の一人を、人間にしちゃうのはどう? で、もう一本は、その男に持たせてたらいいじゃん!」

「あ、そっか。……って、じいちゃん、家来って、人間も選んでいいの?」

「……いや、考えたこともなかったな」

 想定外の質問なのか、銀じいちゃんは明らかに戸惑っている。部外者のくせに、うっかり余計なことを言ってしまったかもしれない。

「あ、やっぱりよくないよ、そんな発想は。人は人の上に人をつくらず、とか何かそんな感じのあるじゃん、ね」

「でも、実際、トドメを刺せる人が二人いたら有利だもんね。試してみる価値はあるかも……」


「だったら、おれが行くよ」


 庭の方から飛んできた声。

 昌おじちゃんだ。

「恒河沙でも、阿僧祇でも、那由多でも、誰でもいい。この身体でよかったら、むしろ使ってほしいよ」

 けなげな笑みを浮かべていたが、ちょうどジジジと飛び立ったセミに、小便を引っ掛けられたようだ。おでこをぬぐいながら、恨めしそうに空を見上げている。

「さ、父ちゃん、あんまり時間ないよ」

 促されて、三人揃って縁側に顔を出す。

 と、庭の真ん中には、すでにあれが仁王立ちで待ち構えていた。


 ずいぶんと久しぶりの、『鬼マシーン』だ。

 


 





 

 


 

 

 

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