第445話 朝風呂にて

「さってと!それじゃ温泉行きますか!」



ロードワークから帰った俺たち。ホテルの通路を歩き、部屋へと戻る道のりを俺はウキウキしながら歩く。夏でかなりの汗をかいたこの身体。早く清めなければ。温泉で。俺の楽しみ、温泉で!!



「楽しみだなー!!このホテルは3種類の温泉があるらしいんだよね!!朝はどれに入っちゃおっかなー!!」


「……。」



ーーめっちゃウキウキしてる。今の美少女化してる見た目でウキウキしてるの姿は最高に可愛いわ。でも肝心な事忘れてるんじゃない?



「あのさ、タロチャン。温泉行くん?」


「もちろん。こんな汗かいてるし、昨日風呂入ってないし、絶対行く。」


「お部屋のシャワーやなくて?」


「はっはっは、なんで温泉があるのにシャワーなんだよみく。」


「更衣室で着替えるの?」


「更衣室で着替えなきゃしゃーないだろ?なんか変だぞみく。」


「女子更衣室で?」


「なんで女子更衣室で着替えんだよ。捕まるわ。」


「だってタロチャン今は女の子だよ?」



俺は足を止める。いや、膝から崩れ落ちた。そうだった。俺は今は女だった。えっ!?これじゃ温泉行けないの!?そもそも更衣室の問題よりも女湯にしか入れなくね!?ダメじゃん!?



「えっ!?どうすればいいの!?」


「室内シャワーしかないんじゃん?」


「えっ!?室内風呂って温泉かな!?」



ーーみくがスマホをポチりーの。



「温泉ではありませんって書いてある。」


「がはっ…」



ーー慎太郎が両の手もついて四つん這いになる。



「マジか…温泉入れんのか…俺の楽しみだったのに…」


「別に女湯入ればええだけやない?」


「いや…それはダメじゃない…?人としてダメでしょ。」


「他の人の身体見る事になるから?」


「うん。」


「そんじゃ目瞑ればえーやん。」


「温泉入ってる時はそれでいいけど、歩けないじゃん。着替えも出来ないし。」


「ウチが手を引いて連れてってあげればえーだけやない?着替えもウチが壁になってあげるし。ウチの下着ぐらいなら見ても別に罪悪感ないでしょ?一緒にお風呂入ってるし、裸で抱き合って寝たんだし。」


「ちょっ!?ここでそれ言うなよ!?牡丹に聞かれたらどうすんだよ!?惨劇だよ!?血の惨劇だよ!?牡丹ナメてっと死ぬからなマジで!?」


「はいはい。んで、どーする?それなら温泉入れるよ?」


「……ちゃんとタオルで身体隠す?」


「温泉入る時は隠さないよ?タオルを湯につけるのはマナー違反やから。」


「……みんなに言わない?特に牡丹。」


「うん。タロチャン次第やけど。」


「条件付きかよ!?」


「嫌ならえーです。さてと、汗かいたから温泉入りに行こ。」


「待て待て。わかったよ。条件聞くよ。聞くだけだけど。」


「茨城帰ったら2人で1泊デートかな。」


「それはハードル高すぎだろ。みんなが黙ってないぞ。せめて内緒の日帰りデートだろ。」


「んー…それで手を打つか。いつ?」


「んじゃ19日の日曜だな。」


「約束だよ?」


「おう。」


「そんじゃ部屋から着替え取ってきて行こっか。」




********************




「ふいー…温泉最高だな…あぁ…気持ちいい…」


「今のタロチャンの見た目でその台詞は違和感あるんやけど。」



ーーうん、おっさんくさいね。



「みくもこの年齢になりゃわかるよ。自然と声が出ちゃうんだぜ。それにしてもまさか誰もいないとは思わなかったな。」



かなり広めの大浴場。ガラス越しに外を見れば露天風呂へと続く通路もある。そんな場所で客は俺とみくだけ。まさに貸切状態だ。



「朝早いとみんな入らんのかな?はしゃいどるのってウチらだけかも。」


「それはあるかも。高級ホテルなんだからそこを利用する客もみんな育ちが良いんだろ。ひよっとしたら室内シャワーしか使ってないかもな。」



そういう上流貴族の方々の生活はわからんけど大衆浴なんてするイメージないもんな。楓さんが特別なだけでお高くとまってるイメージだし。



ーーウイーン



そんな事を考えてると浴場と更衣室を仕切る自動ドアが開いた。客だ。湯気で曇っているから姿は確認出来ない。いや、別に見たいわけじゃないよ?なんかしらんけど性欲全然湧かないんだよね。なんだろう、歳なのかな。



「あ、他のお客さん入って来たね。」


「だな。ちょっと後ろ向いてるから動向チェックしといてな。」


「はーい。あ、シャワー使って身体流しとるね。手洗いやけどボディーソープ使って身体も洗ってる。立ったままやからそのままこっち来るかも。マナー出来とる人やね。」


「ま、お高いホテルだから育ちが良いんだろ。てか、こっち来るのか。距離が近かったら離れような。」


「うん。湯気であんま見えんけどめっちゃスタイルええんやけど。美人オーラ出とるし。」


「ほう。」


「ムラっとする?」


「いや、それがさ、最近全然ムラムラせんのよ。普通ならみくとこんだけ密着してたらさ、ぶっちゃけ襲いたくなって我慢するの大変なんだよ。襲って捕まってもいっかなー、とか実は思ってたりしてたんだよね。」


「随分とぶっちゃけたね!?なんかちょっと恥ずかしくなって来たよ!?」


「それなのになーんも思わねーんだよね。ちょっと恥ずかしいだけ。病気かな?」


「ウチに聞かれてもなぁ。男のコの性事情はわからんし。」



ーーそもそもお前はJKにナニを言ってんだよ。



「あ、こっち来た。」


「来たのかー。」


「やっぱスタイルええわ。こっち来るから湯気が薄くなってハッキリしてきとる。やっぱ顔立ちも凄いキレ……あれ?ノーチャンやん。」


「えっ?」



俺は反射的に背後を向きそうになるが寸前で止まる。別にノートゥングの裸が見たいわけじゃない。さっきから言ってるけど性欲が湧かない。ただノートゥングって名前に反応しただけだ。どうしよう…不能になって来たんだろうか…まだ一回も使ってないのに…



『むっ?なんだ貴様らか。部屋におらんと思ったらこんな所に2人で来ておったのか。』


「朝のロードワーク行って汗かいたから来たんだよ。ノーチャンは今お目覚め?」


『ああ。昨夜は風呂に入らないで寝てしまったから気持ち悪くてな。それに温泉とやらに興味がある。』


「なんだ温泉知らないのかよ?」


『何をジロジロと見ておるこの変態が。そんなに妾の身体が見たいのか?』


「朝から当たり強いって。てかさ、それなんだよ。」


『それ?』


「性欲が湧かないんだよ。」


『貴様は朝から何を言っておるのだ。』



ーーまったくですな。



「とりあえず中入りなよ。初温泉はきっと最高だぜ。」


『ふむ。そうだな。』



ノートゥングが温泉に足を入れる。そしてそのまま腰を落とし湯船へと浸かる。



『んっ…あぁ…良いな…』


「だろ?」


「なんかノーチャンの声卑猥なんやけど。」



ーーそれでも慎太郎は全然気にもしないんだよね。湯気で曇ってるからハッキリとは見えないけど、ノートゥングはタオルで隠したりしてないから裸を見てるんだよ実は。それでも慎太郎は全然興奮していないの。



『それで、話の続きはなんだ?』


「ああ、だから性欲全然湧かないんだよ。普通ならノートゥングとみくみたいな美人と美少女に囲まれて混浴してたらムラムラしてどうしようもなくなってるはずなんだ。でも今こうしてても全然なの。湯からはみ出てるお前らの胸に視線いかないし、視線落としてもなーんとも思わないんだよ。」


『ふむ。』


「タロチャン疲れてるんやない?」


「いやね、疲れてたらもっとムラムラすんだよ。逆に凄いの。」



ーーコイツらなんの話をしてんの。



『タロウ。それはいつからだ?』


「性欲湧かないのがって事?いつからかな…」


『貴様が女になってからではないか?』


「あ!!そうだわ!!イベント行ってたりしてるから時差ボケみたいに時間軸おかしくなってるけど女になってからだわ!!」


『やはりな。』


「あー、なんとなくわかったかも。」



ーーうん、私も。



「え、なんで?」


「個人差はあると思うけど、女の子って別にえっちしたいとかあんまり思わないんだよ。」


「えっ、そうなの?」


「うん。好きな人と一緒にくっつかってたり、ちゅーしたり、手繋いでたりする方が満たされるし、それで満足しちゃうと思う。」


『ああ。一緒にいる空間があって、温もりを感じられればそれで良い。口づけをしたいとは思うが、性行為をしたくて堪らないとは思わんな。』


「……。」


『そして貴様は妾たちの話を聞いて納得しておるだろう?いや、共感しておるだろう?』


「えっ?なんでわかんの?」



ーーそう、慎太郎は2人の話を聞いて激しく同意していた。現にキスはしたくて堪らないし、抱き締められたいと思っていた。



『簡単な話だ。貴様は心も女になって来ている。』


「そうなの!?」

「やっぱり。」


『このままでは仮に男に戻っても貴様は不能になるかもな。』


「それダメだよね!?」



んなアホな…。でも…ノートゥングの言ってる事は間違ってないと思う。ヤる事よりもキスとかハグしたいって思ってる。いや、あかんやつですやん。緊急事態ですやん。



「でも確かにそれはあかんのとちゃう?えっちしたいとはあんまり思わないけどタロチャンに愛されたいっては思うから不能になったら困るなぁ。」



ーー朝から温泉入って何の話をしてんだよコイツらは。



『そうだな。この状況が良くないのは確かだ。では朝食を終えたら行くかタロウ。』


「え?どこに?」


『阿呆。ダンジョンに決まっておろう。その呪いを解くアイテムがあるとすればそこしかあるまい。このままではいつ呪いが解けるかわからんし、その前に貴様が完全に女になってしまうかもしれん。それだと厄介だからな。』


「え?なんでノートゥングが厄介なんだ?」



ーーポロっとしゃべっちゃうのがノートゥングのドジなトコだよね。



『……ミナミが困るだろう。』



ーーまあ、一応は誤魔化せたかな。気持ちを慎太郎に言っちゃえばいいのに。



『とにかく!!!朝食を食べたらダンジョンだ!!!わかったな!?』


「お、おう…てかまたオレヒスやんのか…頻度多すぎて疲れてきた。」


「ウチは行けんから応援するしかないなぁ。」


『安心せい。妾がきちんと此奴を男にしてみせる。』


「そこだけ聞くといかがわしい事するみたいなんだけど。」


『そうと決まったらさっさと出るぞ。あ。髪を洗ってからな。』


「お前って実はちゃんと女の子やってるよね。」



ーーこうして慎太郎を男にする為ノートゥングが一肌脱ぐのであった。


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