いつからなのか分からないが、この場所に、この桃の木があって。


 いつからか守山家のご先祖さまが、この桃の木と通じるようになって。


 桃の木を守りながら、その力を借りて、あらわれる鬼を退治してきたという。




 そんな銀じいちゃんの話を、桃子はとりあえず真顔で聞いている。


「――たしかに、おじじも今年に見当をつけていた」

 銀じいちゃんは、相変わらず真剣だ。

「ちょうど八十年だし、お前もちょうど十七歳だからな。今年あらわれるなら、お前だと考えるのが自然だろう」

 ひょっとして、桃彦の両親は、それに合わせて子作りをしたのかも。

 自然、という言葉に反するように、桃子はふと考えてしまった。だから、うっかりそんな顔をしてしまっていたのだろう。

「もちろん、子供は天からの授かりものだ。計算できるもんでもない。あくまで偶然の一致だよ」

 わざわざ言わなくてもいいのに。

 おかげで、たった一日違いで生まれた自分の成り立ちについても、うっかり考えてしまった。それくらい、お互いの両親は仲がいいのだ。

 わざとらしい咳ばらいをしてから、銀じいちゃんは続ける。

「だから、いきなりお前に押し付けるつもりもない。そのつもりで、おじじが逝ってからは毎年、俺が一番桃を食ってきたんだ……」

 タブレットの時刻表示に目を落とした。

「だがなぁ……。そろそろ一時間経つが、さっぱりだ。桃はどうやら、俺を選んでくれなかったらしい……」

「選ばれたら、どうなるの?」


「……桃が、入ってくる」


「ん? 消化するとか、吸収するとか、ってこと?」

 それなら当たり前すぎるだろう。

「いや、それとは全然違うんだが……、乗り移られるとか、乗っ取られるとか、そういうのとも微妙に違うらしい。そのへんは、おじじもうまく表現できなくてさ。強いて言うなら……、覚醒した、って感じだそうだ」

 ドラッグがガンギマリしてるみたいで、あまりよろしくない。

「鬼と闘ってるときも、全てがスローモーションに見えてたらしい。実際は、おじじの動きが格段に速くなってたのかもしれんな」

「だから、鬼を退治できたんだね」

「あぁ。ちなみに、鬼を斬るまでは一睡もできなかったらしい。そのぶん三日三晩眠り続けて、目が覚めたときには元の自分に戻ってたそうだ」


 そこまで話してしまうと、銀じいちゃんも元の自分に戻ったようだ。

「今と違って、俺が子供の頃は、夜の楽しみが少なくてさ。こんなタブレットもなかったし、テレビもマンガもしばらく縁がなかった」

 守山家の質素な暮らしぶりは、今でもほとんど変わっていない。

「だから、俺はこの、おじじの鬼退治の話が大好きでさ。……いつか自分もそうなるんだと思うと、楽しみでしょうがなかったよ。お前たちがヒーローやら魔法使いやらに憧れるようなもんだったなぁ」

 嬉しそうで寂しそうな目は、おそらく懐かしんでいるのだろう。

「とうとう最後まで、いつもの不味い桃だったよ」

 この桃の木の桃は、たしかに不味いらしい。みんなそう言っているが、桃子は食べたことがないので分からない。物心がついた頃からのトラウマで、桃がまったく食べられないのだ。


「――ねえ、じいちゃん。ぼく、食べてみてもいいかな?」


 もちろん桃子のはずもない。桃彦だ。

「いや、止めておけ」

 銀じいちゃんは強い口調で言った。

「次は昌彦だ。それに、もしあいつに桃が入らなくても、お前は食べなくてもいい」

「どうして? これまでも毎年、食べてきたのに」

「今年だけは違う。実際にあらわれた鬼が、おじじに聞いていた以上に狂暴すぎるんだよ。大事な孫をそんな危険にさらせるものか、俺もまだ迷ってる」

 こんなバカげた話なのに、どうしてこんなに真剣なんだろう。

「とにかく、お前に何かを強いるつもりで話したわけじゃない。話しておかなきゃいけない、そのときを迎えただけなんだ」

 そんな重大な場面に、うっかり立ち会ってしまっている。このモヤモヤした感情を、いまだにどう処理していいのか分からない。


「ともかく、次は昌彦だ。そろそろ呼んできてくれ」

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