高菜ピラフのデザートは、やっぱり不味い桃に限る!

 昌おじちゃんとは違って、桃彦は目をつぶらずに、じっくりと桃を選んでいる。

 いちいち産毛を撫でているその手つき。遠めに見つめているだけでも、桃子は鳥肌に包まれてしまう。


「――うん。これだね、きっと」


 そう呟いてから、桃彦はその桃をもぎ取った。

「じゃ、食ってみるよ、じいちゃん」

 銀じいちゃんが頷いて、桃彦も頷いた。視線を逸らそうと思いながら、うっかりそのまま見つめてしまう。

 むしゃり。

 そんな音が聞こえてきそうな、豪快なかぶりつきだ。二口目、三口目と休みなく放り込んでいく。

 軽い寒気に襲われながらも、それでも何とか見ていられる。

「れんれんあまくないひ……、れんれんりゅーしーりゃない……」

 頬張ったまましゃべるので、そんなふうに聞こえた。とりあえず、甘くなくてジューシーでもない。そんなところだろう。

「れんれんおいひくないけろ……、なんか……」

 そこまで言いかけて、桃彦はしばらく咀嚼に集中した。ひとまず流し込んだところで、ゆったりと桃子たちの縁側に歩み寄ってくる。


「何かさぁ……、すっごい、熱い……」


「って、そりゃ暑いよ、アタシも銀じいちゃんも」

「じゃなくて、熱いの、身体が。全身が」

 そっちかよ。

 たしかに、シャツの胸元をしきりにパタパタさせている。

「何か、日本酒のあったかいのを呑んだときみたい。あー、熱い、ほんとに熱い……」

 ついにはボタンを外しはじめた。真上からの強烈な日射しが、桃彦の真っ白な胸元を照らしている。


「そうか……、入ったか……」


 桃じいちゃんが呟いた。

 喜んでいるのか、悲しんでいるのか、あまりにも表情がなくて分からない。

 それは桃彦にもいえる。

 事前の打ち合わせも特にせず、アドリブで調子を合わせるつもりだった。が、思いのほかアクションが大きすぎる。そのくせに真顔なので、何を考えているのかさっぱり分からない。

 隣に腰を下ろしてきた桃彦に、さっそく訊いてみる。

「もうちょっと、具体的にさー。全身って、特にどのへん?」

「全部。頭のてっぺんから、足のつま先まで。ほんとに、全身」

 どれどれ、と桃彦の額に手を伸ばす。

 熱っぽいどころか、桃子の手のひらよりずっと冷たい。ひんやりスベスベしていて、むしろ気持ちいいくらいだ。

 それにしても。

 桃彦の身体に触れるのは、ずいぶんと久しぶりだ。ひょっとして、高校に入ってから初めてかもしれない。

「……熱はないね。気持ちの問題よ」

 邪念を振り払い、それだけを告げる。

「気持ちかなぁ。ちょっと興奮してるかもだけど、ほんとに熱いよ。レッドブルをいっぺんに何本も飲んだみたいに」

 人生でまだ一本しか飲んだことないくせに。それも、桃子のおごりで。


「入ったかどうか、試してみるか……」


 桃彦に向き直った銀じいちゃんが、そう漏らした。

 訊いているようで、もう決めてしまっている口ぶりだった。

「俺の部屋の奥に、刀掛けがある。一番下の段の、一番みすぼらしい木刀を持ってこい」

「うん、分かった」

 頷いた桃彦が、その場ですっくと立ち上がったときだった。

 左右両方の鼻の穴から、ツツーッと真っ赤な筋が走った。

 何の混ざり気もない、きれいな血液だ。唇の端から滑りおりて、顎から地面に滴り落ちていく。

 さすがの桃子も、悲鳴を飲み込むのがやっとだった。

 




 



 

 

 



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