第435話 雷帝から雷神へ

【 楓・牡丹 組 埠頭(夜) 】



ーーブルドガングの奥の手ブリッツ・デア・シュナイデアングリフがウコンバサラに叩き込まれる。斬り口から聖剣に纏わせた電撃が全身に駆け巡る。雷耐性を持つウコンバサラでも相応のダメージは間違いない。だが、それだけで致命傷になる程のダメージでは無い。すぐにウコンバサラは聖斧でブルドガングを殺そうと反撃の態勢へ躍り出る。初めてウコンバサラが本気になった瞬間だ。

しかし、背後から強烈な一撃を浴びせられ予定は狂う。楓が振り絞るように出したアレス・シュトラーレンだ。



『しつこい雌だ…!!!往生際が悪いぞ!!!』



残りカスのような一撃の為、これまた致命傷にはならない。ならないが役目は果たした。




『ガハッ…』




ーーウコンバサラが背後から心臓を貫かれる。心臓から飛び出ている刃を一度見た後に首だけを動かし背後を見る。



『”神”であるこの俺が…まさかヒトに…敗れるとは…』


『アンタが本気でやってたんならアタシたちは勝てなかった。敗因はアタシたちをナメきってた事よ。』


『ククク…今回は負けておいてやろう。だが、次に会った時は死より恐ろしい目に合わせてやる。覚悟しておくんだな。』



ーーウコンバサラが恐ろしげな笑みを浮かべながらブルドガングを威嚇する。そして、身体が固体を保つのをやめ、分解され始めていく。蛍の光のような細かい発光体だ。その分解された身体のカケラがブルドガングの聖剣に吸収されていく。それを見たウコンバサラは眼を見開き驚愕の様相を見せる。



『なっ、何故俺の身体が貴様の剣に吸収されていく!?聖符に戻されるはずであろう!?』



ーーウコンバサラが喚くが身体の分解と吸収は止まらない。余裕が無くなったウコンバサラはブルドガングに対して命乞いをする。



『ま、待てッッ!!剣を抜いてくれッッ!!俺に対する不敬は不問にするッッ!!だからーー』



ーー必死でブルドガングに命乞いをするウコンバサラだが、ブルドガングは非常に冷たい眼差しで見つめる。



『情けない男。アンタが本当に神様だって言うんなら今際の際ぐらい誇り高くいなさいよ。』


『ま、待てッッーー』



ーーその言葉を最期にウコンバサラの身体が全て聖剣に吸収される。

これにて雷神ウコンバサラとの戦いは幕を下ろした。





『ふぅ…』



ーー戦いを終えたブルドガングは大きく息を吐く。魔力をほぼ使い切った為疲労感が半端ない。本当にギリギリの戦いであった。



「お疲れ。」



ーーブルドガングの元に楓が現れる。



『何よ、物凄く疲れた顔してんじゃない。』


「それはお互い様でしょ。」



ーー外傷こそ無いが楓の顔色は良く無い。完全に魔力を使い切ってしまった為立っている事すら苦痛なぐらいだ。



「私の思い描いた通りになって良かったわ。ちゃんと吸収出来たみたいね。」


『まさか本当にそうなるなんて思わなかったわよ。聖剣を通してどんどん身体の中に雷の力が流れていくのがわかるわ。なんか身体が元気になってきたもん。』


「私にも影響あるのかしらね?さっきより少し気持ち悪いの治って来たわ。」



ーー多少ではあるが、楓の顔色が良くなって来た。身体のふらつきも治り普通にしていられるぐらいにはなっている。



『やたらとバリバリ言ってるし大丈夫なのかなコレ。』




ーー




ーー



ーー




ーー戦いの結末を見届けた牡丹。見張りをしていたグローリエが加勢に行った為、坂崎を見ながら楓たちの戦いを見ていた。



強い。強いのは知っていたがここ最近で強くなり過ぎている。楓さんとブルドガングさんの2人でかかっても、あのウコンバサラというモノには遠く及ばない程の力の差があったのは明白。それでも楓さんはグローリエを巧みに操り、屋外であまり役に立たない《爆破の種》を身体能力の上昇のみに使っての底上げ、そしてウコンバサラを言葉巧みに煽って冷静さを失わせた。それで絶望的なまでの戦力差を五分にまで詰め、結果として勝利を収めた。凄いとしか言いようがありませんね。私も楓さんに負けぬよう日々精進しなくては。



(ボタン)



ーー牡丹の心に何者かが語りかけてくる。



「クラウソラス…?どうしたの?」


(私をそちらへ出して頂けますか?ブルドガングに伝えなければならない事があります。)


「うん、わかった。待ってて。」



ーー牡丹が前方に魔法陣を展開させ、クラウソラスを召喚する。



『ありがとうございます。では向かいましょう。』


「うん。」




ーー牡丹とクラウソラスが楓とブルドガングの元へ向かう。2人もそれに気づく。



「牡丹ちゃん、お疲れ様。」


「お疲れ様です。」


「ありがとう、助かったわ。牡丹ちゃんが坂崎を見ていてくれたからグローリエを動かせた。牡丹ちゃんがいなかったらシールドが破られてたもの。」


「お役に立てたのでしたら良かったです。」


『んで、何でボタンはクラウソラス出してんの?』


「クラウソラスがブルドガングさんにお伝えする事があるそうです。」


『え?』



ーー3人がクラウソラスを見る。クラウソラスは神妙な面持ちで話し始めた。



『ブルドガング、貴女は神を喰らいました。それにより神の力を得た。もはや貴女は”剣”では無く”神”です。これは間違い無く”彼らの計画”とは違う未来。新たな”神”は誕生したが”剣”を失った。』


『もう何言ってんのか全然わかんないんだけど。』


「クラウソラス、ブルドガングじゃないけどそれでは私もあなたが何を言っているのか全然わからないわ。もう少し詳しく話してもらえるかしら?」


『申し訳ありませんがそれは言えません。私の契約ではそれを話す機会は与えられていないので。』


『肝心な事が言えないならアンタは一体何をアタシに伝えに来たのよ。』


「そうだよ。ブルドガングさんの言う通り。それを言ってくれないとクラウソラスが何を言いたいのかわからないよ。」


『ボタン、すみませんが契約は絶対なのです。それに、私が伝えたいのはそれの詳細では無く、ブルドガングの力の事です。』


『アタシの力…?』


『じきに聖剣から流れている神の力が貴女の身体に馴染みます。ですが、貴女が神の力を使うにはまだ早い。貴女はまだ赤子に過ぎない。神の力を使うには時間と鍛錬が必要です。』


『じゃあどうすりゃいいのよ?戦うなって事?』


『そうではありません。神の力を使わなければ良いのです。いつものようにしていれば戦う事は出来ます。それでも以前の貴女より数段上の実力になっているので不都合は無いでしょう。ただ、もしもまた”神”と対峙する事があったら貴女は”神化”しなければならなくなる。そうなった時は…貴女が”神化”出来るのは3分程。それを超えれば貴女の力は息切れを起こしどんどん減っていきます。それどころかカエデにも影響を及ぼし共倒れになる。肝に銘じて下さい。』


『ヤバい奴と出くわしたらソッコーで倒せって事ね。オッケーオッケー。でもさ、肝心なその”カミカ”?ってヤツはどーすりゃなれんの?』


『気合を込めるようにすれば出来ます。お手本をお見せします。』



ーークラウソラスの眼に蒼い焔が灯る。すると、周りの大気が震え出し、地は揺れ、恐ろしい程のプレッシャーが周囲に立ち込める。それを目の当たりにした牡丹たちはクラウソラスが味方だとわかっていても身体が震えてしまった。



『このような感じです。あのウコンバサラという三流神は終始貴女たちを侮っていたので”神化”しませんでしたが本来なら勝負になっておりません。今後は油断なさらないようにして下さい。』


「…勉強になったわ。」


「クラウソラス、まだそんな力を隠していたの?」


『すみません、ボタン。この力を出さなければならないような相手と出くわしていなかったから伝えていませんでした。』


「そっか。でも…凄いね、その力。今まで出会った誰よりも遥かに強大で恐ろしい。」


『んじゃさっきのアイツもクラウソラスぐらい強かったって事?』


『それはありませんね。彼は三流神、私とでは格が違います。それでも以前の貴女では絶対に勝てません。”神”を討てるのは”神”です。唯一、剣聖だけは”神”を討つ事が出来る存在ですが。』


「剣聖?バルムンクの事を言っているのかしら?」


『はい。剣聖バルムンクは特別です。唯一無二の存在。』


「どういう事?あなたの言葉の意味がわからないわ。クラウソラスの力が他とは明らかに違うのはわかっていた。でも、ブルドガング、バルムンク、ノートゥングの実力にそこまでの差があるとは思えない。」


『それはタロウの”憑依”状態しか見ていないからでしょう。”具現”された彼女の力は今までの比ではありません。そして全てのゼーゲンが揃い、私たちの力が完全に解放された後にこそ剣聖の真の力が発揮されます。』


「それはそれだけ圧倒的な力を持つあなたでも敗れるって事?」


『フフ、そうですね。やって見なければわかりませんし、負けるつもりもありませんが、可能性として五分かと思います。』



ーークラウソラスを除く皆が怪訝な顔を見せる。とてもじゃないが現実味のない話なのでそれを受け入れる事が出来ない。寧ろ失礼を承知で言うなら彼女たちの中で剣聖バルムンクは一番弱いとさえ思っていた。それがこの身体が震える程のプレッシャーを放つクラウソラスを倒せる可能性があるなど到底信じられない。



「ちょっと想像出来ないな…クラウソラスを疑う事なんてあるわけないけど…」


『良いのですよ、ボタン。いずれそれはわかります。それに剣聖は私たちの仲間です。それならば何も考える事は無い。今はこの件は置いておきましょう。それではブルドガング、一度やってみて頂いてもよろしいですか?』


『ん。こうかな…?』



ーーブルドガングの眼に蒼い焔が灯る。クラウソラスがやったのと同じように周りの大気が震れ始め、地は揺れ、身体が震える程のプレッシャーが周囲に立ち込める。



「凄い…」


『出来ましたね。やはり私とあまり変わらないぐらいの力を貴女は得ましたね。』


『え?そうなの?』


『はい。雷の力を持つ貴女が雷神を喰らった事でウコンバサラを遥かに超える力を得た。素晴らしいですね。』


『じゃあ今ならクラウソラスに勝てるかもって事?』


『それは無理です。私と貴女ではまだ随分差はあります。そして何より貴女が”神化”していられる時間は3分程。これでは勝負にならないかと。相当な鍛錬の後になら良い勝負になるかと思いますが。』


『んー、そっか。でもまーいーや。あんだけあったアンタとの差がそこまでになれたんなら。後で前にやった模擬戦のトコでひと勝負してよ。』


『良いですよ。』



ーーブルドガングとクラウソラスに笑みが浮かぶ。仲間であり、友人であり、好敵手である。そんな関係性は素晴らしいね。



『それともう一つ伝える事があります。『ゼレ』の技は乱発しないようにして下さい。』


『何それ?』


「ウコンバサラが使っていた奥義の事でしょ?技の発動の時に言ってたじゃない。」


『長ったらしいから聞いてない。』


『『ゼレ』は神が使う技です。身を以てわかったかと思いますが強力です。ただ、貴女はまだ赤子、その状態では身体がもたない。』


『奥義は使うなって事?』


『『ゼレ』を使わなければいいのです。使うのなら許可できて日に一発ですね。カエデのゼーゲンが揃った後に目覚める上級奥義以上なら『ゼレ』は使う事はお勧めしません。技の逆流も伴うと思います。』


『わかった、がんばる。』


「あなた考えるの面倒臭くなったから適当に言ってるでしょ。」


『アハハ、それはカエデが考えてくれるでしょ?』


「やれやれ。」



ふふふ、やはりこの雰囲気は良いですね。私はこのふわふわとした空気が好きです。



『私からは以上です。』


「それじゃ坂崎始末して戻ろっか。」


『そうね。』


「後は…戻った時にアリスちゃんがいるかどうか…ううん、違うわね。いるかどうかじゃない。いるに決まってるわ。」


「はい、そうですね。」



そうですよアリスちゃん。いないなんて事は母は許しませんからね?


ーーおい。

はあ…もういいか。こうして牡丹ちゃんの組はブルドガングが”神”の力を手に入れ、より一層、楓ちゃんがパワーアップして幕を閉じたのであった。



















「いやー、ホントに戦神ウコンバサラを殺しちゃったよ。まさか剣帝が…あ、雷帝か。雷帝が”神”を倒すなんてね。」



ーー坂崎を殺し、リザルト部屋へと転送された牡丹たちが消えた夜の埠頭。薄気味悪いその場所に夜ノ森葵と久我カルディナが現れる。



「三流神とはいえ、剣聖以外に”神”が討てるなんて思わなかったなぁ。」



ーー葵が凄くご機嫌な様子で一人呟く。楓とブルドガングの勝利がとても嬉しいのだろう。


ーーだが、葵とは対照的にカルディナは非常に不愉快そうに見える。その綺麗な顔をやや歪ませ、腕を組みながら何かを考えている。



「…あなた、本当にそんな呑気でいいの?」


「え?なにが?」


「雷帝が雷神になったのよ?”神”が消えた。そして”剣”が消えた。」


「そりゃーそうでしょ。」


「流石に私だって本当に芹澤楓のシナリオ通りになるなんて思っていなかった。でも結果はこうなった。オルガ二のシナリオとは全く違うものになってしまった。アインス様にしてもツヴァイ様にしても想定外なんじゃないかしら。」


「んー…これってそんなに重大なこと?私にはあんまりわかんないんだけど。」


「さっきも言ったけど、ブルドガングはフラガラッハ、ブリューナク、クラウソラスに匹敵する力を得る事になるかもしれないのよ。いいえ、匹敵する力を得たわ。」


「でもそれはマズイ事じゃないんじゃない?楓ちゃんはウチら側に引き込むわけだし。」


「その前に始末されるんじゃない?今なら蘇我、天栄、矢祭ら全員とマッチアップさせれば芹澤楓は死ぬわ。それか噂の水口杏奈をアインス様が動かせばそれで終わる。」



ーーカルディナの言葉に葵は黙る。



「それに何より芹澤楓たちが私たちの言う事を聞くかしら。」


「それは聞くでしょ。ちゃんとツヴァイには算段があるから。」


「それって何なの?」


「ダメダメ。それは教えられないよ。」


「…ま、いいわ。でもツヴァイ様は少し甘いんじゃないかしら。芹澤楓は簡単に言う事を聞く女じゃないわよ。それは覚えておくことね。」


「ご忠告有り難く頂戴します。」


「それじゃ戻るわよ。きっとリッターオルデンも全て集められると思うから。」




ーー葵とカルディナが空間から離脱する。

楓の行動により運営側に大きな問題がもたらされた。計画の変更。当然この事を楓は知らない。



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