第406話 トート・シュトライテン終了

闇に包まれた俺たちはいつも通りのリザルト部屋に転送される。イベント終わったのは良いんだけどさぁ…

俺は抱きついている牡丹をチラリと見る。めっちゃ幸せそうな顔してる。可愛い。いや、それは良いんだけどさぁ…なんかさぁ…なんかだよね…

俺と美波の頑張りってなんだったの?いやね、俺が最後に少し調子こいちゃったせいで死にかけたのはマズかったよ?それを助けてくれた牡丹にはめっちゃ感謝してるよ?でもさぁ…差がありすぎじゃね?何あの強さ。フリーデン使ってなくてアレだよ?ただのゼーゲンだよ?しかも1段階解放。なんだよそれ。もうさ、自信なくなるよね。結果だけ見ればさ、牡丹連れて敵の砦に初日の時点で突っ込んでれば終わってたって事じゃん。俺が用意した食糧とかいらなかったやつですやん。



ーーまーたネガティヴモードになってやがる。



「…牡丹ちゃん?少しくっつきすぎじゃないかな?」



抑揚のない声が背後から聞こえるので首だけ動かしてみると怖い顔して邪気を纏った美波がいる。こっちの圧も凄いんだけど。そのプレッシャーさっき出してれば良かったんじゃない?


ーーそれはお前が誰かと絡まないと発動しない隠しスキルみたいなもんだからムリじゃないかな?



「そぉですかぁ?これくらい普通の事だと思いますけどぉ?」



美波の問いに牡丹はしれっとした態度で答える。そんな態度だからだろう、美波の邪気が濃くなっとる。てかなんで牡丹はヤンデレモードなの?指輪は?魔封じの指輪はどこ行った?まさかもう効力切れじゃないだろうな。次は何をあげればいいんだ。


ーーウエディングドレスじゃない?



「というか美波さんもくっつけばいいじゃないですかぁ。」


「「えっ!?」」



ーーほう、これは予想外。



「い、いいのっ!?」


「いいですよぉ。私はタロウさんの右側に行きますので美波さんは左側にくっついて下さいねぇ。」


「う、うんっ!!」



そう言って美波まで俺にくっついて来る。いや、それはいいんだけどさ…何で?何でヤンデレモードなのに牡丹はこんなに物分かりが良いというか寛容なの?今までだったら惨劇が起こる一歩手前みたいな感じになってたじゃん。逆に怖いんだけど。


ーーふむ。これは指輪の効力で牡丹ちゃんがヤンデレモードをある程度制御してると考えるべきだね。


ま、いっか。牡丹も安定してるし美波の邪気も祓われた。何もデメリットなどないじゃないか。


ーー牡丹ちゃんに指輪あげたのみんなにバレたら惨劇起きるし、牡丹ちゃんにお前が指輪をあげた本当の意味がバレても惨劇が起きる。デメリットいっぱいじゃない?



「てか…俺らだけ…?楓さんたちはどうしたんだ…?まさか楓さんに限って負けるなんて事あるわけないし…」


『タイムラグですヨ。』



俺が不安を口に出していると背後からツヴァイが姿を見せる。



『貴方たちとセリザワサマたちでは終わる時間に差があったのデス。安心して下さイ。彼女たちも勝ちましたカラ。じきに現れますヨ。』


「だよな。楓さんたちが負けるわけがねーよ。」



ま、ちょっと本気で焦っちゃったけど。いくら楓さんが強いっていったって女の子だからな。やっぱ心配しちゃうよ。



『…いつまでくっついているのデス?さっさと離れなサイ。リザルトを始めますヨ。』


「お断りしますねぇ。リザルトは楓さんたちが来てからやれば良い話じゃないですかぁ?」


「そうだよねっ。私たちは今忙しいんだから邪魔しないで欲しいかなっ。」


『……。』



牡丹と美波がツヴァイに対して反抗する。なんかツヴァイの奴からも邪気が出てる感じすんだけど。あ、そういえばコイツ男なんだよな。俺がモテんのにひがんでやがるんだよな。やべーな。コイツがキレたら俺殺されそうなんだけど。牡丹と美波を俺から離そう。俺の命が危険だ。



「牡丹、美波。とりあえず離れようか。後から頭撫でてあげるから。甘々な感じで。」


「わかりました!!」

「わかりましたっ!!」



フッ、2人の扱いにも慣れたもんだ。



『…それではリザルトを始めまショウ。貴方たちの戦いぶりは見事なものデシタ。特にシマムラサマ、貴女の強さは異常とさえ感じまス。』


「ふふふふふふふ。愛の力ですよぉ。」



牡丹のヤンデレモードってまだ治らないけどどうすりゃいいんだろ。旅行行く前に元に戻さないとノートゥングの奴とぶつかりそうで怖い。



「本当にそうだよねっ。牡丹ちゃんは凄かったもん…それに比べたら私なんて何にもしてないなぁ…」


『貴女もゼーゲン持ちを倒したではありませんカ。それにあの状況から自軍を奮い立たせて持ち堪えタ。功績は大きいと思いますヨ。』


「そうかな…?そうだと良いんだけど…」


「私もそう思いますよぉ?美波さんが他の人たちを指揮したからこそ私が来るまで踏ん張れたのだと思います。それがなければどうなっていたかわからないと思います。」



だよな。俺もそう思うよ。美波がいなきゃ少なくともあんなにたくさんのプレイヤーは生き残れなかったし。



「ふふっ、ありがとうっ!牡丹ちゃんに言われたら元気出たよっ!」


「ふふふふふふふ、それなら良かったです。」



……あれ?なんかさ、よくよく考えたらさ、俺ってさ、



「……俺って何にもしてなくない?」


『そうですネ。貴方は何にもしてませんネ。』



俺は膝から崩れ落ちた。


俺…本当に何にもやってねぇ…1人の敵も倒してねぇ…



『1人のプレイヤーも倒してませんシ。』



ツヴァイから追い討ちをかけられ両の手まで地面につく。もうワイのライフはゼロやでぇ…

瀕死になっている俺に牡丹がしゃがんで優しい顔で呟く。



「タロウさんはそんな事を気にしなくていいんですよぉ?敵は私が全て始末しますのでぇ。タロウさんは私の背後に隠れていて下さいねぇ?」


「やめてぇぇぇ…!?俺はそんなポジションやだぁぁぁぁ…!?」



うぅぅぅぅ…なんで俺はこんなに情けないんだ…あの修行の日々はなんだったんだ…”具現”出来てもフライハイトは使えねーし…リリに申し訳ねぇよ…



「……なんでタロチャン四つん這いになってんやろ。」


「……きっと牡丹さんがタロウさんのメンタルをオーバーキルしたんだと思います。」


「……平和で何よりね。」



ーー遅れながらリザルト部屋に転送されたみくたちがなんともいえない目で慎太郎たちを見ていた。



********************



『リザルトを始めまス。』



くっそ…ツヴァイの野郎…俺の事馬鹿にしやがって…楓さんたちにも情けない所を見られたじゃねぇか…覚えてろよ…



『セリザワサマたちはあまり動かれなかったので特に評価すべき点はありまセン。』


「えっ?そうなんですか?」


「そうですね。今回は特に動くべき状況ではないと思って傍観していたらイベントが終わったって感じです。」


「楓さんやみくが動かないでも敵側を全滅させられる奴らがいたって事ですよね?やべーなそりゃ。」


「1人の人がやたらと強かったんです。だから楓さんとみくさんが動かなくても大丈夫だったんです。」


「じゃあ1人で敵側の主力を倒したって事か?とんでもねーなそいつ。」


「さらにはその男に求婚されちゃったんですよ。みくちゃんが。ね、みくちゃん♪」


「え?なにそれ。」


「ちょっ!?楓チャン!?」



…なんだそりゃあ。なんかめっちゃムカつくんだけど。俺のみくに何してんの。


ーーお前のじゃないだろ。



「ふふっ、みくちゃんは可愛いからモテるんだねっ!」


「美波チャンまでやめて!?ウチはめっちゃ迷惑しとるんやから!?」



…気にいらねぇ。俺のいない所でちょっかい出されてんのがムカついてしゃーねーんだけど。


ーーだからお前の女じゃないだろ。



「ふふふふふふふ、みくちゃんの旦那様が見つかって何よりですねぇ。」


「もうこの話やめない!?てか牡丹チャンの目にハイライトないよ!?」



…イライラすんな。



『そのような話は後でしてもらえますカ?』



ツヴァイがさらに不愉快そうなオーラを発している。よっぽどモテないんだなお前。同情するぜ。機会があったらメシでも奢るよ。



『最優秀プレイヤーにはシマムラサマが選ばれましタ。1人で800人以上のプレイヤーを倒シ、敵側の精鋭をほぼ殲滅したのだから当然の結果といえるデショウ。よって”特殊装備”である”エンゲル”を進呈致しまス。』



ツヴァイが鳥の羽みたいなやつを1枚牡丹に手渡す。牡丹がそれを受け取ると羽が微粒子みたいに分解され、それが牡丹の身体へと入り消えていく。美波のプロフェートの時と同じだ。



『それと皆様にゼーゲンを差し上げまス。これによりセリザワサマ、ワタヤサマ、アイバサマが3段階解放とナリ、タナベサマ、シマムラサマが2段階解放とナリマス。ユウキサマは残念ですがマヌスクリプトを所持している為にゼーゲンは差し上げられませン。』


「大丈夫です。わかっていますので。」


『ですガ、魔力の実を差し上げまス。』


ツヴァイがアリスにさくらんぼみたいな実を見せる。


「魔力の実?なんですかそれは?」


『これを食べれば貴女が使える魔法の使用回数が1回増えまス。』


「えっ!?ほ、本当ですか!?」


『はイ。それにもしかしたら中級魔法を発動出来るようになるかもしれませんネ。こればかりはワタシの管轄ではないので”その時”になれば教えるモノが現れるかと思いマス。』



ツヴァイのその言葉にアリスは理解したような顔を見せる。そしてツヴァイから魔力の実を受け取るとそのまま実を食す。一瞬だけアリスの身体に蒼白い光が見えたような気がしたがすぐに消えてしまった。気のせいかな?



『それでは以上となりまス。御機嫌ヨウ。』



またツヴァイの野郎が身勝手にリザルトを終わらせやがった。それでもみんなが無事で本当に良かった。また次もみんなでここに戻って来たいな。




























「あははっ、めっちゃ冷たいじゃん。たーくんがイチャイチャしてるからってイジメすぎ。」


『うっさい。』



ーー慎太郎たちがいた場所から葵が現れる。



「そんな事してると嫌われちゃうよー?」



ーー葵がツヴァイに対して意地悪そうな顔でからかってくる。ツヴァイは仮面を脱いで少し頬を膨らませ、口を尖らせながら答える。



『…イチャイチャしてるあのバカが悪いんだし。』


「まったく…素直なんだか素直じゃないんだかわかんないなぁ。」


「子供なだけでしょ。」



ーー闇の中からサーシャが現れる。



「ま、嫌われてもいいと思うならそれでいいでしょ。メンタルの弱いあの男があんな扱いされたら好きになるわけないの誰が見たってわかる話だもの。」



ーーサーシャの言葉にツヴァイは不安そうな顔に変わる。目を踊らせオロオロとしている様は子供のようだ。



『わ、わかったよ…気をつけます。』


「いつまで経っても子供ね。」


「ま、それがツヴァイらしいっちゃらしいんだけどねー。」


「いや〜ん!いつまでも変わらないツヴァイちゃん可愛い〜!!」



ーーいつの間にかこの場に現れ、ツヴァイを見ながらリリが身体をくねらせている。



「リリちゃんドコ行ってたのー?探したんだよー?」


「寝ちゃってた。てへっ。」


『リリも変わらないよね。』


「今回は私と2人で楓ちゃんの組を見る予定だったからいいけど1人任務の時だったら計画狂うから寝ちゃダメだよ?」


「うん。ごめんなさい。」



ーー葵に怒られてリリは頭を下げる。



『葵に怒られるなんてもう人生終わりだよ?そんな情けない思いリリがしちゃダメだよ?』


「うん。葵ちゃんに怒られるような情けない事2度としない。」


「2人で私をバカにするのやめようね!?」


「アハハッ!」

『フフフッ!』



ーー葵が怒っているのを見てツヴァイとリリは笑う。それをサーシャは観察するように見る。リリを。



「ぐぬぬぬぬ…!まあいいや…!みんなに弄られるのは今に始まった事じゃない。大人な私はスルーするよ。」


「大人なら『ぐぬぬぬぬ』なんて言わないんじゃない?」


「サーシャも参戦するのやめようね!?はい!!報告会始めよ!!」



ーーサーシャまで弄り出すので葵が強制的に話をぶった切り報告会へとシフトする。



『そうだね。ストレス解消出来たし満足かな。』


「私でストレス解消すんな!!」


『で、楓ちゃんは何で動かなかったの?あの打算的な子が”特殊装備”をスルーするなんて思えないんだけど。』


「あー、それね。なぜか知らないけどカルディナが楓ちゃんに接触して来たんだよね。」


『カルディナが…?全然状況が理解出来ないんだけど。フィーアとなんか関係あるって事…?』


「カルディナの間合いに入ったらバレちゃうから声は全然聞こえないんだけど楓ちゃんと知り合いっぽいんだよね。」


『現実世界での知り合いって事だよね。私たちがマークしてて今までカルディナが接触して来た事なんてなかったし。何の用だったの…?”ヴェヒター”の会合ではフィーアは楓ちゃんの事が嫌いみたいな感じだったんだよね。そんな相手と何か取引したりするかな…?』


「わっかんないねー。楓ちゃんは好意的じゃなかったから手を組むとかはないだろうけど今後の動きに注意かな。フィーアがアインス側の可能性もあるよ。」


『わかった。ありがとう。サーシャはどうだった?』



ーーツヴァイがサーシャに尋ねる。



「流石は島村牡丹ってだけね。後は特にないわ。」


「えっ…?サーシャちゃん、田辺慎太郎の方にいたの…?」



ーーリリがサーシャに尋ねる。



「ええ。知らなかった?」


「…うん。」



ーー表情こそ変えないがリリがサーシャの言葉に怯えを見せる。



『誰かが接触して来たって事もないでしょ?』



ーーツヴァイのその言葉にサーシャは一瞬だけリリを見る。

リリは平静を装う。だが心臓の鼓動は大きく鳴っていた。サーシャの返事が悠久のように感じていた。その答えに覚悟は出来ている。リリはどうすれば良いか考える。考えるが答えは出ない。その答えが出る前にサーシャが口を開く。



「なかったわ。」


『そっか。なら楓ちゃんと知り合いなだけかもね。』


「次回以降もとりあえずは気をつけておこう。カルディナって何を考えてるかわかんないからある意味アインスより厄介だし。」


『オッケー。』



ーーリリは驚愕していた。何故サーシャは自分が慎太郎の砦にいたのか追求しなかったのだろう。寝ていたと言ってしまった以上は嘘をついていた事に対して追求される。それどころかサーシャに独り言まで聞かれていたら完全に終わる。サーシャの意図がリリにはわからなかった。結論として至るのはサーシャに見つかっていなかった。そう考えるしかない。



『それじゃ帰ろっか。』


「だねー。」


「そうね。」


「…うん。」



ーーツヴァイと葵が空間から消え、サーシャも消えようとした時にリリはサーシャを呼び止める。



「サーシャちゃん!」



ーーリリの声でサーシャは空間からの離脱を中断する。



「何?」


「あの…田辺慎太郎の方で本当に何も無かった…?」



ーーリリは恐る恐るサーシャに尋ねる。サーシャの表情の変化を確認しながら。



「何も無かったわよ?」



ーーサーシャの表情に変化はない。それを見てリリは確信した。見られていなかったと。



「そっか〜。ごめんね〜。心配になっちゃって。」


「大丈夫よ。心配になるもの。」


「2人に遅れちゃったから早く行こっか。レッツゴー!」



ーー不安が解消されたからかリリが元気よく空間から離脱する。



「心配になるわよね。貴女の行動が。」

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