銀じいちゃんは、もう帰って来ていた。

 明らかに縮んでいるが、それでも間違いなく銀じいちゃんだ。縁側にぽつんと座っているその姿は、桃子たちのよく知るものだった。


「――おかえり、じいちゃん」

 先に声を掛けたのは桃彦だ。

「暑いのに、そんなところで……。父さんは?」

「ちょっと腹が痛いらしい。奥で寝とる」

 ちょっと、ね……。

 桃彦の父――昌おじちゃんは、相変わらずのダメっぷりだ。腹痛ぐらいで、大病人の銀じいちゃんを一人きりにするなんて。それならせめて、縁側にでも転がっていてほしい。

「ちょっと待ってて。扇風機、持ってくるから」

 銀じいちゃんの脇を抜けて、桃彦が家の中に入っていく。

 ちなみに、桃彦の家にもエアコンは一台だけある。桃子の部屋のおさがりをリビングに付けているが、めったに使っているところを見たことがない。


 銀じいちゃんとの二人きりも、ずいぶんと久しぶりだ。

 さすがの桃子も、何から話していいのか浮かばない。が、とりあえず沈黙だけは破っておこう。

「また縮んだねー、銀じいちゃん」

 自分でも驚いた!

 よりにもよって、唯一決めていたNGワードが飛び出すなんて。

 慌てたところでもう遅い。ぎこちない笑顔をキープする。

「あぁ、縮んだなぁ。ミイラかゾンビか、そんなもんだ」

 さすがは銀じいちゃん。軽快に笑ってくれている。音量こそ小さめだが、あの懐かしい笑い声だ。

「けど、顔は元気だし。ちょっと安心したよ」

 銀じいちゃんの隣に、並んで座る。

 たしかに、自分よりもひと回り小さいくらいだ。昔はよく、こうやって縁側に座っている銀じいちゃんの膝上に乗せてもらっていたのに。

 かつての桃子の定位置には、小さなタブレットだけが乗っている。

「桃子はどうだ? しばらく顔を見せんから」

「うん、ごめん。部活やめちゃってから、かえっていろいろ忙しくてさ……」

 うっかり嘘をついてしまった。

「おぅ、忙しいのはいいことだ。どうりでいい顔してる」

 それは嘘だろう。自分でも、冴えない顔をしている自覚はある。


 扇風機を手に、桃彦が戻ってきた。

 できれば強風を浴びたいところだが、やはり微風だった。それでも銀じいちゃんにはふさわしいので我慢する。

「で、じいちゃん……、大事な話って何なの?」

 桃子とは反対側――やはり銀じいちゃんの隣に、桃彦も腰を下ろした。

「……おぅ、そうだな」

 ひょっとして、一人きりの孫への個人的な話かもしれない。空気を読んで、桃子がいったん自宅に戻ろうとしたときだった。

「モコちゃんも、一緒に」

 その桃彦の声には、いつになく主張の強さを感じた。

「ね、いいよね、じいちゃん。モコちゃんも、孫みたいなもんだろ?」

 銀じいちゃんは、いったん桃彦に向いてから、すぐにこちらに振り返った。桃子とも目を合わすと、小さく頷いた。


「そうだな。一緒に聞いてもらおう、桃子にも」


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