第421話 狂い始めた歯車
買い物を終えた俺たちはホテルへと戻って来た。結局コイツらのチョイスした服を買わされたし、ノートゥングの奴は俺の電子マネー使い切るしでロクな事がねぇ。やっぱ井戸子の呪いじゃねーの。1週間後に死んだらどうしよう。
「お腹も空いたし夕食食べに行きましょうか。それともルームサービスにする?」
俺はルームサービスのがいいなぁ。だってさ、この高級ホテルだよ?そこに入ってるレストランなら色々と面倒くさそうじゃん。それなのにノートゥングを連れて行くのは絶対マズいって。もしもメシがノートゥングの口に合わなかったら暴れ出しそうなんだけど。
ーーお前ノートゥングの事なんだと思ってんの?
「ウチは正直部屋に持って来てもらえるんならそっちのがありがたいなぁ。ほら、ウチって育ち悪いからさ。テーブルマナーなんてわからんもん。そもそもナイフとフォークが上手に使えんし。みんなに恥ずかしい思いさせちゃうだろうから。あはは。」
ーーみくは気まずそうにそう話す。それを聞いた慎太郎は真剣な表情で口を開く。
「みく、そんな事俺らが恥ずかしいなんて思うわけないだろ。それにな、メシ食ってる時にもしもそんな事で笑う奴がいやがったら俺はそいつを許さねぇ。警察沙汰になったとしてもブチ回してやる。」
「タロちゃん…」
ーーお前が警察沙汰になったらアリスはどうすんだよ。まったく。でもそれがお前の良い所だよ。
「ウフフ、ならタロウさんが捕まったら私が弁護してあげます。そしてみくちゃんを愚弄した輩を訴えて徹底的に追い込んでやるわ。」
「楓チャン…」
…なんか怖いぞ。この人は敵に回したくねーな。ケツの毛までむしり取られそうだ。
「私もそんな人は絶対許さないっ!みくちゃんは大事な友達なんだからっ!!」
「美波チャン…」
「私もテーブルマナーなんてわかりません。だから一緒に学んでいけばいいと思います。」
「アリスチャン…」
「ぴっ!!」
「ちび助…」
「食事は美味しく食べれば良いと私は思います。だからそんな事を気にせず楽しく食べましょう。」
「牡丹チャン…うん。みんなありがと!!」
うんうん、良い話しだな。こうやってみんながみんなを思いやれるってのが良いよな。ホント最高の仲間たちだよ。おっちゃん泣きそうやで。
ーーうん、お前が絡まなければみんな良い子でモメる事も無いよ。
「そんじゃルームサービスにしようぜ。ここでみんなで楽しく食べよう。それーー」
急な眠気が俺を襲う。俺は意識が失っていくのを感じながら床へ倒れていった。
ーー
ーー
ーー
……声が聞こえる
……いつもの声…では無い
……機械的なモノを通している
……これって、
『さっさと起きなさイ。』
目を覚ますと俺はツヴァイに見下ろされていた。
********************
目線はツヴァイからそらさずに感覚を研ぎ澄ませて周囲の状況を把握する。
場所はリザルトやる所と同じような空間だ。ゼーゲンは持っている。周りには俺の仲間は誰もいないがツヴァイ側はみんな揃ってる。サーシャ、葵、そして…リリ。
なんでここにいるのかはわからねぇが厄介な状況だ。このメンツにはどう足掻いたって俺じゃ勝てない。どれだけリリを救ってやりたくても俺じゃ一対一でもこの中の誰にも勝てない。特にこのサーシャって女。今までは気づかなかったが化け物みたいな圧がある。力を抑えているんだろうがコイツの尋常じゃない程のオーラが内から溢れ出てしまっている。恐らくこのサーシャにはフリーデン使ったフル解放の牡丹でも、グローリエ使ったフル解放の楓さんでも勝てない。いや、俺たち全員が束になってかかってもサーシャ1人に勝てないと思う。この女はそれぐらいの化け物だ。
だけど…それでも必ず俺が倒さなくてはならない。リリを救う為だったら俺はこの命を捨てでもコイツらを…
『貴方は何をしているのですカ?』
「は?」
俺は見下ろしているツヴァイに対して素っ頓狂な声で答える。
「何をしているもなにもお前が呼んだんだろ。こっちは旅行中だったのによ。」
俺は敵対心剥き出しで喧嘩腰に言い放つ。
『そんな事を聞いているんじゃありまセン。何故女になっているのか聞いているんデス。』
「なぜって言われたってしらねーよ。お前らがミニイベ開催しやがったからだろ。そのせいで俺は井戸子にこんな姿にされちまったんだよ。」
俺は起き上がりツヴァイに先程同様に喧嘩腰な態度で接する。
『井戸コ?何ですかそれハ?』
「呪いのビデオ作ってる感じの奴がいんだろ。そいつの呪いにやられたんだよ。」
ツヴァイの野郎が何言ってんだこいつみたいな雰囲気を出してやがる。仮面被ってても態度でわかんだよ。
「田辺慎太郎はウンゲテュームのフルーフの事を言っているんでしょ。」
サーシャがツヴァイにそう告げる。そうだよそれだそれ。運営のくせにそんな事もわかんねーのかよコイツ。
『あァ。それで性別を変えられたわけデスネ。』
「おう、そうだよ。」
俺はまだ喧嘩腰でツヴァイに接する。人間心の底から憎しみを抱く奴にはこうなるんだな。
『馬鹿極まりないデスネ。』
「はぁ?」
なんだとこの野郎。なんでコイツにそんな事を言われなきゃなんねーんだ。
『フルーフ如きの呪術に掛かるなんて間抜けとしか言いようがありまセンネ。どうせボーッとして油断でもしていたんでショウ。本当に馬鹿デスネ。』
なんなのコイツ!?なんで俺はこんな野郎にバカにされなきゃならんの!?コイツ本当に嫌いだわ。マジ嫌い。
「お前にゴチャゴチャ言われたくねーし。つーか何の用なの?用もないならお前なんかと会いたくねーんですが?」
『……その姿だと不都合だと思ったから先に呼んだのデスヨ。これから”闘神”の会合ですノデ。』
「あん?俺は”闘神”と関係な…いわけないか。この前の入替戦でみくと入れ替わりで俺が”闘神”になっちまったのか。」
『はイ。それに貴方は三間坂サマに恨まれておりますノデ。出くわしてしまったら大変なことになりマス。』
「三間坂?誰?」
「ほら、たーくんがみくちゃん奪い取ろうとした時にモメた”闘神”の奴の事だよ。」
俺が考えていると葵が俺に話しかけてくる。
「ああ、あの小僧か。てか気安く話しかけんなよ。」
「楓ちゃんといい私に対する当たり強くない!?」
「楓さんはどうか知らんけど俺はお前の事許してないからな。お前は俺と美波を騙してたんだから。」
「アレはー…ほら、仕方なくない?」
「仕方なくねーよ。俺はあん時はホントにお前を仲間だと思ってたんだからな。」
「たーくん…ごめんね。私っ!今度こそたーくんの仲間になるからっ!!」
「うわぁ、信用できねぇ。」
「酷くない!?」
信用なんかできるわけねーだろ。お前らはリリを苦しめてやがるんだ。絶対皆殺しにしてやる。リリに手を出す奴は絶対許さねぇ。絶対殺しーー「田辺慎太郎。」
サーシャに呼ばれハッとする。俺は何を考えていた…?なんだか恐ろしい事を考えていたような…
「…何?」
「貴方から何か変な気配を感じたから声をかけただけよ。」
「変な気配…?」
「もう感じないわ。そんな事よりツヴァイの意見はちゃんと聞いておきなさい。三間坂は貴方に殺意を持っている。弱体化している事を知られたら殺しに来るわよ。」
「殺しに来るってどうやって?」
「貴方は…いいえ、貴方たちは甘い。イベントだけで潰し合いが起こるわけじゃないわ。現実世界でも潰し合いは起こっている。住処が知られればそれだけ危険にさらされる。相手が弱っていれば尚更。」
「…まあ、そうだわな。」
「だからツヴァイは会合が始まる前に貴方だけを呼び出したのよ。これを着ていなさい。」
サーシャが俺に何かを投げて来るので反射的にそれを受け取る。ローブって言えばいいのかな。RPGで魔法使いが着るような衣装だ。
「それを着れば他の連中に貴方が女になっている事は気取られないわ。但し、声は出さない事ね。そこまではカバー出来ないから。」
「へぇ…そりゃどうも。」
「礼ならツヴァイに言いなさい。」
ツヴァイ…?なんでコイツに礼なんてしなきゃなんねーんだよ。てかサーシャにだってするつもりはねーよ。
「別に礼なんて言うつもりはないな。世話になった覚えはないし。ま、コレは頂いてくわ。用はこれだけだろ?ならさっさと会合の場所に連れてってくれ。」
…チッ。こんな連中でも女に対してこんなセリフ言うのは心が痛む。ダメだ。甘さは捨てろ。俺は俺の守りたい人だけの事を考えろ。
『…そこにある扉から会合の間へと繋がっていまス。』
ツヴァイが指す先に扉が現れる。俺は特に何も述べる事もなく扉へと向かうと、
「田辺慎太郎。」
再度サーシャに呼ばれる。俺の態度に苛立ったのだろうか。流石にやりすぎたのかもしれない。今コイツらを相手にしても俺じゃどうしようもない。命を捨ててもリリを逃す事すら出来ない。考えが足りなかった。
「…まだ何かあんの?」
俺は冷静に振る舞う。どうにかしてやり過ごさないといけない。
だがそんな俺の予想とは全く違う問いをサーシャは投げかけて来る。
「貴方、周囲の状況を気にしているクセに初めて会うリリについて何も触れないのね。」
心臓を鷲掴みにされたような気分だった。身体中から汗が噴き出ているのがわかる。甘かった。考えが足りなかった。もっと心理を読むべきだった。
「そう言えばそーだねー?普通なら『そいつ誰?』とか聞くよねー?」
葵も不審そうな目で俺を見ている。マズイ。明らかにマズイ。どうする。考えろ。この状況をなんとかしろ。俺だけの命じゃねぇんだ。考えろ。お前の脳みそは何の為にあんだよ。
「はぁ?なんで俺がそのねーちゃんについて触れなきゃいけないわけ?俺はお前らの事なんて心底どーだっていいんだよ。どうでもいい奴らに何で触れなきゃいけねーんだよ。アホか。お前はどうでもいい奴の事に触れんのか?」
サーシャが鋭い目で俺を見ている。俺はサーシャから決して目を離さない。気取られるな。シラを切り通せ。
「もう行っていいか?時間のムダだ。」
俺は勤めて冷静に振る舞い、ゆっくりと扉を開けてその場をあとにした。
********************
ーー慎太郎がいなくなったナディールの器の中でツヴァイがガックリとした感じで膝からその場に崩れ落ち、四つん這いになっている。
「あーあ、心折れちゃった。」
『うっさい!!』
「だからさっさと正体明かせばいいでしょ。そうすればあんな態度を取られる事も無いわよ?」
『だから…それはまだ…頃合いじゃないってゆーか…』
「はぁ…なら我慢する事ね。」
『うぅ…』
「まぁ、なんだかたーくんの機嫌が悪いっていうか当たり強かったよね。親の仇かってぐらいの目で見てたし。」
「誰かが何かを言ったのかもね。」
「何かって?」
「私たちに悪感情を持つように仕向けたんじゃないかしら。私が今まで見て来た限り、田辺慎太郎は女には甘かった。それなのに私たちに対してのあの態度は異様よ。」
「アインスって事だよね。」
『…あのクソ野郎。今すぐ殺してやる。』
「落ち着きなさい。それこそ頃合いじゃないわ。それにアインスとは限らない。他の誰かかもしれないしね。」
ーーそう言いサーシャはリリをチラと見る。
「あんまりたーくんに嫌われたくないなぁ。仲良くしたいし。信用出来ないって言われたの結構ショックだったんだよね。リリちゃんも初対面なのにかなり酷い事言われてたよね。」
「シクシク…リリちゃん悲しい…」
「よしよし。私の胸で泣きなさい。」
「うん。中途半端な大きさの葵ちゃんの胸で泣くね。」
「ちょっとー!!中途半端って何!?私はまだまだ成長途中なんだよ!?」
ーーリリと葵のやり取りをサーシャは鋭い目つきで見ている。そしてサーシャは口を開く。
「リリ。」
「ん〜?」
「田辺慎太郎とは初対面なの?」
「初対面だよ〜?」
「貴女、シュッツガイストから田辺慎太郎を救ったんじゃなかったかしら?」
ーーサーシャの言葉にほんの僅かに皆が沈黙する。
「そう言えばそうだったよね?たーくんってか剣聖がシュッツガイストが出したナディールの器に飲まれちゃってリリちゃんが助けたんだっけ。」
ーーこれも慎太郎が犯した過ちだった。だがそれは仕方がない事ともいえる。慎太郎自身はツヴァイたちが慎太郎を守る為に動いている事を知らない。その為、慎太郎はリリを初対面だという形で接した。
当然それはリリにはわかっていた。慎太郎がそう接した事も悪手だとわかっていた。あとは誰もそれに気づかない事を祈っていた。だがサーシャはそれに気づいてしまった。リリに出来るのは惚ける事しかない。
「あの時はリリちゃんが田辺慎太郎にバレないようにシュッツガイストを倒したんだよ〜。だからリリちゃんのがんばりは理解されてないの。リリちゃん悲しい。」
「それは悲しいー。おいでリリちゃん!!私の胸に飛び込んでおいで!!」
「わかった!!葵ちゃんの中途半端な大きさの胸に飛び込む!!」
「私の胸弄りはもうやめようね!?」
『私の胸も葵サイズなんだよね。牡丹ちゃん並みになれなかったらどうしよう。』
「変な階級作るのやめようね!?Cカップって言おうね!?」
「あははっ!!葵ちゃんは面白いね〜!!」
『ホントね。』
「こっちは全然面白くないんだけど!?」
ーー3人のやり取りをサーシャは黙って見ている。だがリリに対する視線だけはより厳しいものへと変わっていった。
『葵のおかげで元気出た。』
「そりゃ良かったね!!」
『それじゃ会合がんばってくるよ。リリ、行こ。』
「は〜い!」
ーーツヴァイが仮面を装着しリリとともに扉へと消えていく。
「ま、元気になったんならいっか。葵おねーちゃんは優しいからね。」
「……。」
「ん?どしたのサーシャ?」
「…なんでもないわ。」
「変なサーシャ。」
ーーリリに対する不信感が募るサーシャ。狂い始めた歯車はいずれ崩壊をもたらす。
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