止まらない鼻血はない。

 桃彦の鼻血も、ずいぶんと落ち着いてきた。

 三人とも、とっくに縁側からリビングに引っ込んでいる。

 おまけに久しぶりにエアコンが稼働している。何しろ、三人のうち一人は大病人で、一人は鼻血だ。エアコンくらいつけても、贅沢ではないだろう。桃子はさらに、扇風機の強風を顔面に浴び続けている。


「――ん、どうした、桃彦?」

 久しぶりにあらわれたのは昌おじちゃんだ。あれからずっとトイレでしゃがんでいたのか、足元がふらふらしている。

「入ったんだよ、桃が」

 代わりに答えたのは銀じいちゃんだ。

「……え、桃彦に?」

「他に、誰が。まさか、お前には入ってないだろうしな」

 昌おじちゃんは首をすくめながら、横になっている桃彦のそばに寄ってきた。

「……で、どんな感じだ?」

 両方の鼻の穴にティッシュを詰めたまま、桃彦は仰向けに転がっている。それにも疲れてきたのか、答えるついでに半身を起こした。

「何かね、すっごい全身が熱い。したことないけど、ケンカとかしたくなる」

 昌おじちゃんはともかく、桃子はもう何度も聞かされていた。ちゃんと鼻血も出ていたので、丸っきり演技でもないのだろう。それでも、ちょっとしつこさは感じている。銀じいちゃんに悟られないかが心配だ。

「昌彦、あれを持ってきてくれ」

 銀じいちゃんが言った。

「……どっち?」

「俺の……、いや、両方とも持ってこい」

「……分かった。待ってて」

 そう言い残して、昌おじちゃんがリビングを出ていく。


「じいちゃん、鬼退治ってさぁ……」

 半身を起こしたままの桃彦が訊く。

「ぼく一人で行くもんなの? 家来とか、いないのかな?」

 犬、猿、キジ――さすがに、そこまでは言わないか。

 だいたい、その三者からして、どういうチョイスなのだろう。犬と猿はともかく、キジはさっぱり分からない。鷲とか鷹とか、もうちょい攻めてコンドルとかならまだ分かる。


「いるらしいぞ。ちゃんと、三者」


 その銀じいちゃんの言葉に、桃彦の両目が輝いた。

「ほんとに? やっぱり、犬と猿とキジ?」

「いや、違う。少なくとも、おじじと吾作さんの時はな……」

「じゃ、おじじの時と、吾作さんの時は同じメンバー?」

「いや、違う。……ただ、中身は同じだ」


「……中身?」


「あぁ、ヒーローとかゆるキャラとか、ああいうもんだと思えばいい」

「あー、中の人ね。うっかり見ちゃうと幻滅しちゃうヤツ」

 調子よく口を挿んだ桃子だが、その拍子に扇風機が倒れ込んできた。

 何とか両手で防いで、扇風機を元に戻した。よく見ると、そのコードに桃彦がつま先を引っ掛けてしまっている。

 桃子が睨もうとしたときには、もう桃彦も気付いていた。

「……あ、ごめん。どうしちゃったんだろ」

 また鼻血を出されても困るので、責めないことにした。気を取り直して、また銀じいちゃんに向き直る。

「で……、中の人はなんで、毎回、着ぐるみを変えてるわけ?」

「うん、別に、向こうが変えてるわけじゃなくてな……」

 気のせいか、銀じいちゃんの目も輝いている。


「桃の入った人間が……、三者それぞれを、自由に選べるらしい」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る