第456話 差し引きでプラス

「ふーん、随分と余裕じゃない美波ちゃん。卓球経験者なのかしら?」



美波の言葉を聞いた楓さんから剣呑な雰囲気が漂う。



「いいえ。体育の授業でしかやった事はありません。でも負けるなんては微塵も思ってません。」



そんな楓さんを見ても美波は終始そのドヤ顔を崩さない。それがまた楓さんにとっては自分に対する煽りに感じたのだろう。なんともいえない嫌な空気が溢れ出す。



「この前私にやられたのにそんなイケナイ事言うなんて悪い子ね。やっぱりオシオキしようかしら。」



……なんかこの人のお仕置きって言い方性的なアレに聞こえんだけど。てかアレじゃん。楓さんとみくが勝ったら俺の身が危険じゃない?少人数で楓さんと同じ部屋には寝たくないんだけど。


ーーきっとヤラれちゃうよね。



「フッ、この前と同じに行けばいいですね。」



あんまり楓さん煽るなよ。イラっとしたオーラ出てんじゃん。だからなんでお前らは時たまケンカ始めんの?


ーーお前が絡むからだよ。



「あとでたっぷりその身体に教育してあげるわ。さ、来なさい。」



変な空気が漂う中、美波はマイペースにボールを持ち感触を確かめる。そしてドヤ顔を崩す事なくサーブの体勢へと移行する。



「フッ、行きますよ。」


「来なさい。」


「ええでー!!」



美波がボールを手から離し自陣のコート内に叩きつけゲームが始まる。叩きつけられたボールは楓さんたちのコートへと向かう。


それに対するのは楓さんだ。楓さんが鋭い目で美波のサーブを返そうとボールを拾いに行く。そしてそれを先制点は頂くとばかりに出会い頭の渾身のスマッシュを炸裂させる。美波と牡丹は楓さんの一撃に対して触れる事も出来ない。


きっとそう思っていたはずだ。でもそんな楓さんの予定を狂わす自体になる。楓さんが美波のサーブを返そうとボールを拾いに行ったが、



「あれ……?」



ラケットがボールに当たらず空振りをした。コンコンとボールが卓球台を跳ねている。それを楓さんは怪訝な目で見ていた。



「流石です、美波さん。」


「フッ、ありがとう。」



牡丹はにこやかに美波を称えているが美波は相変わらずのドヤ顔だ。楓さんが空振りねぇ。運動神経も抜群の楓さんが卓球が苦手とは思えない。たまたまのミスか?



「ドンマイドンマイ!!ミスぐらい誰だってあるでー!!楓チャン、気にせんとこ!!」



みくが楓さんを気遣う。みくはいい子だな。


ーーお前が絡まなければ基本みんないい子だよ。



「…ええ、ごめん。もっと集中するわ。」



楓さんの目の色が変わる。決してさっきまでふざけていた訳ではない。超本気になったんだ。これは相当手強いぞ。



「フッ、行きますよ。」



楓さんもみくも答えない。勝負に集中している。見ているのは美波の動きだけ。五感全てがそれだけの為に動いている。


美波が2投目を放る。先程と同じコースだ。楓さんに油断も慢心も無い。確実にボールを返す事に徹している動きだ。慎重かつ鋭い動きで美波のサーブを返そうとボールを拾いに行くが……また楓さんは空振りをはした。



「そんな…馬鹿な…」



楓さんは驚愕の表情を見せる。その出来事が理解出来ないのだろう。今度はスマッシュに行った訳では無い。慎重に慎重を重ねて先ずはボールを返す事に徹した。それでも楓さんは空振りした。



「楓チャン、卓球苦手?」


「そんな事はないんだけど…」


「疲れとるんちゃう?それかサーブ拾うん苦手なんかもよ。ウチがサーブ拾うから楓チャンは追撃に備えて。」


「……わかったわ。」



楓さんが納得いかない顔をする中、美波は変わらずのドヤ顔。これはなんかあるな。ちょっと真剣に俺もみとくか。



「フッ、準備はいいかしら?」


「おっしゃこーい!!」



みくの合図を聞くと、美波は同じようにサーブを放る。みくは鋭い目でボールを追い、会心のリターンを決めようとする。


が、



「ありゃ……?」



楓さんの時と同じようにボールに触れる事なく空振りをする。はーん、なるほどね。美波のドヤ顔の理由がわかったわ。



「んなアホな…だってちゃんと…」



みくが今起きた事が信じられないと言わんばかりの顔をしている。あまりのショックに時が止まっているかのようだ。

そしてそんな中、楓さんが口を開く。



「…変化球。」


「え?」


「少し離れて球だけを見ていたからわかったのよ。美波ちゃんが打つ球は変化した。間違いなくあれは変化球よ。」



そう。美波のサーブは変化球だ。野球でもそうだが素人が変化球を打つ事は無理。偶然当たる事はあってもそれは所詮マグレ。訓練をしなければ変化球打ちなんかまず出来ない。ま、変化球を投げるのはもっと無理だけどな。美波は経験者なのか?あー、テニスか?それを応用してんのかな。テニスやってると卓球もうまいもんな。俺の友達である有弥はテニス部だったが体育の授業でやった卓球の時、クソ強かったのを覚えている。そういえばアイツも変化球使ってやがったな。



「変化球って…そんなんどうやって対処すれば…」


「大丈夫よ。ネタが割れてれば怖くない。一気に叩きのめすわよッッ!!」



ーー




ーー



ーー


と、気合い充分の楓さんであったが、美波の変化球にカスる事すら出来ずにストレート負けを喫した。



「素晴らしいです!流石は我が師!!」


「フッ、こんなのどうって事ないわよ。」



過去最高にドヤってやがる。今までで一番美波が活躍してる時だから仕方がないが変化球使うのは卑怯じゃね?


ーーうん、そうだね。そいつ失格にしなよ。



「き、汚いわよ美波ちゃんッッ…!!!変化球なんて卑怯じゃないッ!!!そもそも経験者なんてズルいわッ!!!」


「そうやそうや!!!ズルいで美波ちゃん!!!」



楓さんがめっちゃ怒っとる。この表情初めてだから新鮮だな。



「変化球はズルくなんかありませんっ。立派な戦法ですっ。それに私は卓球経験者じゃないですよ。テニスを応用しただけです。ラケットを持つスポーツなら負けませんっ!」



ーーあんまり語りたくはないが美波は実は結構凄い。テニスの全日本学生選手権ではシングルスで準優勝している。ダブルスにおいては優勝なのだ。



「審判ッッ!!!私はこの試合の無効を主張しますッッ!!!」


「いや有効でしょ。何言ってんですか。」


「そんなッ…!?なんでッ…!?」


「だって別に美波はズルしてないし。ま、卑怯かもしれんけど。」



楓さんが口を尖らせて怒っている。この人も意外と子供だな。まったくしゃーねーなぁ。


ーー慎太郎が楓に近づき頭を撫でる。楓も含め、周りで見ていた連中も頭の中がクエッションマークとビックリマークでいっぱいになる。



「ほらほら、楓さんもダダこねないの。頭撫でてあげるから納得してよ。ね?」


「……もうちょっとしてくれるなら別にいいけど。」



ーー楓の要求に応え、慎太郎は頭ナデナデを継続する。

念の為言っておくが、慎太郎は卓球を早く終わらせて観光に行きたいだけだから楓ちゃんもぶりっ子も特別扱いしている訳では無い。でも楓ちゃんは頬を染め、差し引きで相当プラスだからまあいっかと思っている。

それをヤンデレクイーンは凄い目で見ていた。

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