第404話 慎太郎side終了

【慎太郎・美波・牡丹 組 3日目 AM 5:45 自軍砦内西棟通路 】



「ザコどもが勢いづいてんじゃねぇよ。オイ、俺が女を抑える。テメェらでその男やっちまえや。1段階解放のゼーゲンならそいつは『王』じゃねぇ。3人でやりゃあ速攻で終わんだろ。」


「オーケー、オーケー。すぐに殺して女を頂こうぜ。」



ーー葛城たちが戦闘態勢へと移行する。

美波が対峙する葛城の手には斧、慎太郎が対峙する男たちは手甲や槍、それに丈のようなものを持っている。



「美波、『王』っぽい奴を任せる事になっちゃうけど大丈夫?」


「はいっ!タロウさんは3人相手ですけど大丈夫ですかっ…?」


「乱戦状態になってるから他の連中にも気をつけなきゃいけない。だから実際は3人相手以上になるだろう。これで勝ち切るってのはなかなかに厳しい状態ではあるがさっきも言ったように俺たちの役目は勝つ事ではなく牡丹待ちだ。きっと数分で来ると思う。守備重視で耐えるなら不可能ではないはず。ま、美波がアイツ倒してくれれば最高なんだけどな。」


「…私があの男を倒したら褒めてくれますか?」


「そりゃ褒めるさ。当然だよ。」


「…がんばってみます。」


「無理はしないでな?数分で倒そうと思ってタイムアタックすれば強引な戦いになる。目的はそれじゃないからチャンスがあればぐらいに考えてよ。」


「わかってます。…でも褒めてもらいたいもん。そうすれば色々と撫でてもらえるかもしれないし。うへへぇ。」



久しぶりに美波がブツブツ言ってるがスルーしよう。うん。



「行くぞオラァ!!!」



「オオォォ!!」



ーー葛城の号令により敵軍が慎太郎軍に総攻撃をかける。



「行くわよっ!!数分だけ耐えてっ!!必ず勝てるからっ!!」



「オウッッッ!!!女神に続けテメェラァァァ!!!!」



ーー美波の号令により慎太郎軍が敵軍に突っ込む。



ーー今イベント最後の戦いが幕を開ける。





********************




ーー両軍入り乱れての戦闘が開始した。

人数で圧倒的に劣っている慎太郎軍ではあるが決死の猛攻により数の差をどうにか堪えている。しかしそれはそんなには持たないだろう。いいところ数分。慎太郎の予想している通りの時間に牡丹が現れなければ壊滅だ。自分たちの事だけを考えるなら慎太郎は美波を連れ出して撤退する方が生存率は高かった。その後に牡丹と合流してフリーデンで一掃する方が勝てる確率は高かったのではないだろうか。でも慎太郎はそれをしなかった。他の自軍プレイヤーの事も気になってはいるし、何より牡丹が必ず来るという確信が慎太郎にはあった。牡丹を信じる気持ち。それがこの戦いの勝敗の分かれ道になるだろう。見届けよう、結末を。




「オオオォォォォォ!!!」



ーー慎太郎が3人を相手に奮闘する。守備重視のせめぎあいとはいえ隙あらば切り崩そうという姿勢が伺える素晴らしい戦いを見せている。慎太郎の実力は大きく上がった。以前の慎太郎では1段階解放ゼーゲン持ちを3人も同時に相手にする事など出来ない。完全に守りに入ったとしても1分と持たなかったであろう。それを短期間でここまで成長させたリリ・ジェラードの手腕は感服に値する。彼女との出会いが慎太郎の今の状況を作ったのだ。


「チイッ!!しぶてぇ野郎だッ!!俺たちのが数が優ってるのに仕留めきれねぇッ!!」



ーー男たちに焦りが生まれる。

慎太郎を速攻で殺し、葛城と合流して美波を拘束するのが男たちのシナリオだった。予定では1分とかからないぐらいで終わるだろうと思っていた。それが予定時間を超えても一向に慎太郎を殺せない。それどころか一歩間違えればこちらがやられてしまいそうなぐらいの緊迫感さえ生まれている。

更に言えば、葛城と同じ2段階解放のゼーゲンを持つ美波が1対1で葛城と対峙している状況を見て逆にやられやしないかという違う焦りさえ生まれているのだ。


ーーそして、それは葛城も同じであった。

美波の強さが自分の想像よりも遥かに優っていたのだ。全力で戦っても倒せない。完全に決め手を欠いている。自分と美波の実力はほぼ互角。互いにミスを犯すまで持久戦を繰り広げないといけない。持久戦などしていて万が一美波たちが待つ援軍が来て自分と美波の均衡が崩れてしまったら不味い事になる。早く慎太郎を倒してこっちの加勢に来い。葛城は苛立ちながらそれを待っていた。


ーー見た目こそ葛城側の圧倒的優位に見えるが実際の中身は慎太郎側の優位であった。寧ろ、葛城側の焦りにより大きな隙が出来て牡丹を待つまでもなく勝敗が決まるかもしれない程の流れが来かかっていた。現に慎太郎はその流れを感じとりここが勝機とばかりに一気攻勢に出た。



ーーだが人間欲を出してはいけない。

慎太郎のシナリオは牡丹を待つという選択を選び、そこからの敵軍一掃を描いていた。当然思い描いた通りのシナリオを選んでいればそれは叶ったであろう。それこそが『流れ』だったのだ。今、慎太郎が選んでしまった未来は『流れ』を変えてしまう悪手に他ならない。


ーー慎太郎は勝負を決める為に一気攻勢に出る。男の1人の槍型のゼーゲンを弾き大きな隙を作った。慎太郎は仕留める為、男の喉元目掛けてゼーゲンを滑らせる。


ーーしかし、ここでアクシデントが発生する。

慎太郎が攻撃を繰り出そうとする線上に慎太郎の軍の1人が弾き飛ばされて来る。慎太郎はそれに気づいてゼーゲンを振るう手を止める。


ーーそんな大きな隙を達人級の人間が見逃すはずが無い。

丈型のゼーゲンを扱う男がその丈で慎太郎の手を叩きあげる。その衝撃と激痛により慎太郎は手にしていたゼーゲンを弾き飛ばされる。慎太郎は丸腰になった。慎太郎は即座に反応し、ゼーゲンの回収に向かおうとするが男たちはそれを許してくれない。何よりゼーゲンを離した事により慎太郎の身体にはゼーゲンの加護が働かない。慎太郎にはなんの身体能力向上の恩恵は得られないのだ。


ーー男たち3人は慎太郎の命を狩り取ろうとそれぞれのゼーゲンを慎太郎目掛けて繰り出す。


ーー美波がそれに気づくが葛城がそれを許さない。


ーー慎太郎はどうする事も出来ない。絶対絶命の状況を受け入れるしかない。敗北を。己の死を。自分で『流れ』を変えてしまったのだからそれを受け入れるしかないのだ。


ーーここで唯一幸運だったのはその対象が美波ではなく慎太郎だったという事だ。

もうお分かりだろう。結末を見届けよう。



「これで終わりだァァーーアガァァ!?」



ーー慎太郎を目掛けてゼーゲンを繰り出す男たち3人の首が落ちる。それだけではない。乱戦を繰り広げていた両軍だが葛城を除く全ての敵軍の首が落とされる。慎太郎軍の者たちは状況が理解できず目を白黒させている。


ーー葛城も同じだ。何が起こっているんだかまるで理解出来ない。美波への攻撃の手を止め、ただ呆けっとしているだけだ。


ーーそんな中、それをやってのけた者が悠然と慎太郎だけを凝視しながら通路を闊歩していく。



「ふふふふふふふ。お怪我はありませんかぁ?」



ーーヤンデレクイーン降臨である。



「あ、はい。大丈夫です。」



ーー慎太郎が抑揚のない乾いた声で返事をする。



「ふふふふふふふ。それなら良かったです。」



ーーヤンデレクイーンが慎太郎の胸に飛び込み、ぎゅーっと抱きつく。



「タロウさんに狼藉を働く愚か者は打ち首でも生温いですが今回はこれで許してあげますねぇ。ふふふふふふふ。」



ーー呆けていた葛城だが牡丹を見て正気を取り戻す。



「てっ、てめぇ…!?島村牡丹じゃねぇか…!?こ、こんな大物がいやがるとはな…!?俺とタイマンしやがれ!!俺がてっ、てめぇーー」



ーー葛城が喋っている途中で牡丹が慎太郎に抱きつく左手だけを動かし、握っているゼーゲンを軽く振り葛城の首を落とす。



「うるさいですよぉ?今はタロウさんの鼓動を感じ、体温を感じ、匂いを感じ、呼吸を感じ、心音を感じているんですから邪魔しないでもらえますかぁ?」



ーーうん、もう死んでるから邪魔しようがないよね。何気に恐ろしいのが牡丹はフリーデンを使っていない事だ。それでこの数の敵を一瞬のうちに葬り去ったのだ。1段階解放のゼーゲンなのに。ヤンデレモード恐るべし。


ーーそれを知っている慎太郎と美波は自分たちが必死で戦った相手に対して虫ケラ同然の扱いで圧勝する牡丹を見て『なんだかなぁ』と思っていた。



「タロウさん?両の手がお留守ですよぉ?ぎゅーってして下さいねぇ?」


「あ、はい。すみません。」



ーー牡丹が安定のヤンデレクイーンっぷりを撒き散らして慎太郎たちのイベントは幕を下ろした。


























ーー誰もいなくなった通路に金色の髪を靡かせた翠眼の女が現れる。相当な不安に包まれていたのだろうか、女の顔は心底安堵したような表情を見せている。



「良かった…島村牡丹ちゃんのおかげだね。一歩遅ければ私が始末したけど出来ればまだ事を荒立てたくない。ここで目立てばあの子の耳に入る。そうなれば…」



ーー先程まで見せていた安堵の表情から一変し、不安が入り混じったような険しい顔を女は見せる。



「…先ずは離脱しよう。長居するのは危険だから。」



ーーそう呟き女は砦から姿を消す。



「……。」



ーーだが翠眼の女は失念していた。焦りにより完全に独断の動きをしていたのだろう。こんな危険なイベントにツヴァイが慎太郎の警護を怠るはずがない。この空間には慎太郎の警護者がいるのだ。グロスヘルツォーク、大公の爵位を持つサーシャ・オルデンブルクが。



ーーこれは誰も知ることの無い裏の一幕での出来事。

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