第400話 主人公属性

【 慎太郎・美波・牡丹 組 3日目 AM 5:32 自軍砦内西棟通路 】



ーー牡丹が慎太郎に不敬を働く馬鹿者どもの首を跳ね飛ばしまくっているのと同時刻、慎太郎たちの軍は混乱に包まれていた。

砦内の各方面で戦いが繰り広げられているがここ西棟の情勢は非常に悪い。他のエリアでも敵軍の奇襲により劣勢を強いられているのは確かだがそれでも『虚空』のメンバーによる指揮が入る事でどうにか堪えている。だが西棟においては指揮を執るはずの『大蛇』のメンバーが己の私欲の為に慎太郎を連れ出し、砦の外へ出払っている。それにより指揮系統が取れず、壊滅寸前の状況にまで追い込まれていた。



「ぐあっ…!!!」


「まっ、待ってくーーギャァァァァ!!!」



ーー1人、また1人とプレイヤーが殺され、約300名いた者たちが残り90名にまで落ち込む。対する敵軍の西棟にいる数はおよそ400。戦局を覆すのは容易ではない。



「ハッハッハッハー!!オラオラ、攻めろ攻めろ!!男は殺せ!!女は犯せ!!徹底的に蹂躙してやれ!!」



ーー敵軍の指揮官級の者が吠える。その手には神聖なるオーラを纏った剣型のゼーゲンを手にし、慎太郎たちの軍を追い詰めていく。



「く…くそっ…!!ゼーゲンなんて持ってる奴に勝てるわけねぇだろ…!!」


「『大蛇』の連中はドコ行ったんだよ…!!」



ーーもはや大局は決した。この状況から持ち返す事など先ず不可能だ。


ーー圧倒的な戦力でも無い限り。



「諦めるのは早いわっ!!」



ーー両軍が入り乱れる西棟通路を疾風の如く駆け、瞬く間に敵軍20人を斬り裂く者が現れる。



「す…すげぇ…」


「一瞬で20人もやりやがった…」



ーー慎太郎軍の面々は驚く。そして楽勝ムードであった敵軍もその光景にわずかに怯む。



「情勢は確かに悪い。でもまだやれるわっ!!」



ーーこの殺戮が行われている地獄のような場所にそこに似つかわしくない美しい女性が現れる。その女性のあまりの美しさに血に染まる通路さえも霞んでしまう。まるでここが楽園であるかのように。相葉美波の美貌に西棟にいる両軍がその動きを止めて魅入っていた。



「女!!なかなかやるじゃねぇか!!」



ーー敵軍の動きが止まる中、指揮官の男が美波に声をかける。



「どうだ?俺と一騎打ちをしねぇか?」



ーー指揮官の男がニヤけた顔で美波に一騎打ちを提案する。



「囲まれて部隊長の俺とヤルより分がいいだろ?それっぽっちしかいねぇ軍勢じゃ手も足も出ねぇだろうからな。だが条件がある。俺が勝ったら俺の奴隷になれ。」


「いいわ。一騎打ち、受けてあげるっ!!」



ーー美波が了承するのを見ると指揮官の男は下卑た笑みを浮かべる。この男は万一にも美波に負けるなどと思ってはいないのだろう。

この男の名は郡司信男。29歳。新潟の武闘派クラン『極』のサブリーダーを務めている。剣型のゼーゲンを持っているだけあって剣道の有段者だ。中学時代には市内大会で優勝した事もある。その経歴は楓や牡丹、慎太郎の実績と比べると全然大した事ないものであるが剣道の心得の無い美波と比べればまさに雲泥の差がある。美波は剣道経験があるわけではない素人。郡司はそれをわかったからこそ一騎打ちを持ちかけた。ここで美波を叩きのめし、奴隷にすれば自分の名を知らしめる事が出来る。そう踏んだからだ。

だがそれは剣道の話だ。ここでやるのは剣道の試合ではない。生死をかけた死合をやるのだ。



「それじゃ…イクぜぇ!!!」



ーー掛け声と同時に郡司が動く。

1段階解放済みのゼーゲンによる身体能力向上の影響により見る者を置き去りにする程の速力で一気に美波との間合いを詰める。

自身の間合いに入った郡司は手にするゼーゲンを振り被り美波の胴を狙う。


ーー完全に決まった。

郡司はそう確信した。郡司の現役時代に得意だった技は胴打ち。一本を取る感覚は体に染み付いている。勘違いなどするはずがない。そう思っていたはずだがその剣は無情にも空を切る。


ーー何故?

その言葉が郡司の頭を支配する。だが郡司はすぐに頭を切り替える。2撃目に備えなければ不味い。そう思ったからだ。


ーーそんな郡司だが失念している事がある。

2撃目に備えるのは構わない。構わないがどうして美波が攻撃して来ないと思っているのだろう?彼が戦っているのは案山子では無い。生きた人間だ。当然美波からの反撃がある。郡司を襲うのは激痛だ。



「があっ…!?」



ーー胴打ちを空振った事により郡司の左胴が空く。それを美波は見逃さなかった。2段階解放ゼーゲンによる郡司を遥かに上回る身体能力の向上によりまさに疾風のような胴打ちを見せる。


ーー美波は毎日のノートゥングとの鍛錬を1日たりとも欠かしてはいない。楓や牡丹に追いつき、追い越し、慎太郎を守る。そう思っている彼女は彼女らの3倍以上の鍛錬を行なっている。ノートゥングの修行は決して甘くない。毎日血反吐を吐くような思いで美波はノートゥングの指導を受けていた。全ては慎太郎の為。慎太郎への想いで耐えて来た。

その想いがこんな男程度に破られるわけがない。一撃で郡司は美波の前に屈した。



「ば、バカな…!?」


「部隊長が一撃で…!?」


「あの女何モンだ…!?」



ーー部隊長である郡司を一撃で粉砕された事により敵軍のプレイヤーたちが戦慄におののく。



「好機よっ!!指揮官を失い敵軍は混乱しているっ!!一気に流れを掴むわよっ!!私に続きなさいっ!!」



ーー美波が自軍の者たちを鼓舞し敵軍へ単騎攻め込む。その美波の姿を見て自軍の者たちの空気が変わる。



「いける…いけるぞ!!」


「ああ!!あの方は女神だ…!!」


「戦乙女…ヴァルキリーが現れたんだ…!!」


「女神様に続け!!!」



ーー自軍の者たちが闘志を燃やし美波の後に続く。勝負の流れが今まさに変わろうとしていた頃、遅れながら馳せ参じた慎太郎が美波のその姿を乾いた目で見ていた。



「…何そのカリスマ性。完全に主人公じゃん。主人公属性持ちじゃん。生まれる時代が違ったら英雄になれる器やん。俺の役割って一体なんなんだろう。」



ーーと、いつものネガティヴモードに入って鬱になっているのであった。







********************



いつも読んで頂いてありがとうございます。かつしげです。とうとう400話に到達しました。これも読んで下さっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

これからも慎太郎たちをよろしくお願い致します。

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