昌おじちゃんは、とにかく弱い。

 何か持病があるわけでもないし、過去に大病や大ケガをしたこともない。定期健診の数値も、いたって正常なはずだ。

 それなのに、しょっちゅう体の不調を訴えている。彼に元気があふれているところを、少なくとも桃子は見たことがない。


 縁側にあらわれた昌おじちゃんは、やはり弱々しかった。

 銀じいちゃん以上に、ミイラやゾンビを連想してしまう。桃が入って覚醒するというのなら、いっそ入ってもらったほうがいいのかもしれない。


「――昌彦、覚悟はいいな?」


 銀じいちゃんの問いに、昌おじちゃんは小さく頷いた。

「分かってる。これでも、物心ついた頃から聞かされてたんだ……」

 守山家の男どもは、どうして疑わないのだろう。

 足元のサンダルを突っかけると、そのまま真っすぐ桃の木に歩み寄っていく。


 貧弱な桃の木には、それでもちらほらと実が成っている。

 そういえば、毎年だいたいこの時期だ。いわゆる桃色にまでは染まらないし、甘みも汁気も足りないらしい。大昔からの野生の種だとは聞かされていた。

「目で選ぼうとするなよ。心静かに、桃に導かれるままに選ぶんだ」

 さっぱり意味不明だが、昌おじちゃんはどうやら本当に目をつぶったようだ。頼りなさげに、ふらふらと桃の枝に手を伸ばしている。

 そのうちに、一つの桃の実を探り当てた。

「それだな。よし、もいでこい」

 銀じいちゃんがそう言ったので、ひとまず視線を外しておく。


 桃子の桃嫌いは、物心がついて間もない頃からだった。

 食べようとした記憶は残っているが、それ自体が最悪の記憶なのだ。

 目の前でパカッと割れた桃の中には、無数のミミズが湧いていた。そのときの全身の毛が逆立つ感覚と、桃の産毛の感触とが、完全に紐づいてしまっている。

 だから、他人が食べる姿さえも、見ていられないのだ。


 昌おじちゃんの食べ終わった気配に、桃子はようやく視線を戻した。

 見たところ、本人には何の変化もなさそうだ。もともと食の細い人なので、桃を丸ごと一個食べてしまって、むしろ苦しそうには見える。

「桃って、どれくらいで入るもんなの?」

 ちょうど桃彦が訊いてくれた。

「おじじや吾作さんは、食べ終わる頃にはもう入ってたそうだ。まぁ、俺や昌彦は歳が歳だから、もうちょい時間がかかるのかもしれん」

 銀じいちゃんはともかく、昌おじちゃんはまだ四十代だ。どうやら外れてしまった感がある。

「まだ、お腹が緩くてさ……。ちょっとトイレ行ってくる」

「だめだよ、父さん。桃が出ちゃうかも」

「そんな、入ったり出たり、忙しいものじゃないって……」

 弱々しい笑顔を残して、昌おじちゃんは家の奥に消えていった。


「――よし。それじゃ、いよいよ、ぼくの番だね」


「待ちなよ、ちょっと」

 桃の木に向かおうとした桃彦を、銀じいちゃんより先に止めた。

「アタシたち、まだお昼も食べてないじゃん。桃なんてデザートでいいよ。ちょっとだけ付き合いなって」

 家に戻れば、冷凍ピラフぐらいはあるだろう。

「あぁ、それがいい。そうしてるうちに、昌彦の結果も分かるだろ」

 さすがは銀じいちゃんだ。おかげで桃彦も頷いてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る